「さあ皆様!今宵この場にお集まり頂いた皆々様方!遂に!この時です!!」
司会者の声が、
「……」
場を盛り上げんと意気揚々に喋り続ける司会者の話を、控え室から聞きながら。ラグナは独り、ぼんやりと窓の外を────そこら中から溢れ出す灯りに照らされ、燦々と眩しく照らされる街並みと。そして今までにない程に色めき立ち、これ以上になく活気漲っている人々の姿を、静かに眺めていた。
──凄い……。
眺め、呆気に取られつつ心の中でそう呟き。そうして徐に、ラグナは窓の方から顔を逸らし、今度は正面にある、その鏡を見た。
この控え室に備え付けられている、全身を余すことなく映し出せる、巨大な。
そこに映っている自分の、今の格好を。こうして、改めて目の当たりにして、ラグナはごくりと生唾を飲み込む。
──や、やだ……どうしよう、今更だけど緊張してきちゃった……うぅ。
姿見に映り込んでいる今の自分は、初めて目にする自分。普段とは遠くかけ離れたその姿を見つめ、ラグナはそこはかとない不安に襲われる。
──大丈夫かな?本当に、本当の本当に大丈夫なのかな、私……?
と、
『似合ってるわ、ラグナ』
という、メルネの言葉を。頭の中で、心の中で、繰り返し響かせると。ラグナは目を閉じ、息を吸い、ゆっくりと吐き出し。
「……よし」
そうして、再びラグナは目を開いた。赤光の煌めきを伴うその眼差しは、少しも揺らぐことなく。今し方まで不安を隠し切れないでいたその顔は、今やそれを微塵も感じさせない程に毅然としていた。
コンコン──と、その時。不意に控え室の扉が叩かれた。
「ラグナ様。お時間が迫ってまいりました。ご同行、お願い致します」
という、女性の声を扉越しに聞きながら。ゆっくりと、ラグナは椅子から立ち上がり、慣れないハイヒールで転ばぬよう気をつけながら、その場から歩き出した。
「こちらに見えます品は、かの名高い
司会者の説明を彼は────『
「おいおい。エアリアル=ヴァナディースだって?俺だって聞いたことのある、
そう言い終えて、ロックスは隣に立つ女性────『大翼の不死鳥』の代表受付嬢、メルネ=クリスタの方を向く。彼女は然程興味なさげに、照明を浴びる絵画を眺めていた。
「そうね」
「……姐さん。せっかくの『
「そんなことわかってるわよ。……わかってるけど」
「まあまあ。心配なのはわかります。俺だって心配ですから。けど、ラグナなら大丈夫ですよ」
「……そうね」
「ええ、はい」
という、二人の会話が終わるのとほぼ同時に。エアリアル=ヴァナディース遺作、『水の星』の競りもまた終わる。付けられたその額は案の定、それは法外なもので。それを目の当たりにしたロックスが、少し驚きながらも言う。
「いやぁ……やっぱり金持ちの金銭感覚は異次元に狂ってやがるな。俺には一生理解できそうにねえな、絵一枚にあんな……」
『水の星』が競り勝った客に手渡され、すぐさま続いて新しい競売の品が壇上へと持ち運ばれる。
「さあさあお次の品はこちらです!かの
そうして、何事もなく。『出品祭』は順調に進行し────────
「……時間ね」
「はい。さて、どんな感じの仕上がりだ……?」
会場の大時計を見やったメルネがそう呟き、ロックスがそう返した、その直後。
「皆様、『
ここが人生最大の、腕の見せ所と言わんばかりに、興奮の声音をこれでもかと張り上げさせる司会者。瞬間、会場の照明全てが落とされ、場は夜闇に覆われる。
頭上高くから降り注ぐ月光と星明かりに照らされる最中────不意に、一部の照明が復活し、壇上を照らし出す。
カツン──その足音が、会場に響き渡る。足音と共に、壇上の奥からその姿を現す。
「…………」
会場の誰もが皆、一様に息を呑んでいた。無論、メルネも同じく。遅れて、彼女の隣でロックスが感嘆しながら言う。
「……はは。こいつはまた、別嬪に化ちまって」
静かに、ゆっくりと、ハイヒール特有の甲高い足音を響かせながら。イブニングドレスに身を包みながら。薔薇の髪飾りを揺らしながら────ラグナは歩く。
一歩一歩と踏み出し、足音が響く度に。それに合わせて照明が再度点灯し、道を、ラグナのことを照らす。
そうして遂に、壇上の最前にまでラグナが辿り着く。その胸には、薔薇の花束が抱かれていた。
「ただでさえ希少な魔石の中でも、この世に数個とない超高純度の魔石!その名も!『
と、司会者が言い終えると。手に持つその薔薇の花束を、ラグナは前に掲げる。
瞬間、明かりという明かりがその一点に注がれ、集中し。薔薇に囲まれている中央の赤い魔石────『紅の薔薇』が眩い赤光を迸らせた。
「ロデルト=ギーン=レヴォルツィ公爵が持ち寄りし自慢の逸品、その値は果たして、如何に!?」
堪らず騒然となる会場。止まることを知らない興奮に突き動かされている司会者は、それがこの品と、そしてこれを運んだラグナの美貌によるものだと思っていた。
「…………ん!?」
が、そうではないと。それが理由ではないと、司会者は思い知り。そこで彼は初めて、ようやっと気づいた。
「え、は……?誰……?」
今が仕事中であることも忘れて、呆然とそう呟く司会者。そんな彼の側に立っている、その男。
そいつは誰だ、何者だ────
「あ、貴方は……!?」
除かれた数人の内の一人であるラグナが、驚きに目を見開かせ、堪らずといった様子で呟く。
そんなラグナの方へ、男は────今日の昼共に街を歩いて見て回ったあの、燻んだ金髪の青年は、ゆっくりと顔を向ける。
「こ、困りますよ。関係者と落札者以外の方が壇上に」
呆然と立ち尽くす最中、仕事を思い出した司会者がそう言う、途中で。徐に、ラグナの方を向いたまま、青年は手を振り翳し。
ドシュッ──突如青年の手から伸びた
「…………え」
と、何処か気の抜けた呟きを漏らした直後────司会者の身体の至る箇所を、黒い影が内側から突き破る。
遅れて、全身のそこら中から影を生やした司会者が壇上に倒れ込む。影が霧散し、穿たれた穴という穴から流れ出た血が、壇上に広がる。
次の瞬間、その光景を目の当たりにした群衆から、絹を引き裂くような女性の悲鳴が会場に響き渡って。
そしてそれを合図に、恐慌に陥った人々が。背を向け踵を返し、我先にその場から逃げ出すのだった。
押し退け、押し退けられ。突き飛ばし、突き飛ばされ。蹴り倒し、蹴り倒され。踏みつけ、踏みつけられ────そんな阿鼻叫喚に包み込まれる、会場。
その目を背けたくなるような光景を横目で見やり、そうしてラグナは改めて目の前の青年の方を振り向く。
「なんて、ことを……一体どうして!?何を考えているんですか、貴方は!?」
と、震える声音で叫ぶラグナに対し、青年は微笑み────瞬間、彼はそれを凶々しく悪辣な笑みに変えた。
「何を?何を考えてるか?考えてるか、だってッ!?そんなの」
ダンッッッ────という、足音が。思い切り、力のあらん限り壇上の床を蹴りつける足音が、青年の言葉を遮るようにしてその場に響き渡った。
「ライザァァァァァァアアアアアアッッッッッ!!!!!」
その足音に続く、あまりにも深く激しい憎悪の咆哮────それを発したのは、他の誰でもないメルネであった。