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終焉の始まり(その二十七)

「話したわ。全部」


 ある程度時間が進んだ朝方、冒険者組合ギルド大翼の不死鳥フェニシオン』の広間ロビーにて。


『大翼の不死鳥』所属、代表受付嬢────メルネ=クリスタは。開口一番にそう言って、今し方広間全体を覆っていた静寂を引き裂いた。


「話したんだね、メルネ」


 少し遅れて、口を開いたのは『大翼の不死鳥』の長たるGMギルドマスター────グィン=アルドナテで。続けて彼はメルネに訊ねる。


「後悔したかい?」


「はい」


「だろうね」


 何の飾り気もない、余分な一言もない、誤魔化さず遠回しにもしないグィンの問いかけに、メルネは即答し。彼もまた彼女と同じように、即座に言葉を返す。


「……」


 そんな二人を、『大翼の不死鳥』所属の《S》冒険者ランカー────ロックス=ガンヴィルは沈黙を以て、ただ眺めていた。


 そうしてまた広間ロビーには静寂が訪れて。が、それが続いたのはほんの僅かな数秒の間で。


「それに関して、私から言うことは何もないよ」


 今度はグィンがその静寂を引き裂くのであった。彼のその言葉に対して、メルネは確認するように訊ねる。


「私の浅はかな真意もくだらない企みも、全て。貴方はとうの最初から、見透かしてましたよね」


 メルネの問いかけに、グィンは何も答えなかった。だがその無言は、肯定の意を如実に示していた。


「……止めようとは、思わなかったんですか?」


 そんなグィンの様子を確かめつつ、メルネは恐る恐る、憚られながらも続けて、彼にそう訊ねた。


「私が止めたところで、それで君は踏み止まれたのかな」


 今度はすぐさま、グィンは答えた。彼の声音はいつにも増して真剣で、静かな圧を伴っていた。


「…………それは」


 グィンの返答に気圧されながらも、メルネはどうにかして声を絞り出す。しかし、それが限界で、そこから先の言葉を彼女は出すことができないでいた。


 そんなメルネに声音と同様の表情を浮かべ、向けていたグィンだったが。不意に彼はそれを崩し、普段通りの柔和な微笑みに変えた。


「だから止めようとはしなかった。本当なら止めるべきだと思いつつも、私は君を止めなかった。それが何故だか、わからない君じゃないだろう?」


 グィンにそう言われて、メルネは少しの間を置き、やや顔を俯かせながら、悔恨が滲む苦渋の声音で吐き捨てるかのようにこう言う。


「自分という一人の人間が、如何に下劣な愚者であったのか……存分に思い知ることができました」


 至る経緯がどうであれ、最終的にはこうなることを予見していたグィンであったが。自分が想定していた倍以上は深く落ち込み、後悔しているメルネのそんな姿を目の当たりにして。


「……ま、まあそこまで自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな。うん」


 不憫に思った彼は堪らず、擁護フォローの一言を彼女にかけたのだが。その言葉に対して、ただ小さく頷くだけであった。


 ──だいぶ堪えてるなぁ……これは相当、痛い目を見たようだね。


 それが狙いだったとはいえ、メルネには悪いことをしたとグィンは反省しながら。肝心なことを彼女に尋ねる。


「そういえばラグナにはちゃんと謝「当然です」……ならやっぱり大丈夫だと私は思うよ。ラグナは君を許してるだろうし、根に持つような子じゃないからね」


 食い気味に返したメルネを真摯に見つめながら、そう言うグィン。十数年、伊達にラグナと接してきた訳じゃない彼にはそれがわかっていた。限度はあれど、一時の気の迷いで起こした過ち程度、ラグナは笑って水に流す器の持ち主であると。たとえ記憶を失った今でも、それは変わっていないと。


