──……この人……。
燻んだ金髪と、それと全く同じ色の瞳をした青年の顔を。彼に抱き留められたまま、ラグナは見上げ。その
そんなラグナの、初対面の者に対して向けるべきではない視線を。しかし然程も気にする様子もなく、青年が言葉を続ける。
「それよりも足は平気ですか?挫いたりなどしてませんか?」
「……え、あ、はい。大丈夫、みたいです」
と、答えながら。ラグナは青年の胸からゆっくりと離れ、頭を下げた。
「迷惑をかけてしまってすみません。おかげで助かりました。ありがとうございます」
「気にしないでください。こちらは当然のことをしたまでですから。……ところで、お嬢さんはこの街にお住まいに?」
「え?えっと、そうですけど……?」
その質問に対してラグナが答えると、青年は少し考え込み。それから再度その口を開かせ、言った。
「でしたら是非、この街の案内をお願いできませんか?これも何かの縁と思って。もしくは先程のお礼代わりに」
「……その、別にそれは構わないんですが。私、そこまでこの街について詳しくないですし、その、上手に案内なんてできませんよ?」
と、自信なく不安そうに言うラグナに。青年は柔らかく微笑みながら────一歩その場から踏み出し、ラグナとの距離を詰め。
「申し訳ありません。実は案内というのは半ば口実で、本当のところは貴女と街を見て歩き回ってみたいんです。そう、可愛らしく麗しい貴女とね。……いけませんか?」
何の遠慮もせずにラグナのすぐ耳元にまで口を近づけ、彼は躊躇うことなく、ラグナに、そっと静かに。低い声音で、ラグナの鼓膜を擽るかのように、そう囁きかけたのだった。
「っ……!」
その時ラグナが悲鳴を上げなかったのは、殆ど奇跡のようなもので。しかし、無意識の内に多少顔が引き攣るのは、仕方のないことだった。
……否、いくら助けられたとはいえ。初対面の男性相手にいきなりこんなことをされては、それもまあ致し方ないのだが。
「どうでしょう?」
が、青年はそれを気にすることなく、返事を促し。数秒の沈黙を経てから、意を決したようにラグナは口を開いた。
「わ、わかりました。そういう、ことなら」
本当であれば断りたかったという心の本音と気持ちを誤魔化し抑えながら、胸中に抱いたその疑問を確かめる為に、ラグナはそう答えるのだった。
「いやあ、ありがとうございますお嬢さん。貴女のおかげで、今日という一日が素晴らしいものになりましたよ」
「そうですか……?なら、こちらとしても嬉しい限りです」
あの後、ある程度街を見て回ったラグナと金髪の青年の二人は。休憩がてら、喫茶店『ヴィヴェレーシェ』に訪れていた。
「ええ。自分も勇気を出して誘った甲斐がありました」
「……」
と、
恐らく一時間か、それと少しか。どちらにせよ、そう短くはない時間を彼と共に過ごした訳で。
──やっぱり、この人は……。
それを踏まえて、ラグナは己の疑問が正しかったと、確信を得た。得て、そして憚られていた。
今日知り合ったばかりの自分が、果たしておいそれとそこに踏み込んでもいいのかと、ラグナは思い
眼下のショコラケーキにフォークを突き刺し、抉り取ったその欠片を口腔へと運び入れ、味わい、嚥下しつつ。独り、ラグナは悩む。
──……どうしよう?
「何かお悩みでもあるのですか、お嬢さん?」
不意に、そう青年に訊ねられ。堪らず、ラグナは華奢な肩を小さく跳ねさせた。
「い、いいえ。別に、特には」
と、慌てながらもそう返したラグナを。青年は見つめ、ゆっくりと呟く。
「そうですか。なら、いいのですが」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「いえ。紳士たるもの、当然のことです」
という、側から聞いていれば少し珍妙な会話をしながら。青年は珈琲を飲み終え、ラグナはショコラケーキを食べ終え。
そうして二人は会計を済ませると、『ヴィヴェレーシェ』を後にする。
チリンチリリン──来店と退店を知らせる鈴の音色を背後から聴きながら、ラグナは青年に軽く頭を下げる。
「す、すみません。こちらのお会計も済ませてもらって……」
「気にしないでください。私が勝手に奢っただけのことですから。それでは、行きましょうか」
そう言って、歩き出した青年の背中を。その場に立ち止まったラグナは静かに見つめる。見つめて、考えて、迷う。
「あ、あの!」
迷い、躊躇った、その末に。ラグナは口を開いた。開いて、青年のことを呼び止めた。
青年が歩みを止め、ラグナの方に振り返る。彼の顔を真っ直ぐに見つめながら、ラグナは続け────
「ラグナ!」
────ようとした、その寸前。唐突にその声が、ラグナの鼓膜を震わせた。
「……え?メルネ……?」
そして咄嗟に声のした方を振り向いて見れば、一人の女性────メルネがそこには立っていて。彼女は安堵の表情を浮かべながら、こちらへと歩み寄る。
「早めに見つかってよかった。もうそろそろ準備しなくちゃよ?そんなに街を回るのが楽しかったのかしら?」
「い、いえその。実は街の案内を頼まれて、それで……」
言いながら、ラグナは振り返る────が、視線の先にはもう、誰もいなかった。
「え?あれ……?」
すぐさま周囲を見回すラグナに、メルネは微笑みながらもこう言う。
「もう。夢中だったならだったって、そう素直に言えばいいじゃない」
「……は、はい。そう、ですね。あはは……」
「それじゃあ『
言って、歩き出すメルネ。ラグナもまた続いて、その場から歩き出す。
──……そういえば、名前聞きそびれちゃったな……。
そのことに、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら。