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終焉の始まり(その二十九)

「あーぁ、言わんこっちゃないな」


 ライザーからすれば、ロンベルの【超強化フルブースト】を使ったその一撃など、取るに足らず。気に留める必要すらもない、所詮そんな程度のものでしかなかった。


 仕方なさそうに呟いた後、ライザーは貫いたロンベルの鳩尾から、己の手を引き抜く。瞬間、空いた穴からどばどばと血が滝のように流れ出ていく。


 一歩、二歩、よろよろと。地面に赤い線を引きながら、ロンベルは後ろに退がり。


「ご、ばあ……っ」


 そうして少し遅れて、愕然とした表情を浮かべたまま、ロンベルは口からも大量の血を地面に向かって吐き出すのであった。そんな彼の有様を、ライザーは愉快そうに眺める。


 事実、もはやロンベルは手遅れである。何故ならばライザーに鳩尾を貫かれた際────心臓もまた、貫かれていたのだから。貫かれ、破壊されてしまったのだから。


 人体の生命を維持するのに必須な臓器の一つを失い、数分と保たずロンベルは絶命する────


「ま゛、まだぁあああああッ!!お゛わ゛っ、てねえええええええ゛え゛え゛え゛ッッッッ!!!!」


 血走った目から血涙を滴らせ、口と穿たれた鳩尾からもぼたぼたと血を止め処なく流し続けながら。咆哮が如き怒号を上げ、ロンベルがその場から駆け出す。


「しんぞうッ!つぶし、たぁああああ゛ッ!!ぐらいでええええええええッッッッ!!!!」


 保って、あと十数秒。自らの命を振り絞り、ロンベルはライザーに迫る。残された拳を振り上げ、彼はく。そうして、彼は逝くのだろう。


 燃え尽きる寸前の灯火を彷彿とさせる、消えゆく命の輝き。それはロンベルの全身に力を漲らせ、溢れさせる。そのおかげで、気がつけば彼はライザーのすぐ目の前にまで迫り。


 振り上げたその拳が、ライザーの顔を殴りつけ、粉砕せんとする────直前。






 ボバンッ──さながら風船のように、突如としてロンベルの身体が膨れ上がったかと思えば。そのまま、彼は爆ぜた。






「心臓潰したくらいで終わりな訳ないだろ。何を当たり前のこと言ってんだかな」


 大気を赤く染める血風。周囲に飛び散る血肉。ライザーはそれらを見やり、特に感慨も抱くこともなく、嘆息混じりにそう呟いた。


「さて。ほら、さっさと来いよ」


 バガンッ──ライザーが言うのと、刺突剣レイピアを抜いたクライドと両拳に魔力を集中させたヴェッチャの二人が地面を蹴ったのはほぼ同時であった。


 クライドは右から、ヴェッチャは左から。別に話し合って決めた訳ではない。各々が勝手に動いた結果のことだった。


 傍目から見れば、ライザーはほぼほぼ詰みに近い状況であることは明白だろう。


 何せ速度だけで言えば先程のロンベルの拳を上回る、クライドの【閃瞬刺突フラッシュスラスト超過刹那オーバーアクセル】は片手で止められるような技ではなく。そもそも今この時のように、見てから躱せる技でもない。


 だからといって両手で止めようものなら、次は秒よりも早くヴェッチャの漆黒の拳────以前までとは別次元にまで威力が跳ね上がった【絶壊拳】が直撃する。仮にもしそうなれば、たとえライザーであっても致命傷は免れないだろう。






 しかし、それらは全て、の話に過ぎない。






「つまんねえなぁ」


 と、不満そうにぼやきながら。ライザーは親指と人差し指の腹でクライドの刺突剣の切先を摘み止め、右手でヴェッチャの拳を掴み握り込んでいた。


「……なッ」


 クライドが驚愕に囚われる最中、ヴェッチャは素早く、残るもう片方の【絶壊拳】を叩き込まんと振るう────よりも、ずっと。


 ブチッ──ライザーがヴェッチャの腕を、引き千切る方が早かった。


「ぎっ、いぃぃぃいいいいイイイイイイッ!!!!」


 筆舌に尽くし難い、燃えるような激しい痛みと。人のものとは思えない苦悶の叫びを迸らせ。だがそれでも、ヴェッチャは止まらなかった。彼は止まらず、振り上げたその拳を、【絶壊拳】をライザーに叩き込まんとする。




 ズドチャッ──が、ライザーが今し方引き千切ったヴェッチャの拳が彼の顔面を穿ち、粉砕したことで。それは叶わなかった。




 引き千切られた腕の断面と、粉砕されたことにより失われた頭部の断面から。血を噴かせ、全身を細かく痙攣させながら、ヴェッチャの死体は地面へ倒れ込む────これら全てが、三秒弱の間の出来事である。


「そら、唯一の勝機ラストチャンスだぜ」


 驚愕に囚われ、未だ呆然と固まっていたクライドに対して。持っていたヴェッチャの血と油と肉に塗れた片腕を地面に落とし、摘んでいた彼の刺突剣レイピアの切先を離してから、ライザーがそう言い放つ。


「ッ!!」


 瞬間、クライドはその場から跳び退き、一瞬にしてライザーとのある程度の距離を確保してから。再び、改めて刺突剣を構える。


「……クッ!死ねッ!!!」


 と、、クライドはそう叫ぶのだった。


「…………ばぁッ?!か、なっ……」


 少し遅れて、貫かれていることに気がついたクライドは。またしても驚愕し目を剥きながら、そのまま彼は事切れたのだった。


「やっぱ使いモンにならねえなぁ、こいつら。……まあ、それはさておくとして、だ」


 刺突剣を構え、立ったままの姿勢で絶命を迎えたクライドの身体から腕を引き抜き。軽く腕を振りながらそう呟くと、ライザーは改まった様子で、その方向へと顔を向ける。


 ライザーの視線の先に立つ、その男────ガローは。彼に何を言われるでもなく、ゆっくりとその場から、自ら歩き出す。


 スッ──歩きながら、発動させた【次元箱ディメンション】から、ガローは細長く反った筒のようなものを取り出した。


「へえ。噂には聞いたことがあるが、それが『刀』……第三サドヴァ大陸の極東イザナ独自の剣か」


 細長く反った筒────ガローの得物たる刀を見やって、関心の声音でライザーが呟く。そして彼もまた、腰に下げていた長剣ロングソードの柄に手を伸ばした。


「良いぞ良いぞ、実に良いじゃあねえかよ。さっきの三人とは違って、お前なら少しは楽しませてくれるよなぁガロー……『大翼の不死鳥フェニシオン最強A冒険者ランカーさんよお?」


 というライザーの言葉に対して、ガローは刀の柄を握り込み、鞘から引き抜く。


 鞘に納められていた白刃が外気に晒され、青白な月明かりに照らされ、冷ややかな光を零す────その様は、命をる武器には、些か見合わぬ美麗さを放っていた。


「それじゃあとくとご覧になるとするか。東のアザミヤ、西のマガギと謳われたその実力をさ……なあ、ガロウ=マガギッ!!」


 嬉々爛々とした声音でそう言うや否や、ライザーもまた鞘から長剣を引き抜くのだった。

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