「話したわ。全部」
ある程度時間が進んだ朝方、
『大翼の不死鳥』所属、代表受付嬢────メルネ=クリスタは。開口一番にそう言って、今し方広間全体を覆っていた静寂を引き裂いた。
「話したんだね、メルネ」
少し遅れて、口を開いたのは『大翼の不死鳥』の長たる
「後悔したかい?」
「はい」
「だろうね」
何の飾り気もない、余分な一言もない、誤魔化さず遠回しにもしないグィンの問いかけに、メルネは即答し。彼もまた彼女と同じように、即座に言葉を返す。
「……」
そんな二人を、『大翼の不死鳥』所属の《S》
そうしてまた
「それに関して、私から言うことは何もないよ」
今度はグィンがその静寂を引き裂くのであった。彼のその言葉に対して、メルネは確認するように訊ねる。
「私の浅はかな真意もくだらない企みも、全て。貴方はとうの最初から、見透かしてましたよね」
メルネの問いかけに、グィンは何も答えなかった。だがその無言は、肯定の意を如実に示していた。
「……止めようとは、思わなかったんですか?」
そんなグィンの様子を確かめつつ、メルネは恐る恐る、憚られながらも続けて、彼にそう訊ねた。
「私が止めたところで、それで君は踏み止まれたのかな」
今度はすぐさま、グィンは答えた。彼の声音はいつにも増して真剣で、静かな圧を伴っていた。
「…………それは」
グィンの返答に気圧されながらも、メルネはどうにかして声を絞り出す。しかし、それが限界で、そこから先の言葉を彼女は出すことができないでいた。
そんなメルネに声音と同様の表情を浮かべ、向けていたグィンだったが。不意に彼はそれを崩し、普段通りの柔和な微笑みに変えた。
「だから止めようとはしなかった。本当なら止めるべきだと思いつつも、私は君を止めなかった。それが何故だか、わからない君じゃないだろう?」
グィンにそう言われて、メルネは少しの間を置き、やや顔を俯かせながら、悔恨が滲む苦渋の声音で吐き捨てるかのようにこう言う。
「自分という一人の人間が、如何に下劣な愚者であったのか……存分に思い知ることができました」
至る経緯がどうであれ、最終的にはこうなることを予見していたグィンであったが。自分が想定していた倍以上は深く落ち込み、後悔しているメルネのそんな姿を目の当たりにして。
「……ま、まあそこまで自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな。うん」
不憫に思った彼は堪らず、
──だいぶ堪えてるなぁ……これは相当、痛い目を見たようだね。
それが狙いだったとはいえ、メルネには悪いことをしたとグィンは反省しながら。肝心なことを彼女に尋ねる。
「そういえばラグナにはちゃんと謝「当然です」……ならやっぱり大丈夫だと私は思うよ。ラグナは君を許してるだろうし、根に持つような子じゃないからね」
食い気味に返したメルネを真摯に見つめながら、そう言うグィン。十数年、伊達にラグナと接してきた訳じゃない彼にはそれがわかっていた。限度はあれど、一時の気の迷いで起こした過ち程度、ラグナは笑って水に流す器の持ち主であると。たとえ記憶を失った今でも、それは変わっていないと。
「…………そう、ですね」
そんな考えと思いから紡がれたグィンの言葉を、メルネは意味ありげな沈黙を挟んでから、同意するのだった。
「柔らかかった……」
「?何か言ったかい、メルネ」
「いえ。何も」
「ならいいけど……とにかく、後悔して反省しているなら、今はそれを教訓と戒めにして活かしてほしい。ただでさえ、
そうしてグィンとメルネの二人の会話が終わった、その直後────
「え、いや、ちょっと待ってください」
────今の今まで、二人の会話を側で聞いていたロックスが、ここでようやっと初めて口を開いた。
「姐さん……その、話したんですか?ラグナに、全部……?」
「ええ。話したわよ、全部」
「……話したんですか!?クラハのこと、ラグナに全部!?」
「ええ。話したわ、ラグナにクラハのこと全部」
そのメルネの返答を受けて、ロックスは愕然とした表情を浮かべた後、それでも未だに信じられない、受け入れられないといった表情に変え。そして終いに彼は深く嘆息するのであった。
「そ、そうですか。そうなんですね……はあ。わかりましたよ。もう今更とやかく言っても仕方ないんで、俺もこの件に関して言うことは何もありませんよ……はぁ」
「……?ロックス、貴方だって私がこうすることはわかっていたでしょう?」
何もかもが想定外の予想外だった、とでも言いたげな、疲労困憊で
「まさか。俺がそんな思慮深くて察しの良い人間に見えます?俺ぁてっきり、ラグナの記憶喪失にかこつけて、あいつを義理の妹にでもするんじゃあないかと」
「……い、妹?私が、ラグナを?」
メルネにとってロックスの言葉は、まさに
「ええ、まあ。ですからあの時訊いたんですよ『ラグナがラグナに見えているんですよね』って。その、最近姐さんのラグナを見る目が普通じゃなかったんで」
「ラグナが、私の妹……」
「って、姐さん?俺の話聞いてます?」
メルネはロックスの話を聞いていなかった。彼女の耳に、彼の声が届くことはなかった。
何故ならば、メルネは今、自らの脳内で繰り広げられるその
『メルネ姉さん!』
と、頭の中のラグナにそう呼ばれて。堪らず顔が綻びそうになっているメルネの耳に、ようやっとロックスの声が届く。
「姐さん?メルネの姐さん?」
「……っえ、あ、な、何?何かしら?」
妹として振る舞うラグナを脳内から掻き消し、慌てて返事をするメルネ。そんな彼女を若干訝しく思いつつも、それを
「それはそれとして、姐さん。ラグナにクラハのことを話した……つまり、
ロックスのその問いかけに、メルネが何かを答えることはなかった。彼女の沈黙を受け、ロックスは当てが外れたように、堪らずにぼやく。
「そうですか……」
そして乾いた笑いを、力なく漏らすのであった。
「…………いや。私が思うに、ラグナは……」
しかし、グィンは唐突にそう言い出し、メルネとロックスの二人がほぼ同時に彼の方に顔を向け、注目する────その瞬間。
ギィイイイ──突然、『
「……み、皆さんおはようございます……」
『大翼の不死鳥』の扉を開いたのはその少女────ラグナであった。
「……どう、だった?家に行ってみて。何か思い出せたかしら……?」
そうして自分たちの目の前にまで歩いて来たラグナに、恐る恐るメルネがそう訊ねると。ラグナは気まずそうな表情を浮かべ、首を横に振った。
「……そう」
と、静かに呟いたメルネに対し。彼女の顔を真っ直ぐに見つめながら────
「メルネ。私、少しの間あの家で……クラハさんの家で生活してみたいです」
────そう、ラグナは言うのだった。