「…………そう、ですね」


 そんな考えと思いから紡がれたグィンの言葉を、メルネは意味ありげな沈黙を挟んでから、同意するのだった。


「柔らかかった……」


「?何か言ったかい、メルネ」


「いえ。何も」


「ならいいけど……とにかく、後悔して反省しているなら、今はそれを教訓と戒めにして活かしてほしい。ただでさえ、出品祭オークション・フェスタまであと二日だからね」


 そうしてグィンとメルネの二人の会話が終わった、その直後────




「え、いや、ちょっと待ってください」




 ────今の今まで、二人の会話を側で聞いていたロックスが、ここでようやっと初めて口を開いた。


「姐さん……その、話したんですか?ラグナに、全部……?」


「ええ。話したわよ、全部」


「……話したんですか!?クラハのこと、ラグナに全部!?」


「ええ。話したわ、ラグナにクラハのこと全部」


 そのメルネの返答を受けて、ロックスは愕然とした表情を浮かべた後、それでも未だに信じられない、受け入れられないといった表情に変え。そして終いに彼は深く嘆息するのであった。


「そ、そうですか。そうなんですね……はあ。わかりましたよ。もう今更とやかく言っても仕方ないんで、俺もこの件に関して言うことは何もありませんよ……はぁ」


「……?ロックス、貴方だって私がこうすることはわかっていたでしょう?」


 何もかもが想定外の予想外だった、とでも言いたげな、疲労困憊で草臥くたびれた表情のロックスを見て。メルネが不思議そうに訊ねると、彼はとんでもないといった風な顔で彼女へこう返す。


「まさか。俺がそんな思慮深くて察しの良い人間に見えます?俺ぁてっきり、ラグナの記憶喪失にかこつけて、あいつを義理の妹にでもするんじゃあないかと」


「……い、妹?私が、ラグナを?」


 メルネにとってロックスの言葉は、まさに青天霹靂せいてんのへきれき以外になく。完全に虚を突かれた声音で、驚いたように彼女がそう言うと、ロックスもまた意外そうな表情をして言う。


「ええ、まあ。ですからあの時訊いたんですよ『ラグナがラグナに見えているんですよね』って。その、最近姐さんのラグナを見る目が普通じゃなかったんで」


「ラグナが、私の妹……」


「って、姐さん?俺の話聞いてます?」


 メルネはロックスの話を聞いていなかった。彼女の耳に、彼の声が届くことはなかった。


 何故ならば、メルネは今、自らの脳内で繰り広げられるその妄想こうけいに、すっかり囚われてしまったのだから。


『メルネ姉さん!』


 と、頭の中のラグナにそう呼ばれて。堪らず顔が綻びそうになっているメルネの耳に、ようやっとロックスの声が届く。


「姐さん?メルネの姐さん?」


「……っえ、あ、な、何?何かしら?」


 妹として振る舞うラグナを脳内から掻き消し、慌てて返事をするメルネ。そんな彼女を若干訝しく思いつつも、それをおくびにも出さないようにしながら、ロックスは更に訊ねる。


「それはそれとして、姐さん。ラグナにクラハのことを話した……つまり、刺激ショック療法を試したってことですよね。それで、ラグナは記憶を思い出せたんですか?」


 ロックスのその問いかけに、メルネが何かを答えることはなかった。彼女の沈黙を受け、ロックスは当てが外れたように、堪らずにぼやく。


「そうですか……」


 そして乾いた笑いを、力なく漏らすのであった。


「…………いや。私が思うに、ラグナは……」


 しかし、グィンは唐突にそう言い出し、メルネとロックスの二人がほぼ同時に彼の方に顔を向け、注目する────その瞬間。






 ギィイイイ──突然、『大翼の不死鳥フェニシオン』の扉が徐に、軋んだ音を立てながら開かれた。






「……み、皆さんおはようございます……」


『大翼の不死鳥』の扉を開いたのはその少女────ラグナであった。広間ロビーにグィンら三人が集まっているとは思っていなかったのだろうラグナは、目を丸くしながらもそう挨拶をして、広間へと足を踏み入れさせる。


「……どう、だった?家に行ってみて。何か思い出せたかしら……?」


 そうして自分たちの目の前にまで歩いて来たラグナに、恐る恐るメルネがそう訊ねると。ラグナは気まずそうな表情を浮かべ、首を横に振った。


「……そう」


 と、静かに呟いたメルネに対し。彼女の顔を真っ直ぐに見つめながら────


「メルネ。私、少しの間あの家で……クラハさんの家で生活してみたいです」


 ────そう、ラグナは言うのだった。

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