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終焉の始まり(その三十三)

「さあ皆様!今宵この場にお集まり頂いた皆々様方!遂に!この時です!!」


 司会者の声が、この街オールティア全体に響き渡る。その通り方や響きから、恐らく拡声の魔力が込められた魔石を通して喋っているだろうことがわかる。


「……」


 場を盛り上げんと意気揚々に喋り続ける司会者の話を、控え室から聞きながら。ラグナは独り、ぼんやりと窓の外を────そこら中から溢れ出す灯りに照らされ、燦々と眩しく照らされる街並みと。そして今までにない程に色めき立ち、これ以上になく活気漲っている人々の姿を、静かに眺めていた。


 ──凄い……。


 眺め、呆気に取られつつ心の中でそう呟き。そうして徐に、ラグナは窓の方から顔を逸らし、今度は正面にある、その鏡を見た。


 この控え室に備え付けられている、全身を余すことなく映し出せる、巨大な。所謂いわゆる姿見。


 そこに映っている自分の、今の格好を。こうして、改めて目の当たりにして、ラグナはごくりと生唾を飲み込む。


 ──や、やだ……どうしよう、今更だけど緊張してきちゃった……うぅ。


 姿見に映り込んでいる今の自分は、初めて目にする自分。普段とは遠くかけ離れたその姿を見つめ、ラグナはそこはかとない不安に襲われる。


 ──大丈夫かな?本当に、本当の本当に大丈夫なのかな、私……?


 と、さながら全く見知らぬ街で迷ってしまった子供のように怯え震えながら。しかし、こんな時だからこそラグナは思い出す。


『似合ってるわ、ラグナ』


 という、メルネの言葉を。頭の中で、心の中で、繰り返し響かせると。ラグナは目を閉じ、息を吸い、ゆっくりと吐き出し。


「……よし」


 そうして、再びラグナは目を開いた。赤光の煌めきを伴うその眼差しは、少しも揺らぐことなく。今し方まで不安を隠し切れないでいたその顔は、今やそれを微塵も感じさせない程に毅然としていた。


 コンコン──と、その時。不意に控え室の扉が叩かれた。


「ラグナ様。お時間が迫ってまいりました。ご同行、お願い致します」


 という、女性の声を扉越しに聞きながら。ゆっくりと、ラグナは椅子から立ち上がり、慣れないハイヒールで転ばぬよう気をつけながら、その場から歩き出した。











「こちらに見えます品は、かの名高い芸術家アーティスト!エアリアル=ヴァナディースの遺作!正真正銘の真作であり遺作です!その名前タイトル、『水の星』!」


 司会者の説明を彼は────『大翼の不死鳥フェニシオン』所属の《S》冒険者ランカー、ロックス=ガンヴィルは聞き、目を見開いた。


「おいおい。エアリアル=ヴァナディースだって?俺だって聞いたことのある、世界オヴィーリス三大芸術家の一人じゃねえの。そんなスンバラシイ奴の作品ともなりゃ、良い額が付きそうですね、メルネの姐さん」


 そう言い終えて、ロックスは隣に立つ女性────『大翼の不死鳥』の代表受付嬢、メルネ=クリスタの方を向く。彼女は然程興味なさげに、照明を浴びる絵画を眺めていた。


「そうね」


「……姐さん。せっかくの『出品祭オークションフェスタ』なんですから、お固い表情は止めません?」


「そんなことわかってるわよ。……わかってるけど」


「まあまあ。心配なのはわかります。俺だって心配ですから。けど、ラグナなら大丈夫ですよ」


「……そうね」


「ええ、はい」


 という、二人の会話が終わるのとほぼ同時に。エアリアル=ヴァナディース遺作、『水の星』の競りもまた終わる。付けられたその額は案の定、それは法外なもので。それを目の当たりにしたロックスが、少し驚きながらも言う。


「いやぁ……やっぱり金持ちの金銭感覚は異次元に狂ってやがるな。俺には一生理解できそうにねえな、絵一枚にあんな……」


『水の星』が競り勝った客に手渡され、すぐさま続いて新しい競売の品が壇上へと持ち運ばれる。


「さあさあお次の品はこちらです!かの第四フォディナ大陸の魔法都市、『マジリカ』より持ち込まれたこの魔道具マジックアイテム!」


 そうして、何事もなく。『出品祭』は順調に進行し────────が、訪れる。


「……時間ね」


「はい。さて、どんな感じの仕上がりだ……?」


 会場の大時計を見やったメルネがそう呟き、ロックスがそう返した、その直後。


「皆様、『出品祭オークションフェスタ』は存分にお楽しみ頂けたでしょうか?時間というものはあっという間に過ぎ去るもので……遂に!今回一番の目玉商品メインイベントが!!」


 ここが人生最大の、腕の見せ所と言わんばかりに、興奮の声音をこれでもかと張り上げさせる司会者。瞬間、会場の照明全てが落とされ、場は夜闇に覆われる。


 頭上高くから降り注ぐ月光と星明かりに照らされる最中────不意に、一部の照明が復活し、壇上を照らし出す。






 カツン──その足音が、会場に響き渡る。足音と共に、壇上の奥からその姿を現す。






「…………」


 会場の誰もが皆、一様に息を呑んでいた。無論、メルネも同じく。遅れて、彼女の隣でロックスが感嘆しながら言う。


「……はは。こいつはまた、別嬪に化ちまって」


 静かに、ゆっくりと、ハイヒール特有の甲高い足音を響かせながら。イブニングドレスに身を包みながら。薔薇の髪飾りを揺らしながら────ラグナは歩く。


 一歩一歩と踏み出し、足音が響く度に。それに合わせて照明が再度点灯し、道を、ラグナのことを照らす。


 そうして遂に、壇上の最前にまでラグナが辿り着く。その胸には、薔薇の花束が抱かれていた。


「ただでさえ希少な魔石の中でも、この世に数個とない超高純度の魔石!その名も!『紅の薔薇スカーレット・ローズ』!!この品こそが、今宵大一番の品だァ!!」


 と、司会者が言い終えると。手に持つその薔薇の花束を、ラグナは前に掲げる。


 瞬間、明かりという明かりがその一点に注がれ、集中し。薔薇に囲まれている中央の赤い魔石────『紅の薔薇』が眩い赤光を迸らせた。


「ロデルト=ギーン=レヴォルツィ公爵が持ち寄りし自慢の逸品、その値は果たして、如何に!?」


 堪らず騒然となる会場。止まることを知らない興奮に突き動かされている司会者は、それがこの品と、そしてこれを運んだラグナの美貌によるものだと思っていた。


「…………ん!?」


 が、そうではないと。それが理由ではないと、司会者は思い知り。そこで彼は初めて、ようやっと気づいた。






 






「え、は……?誰……?」


 今が仕事中であることも忘れて、呆然とそう呟く司会者。そんな彼の側に立っている、その男。


 そいつは誰だ、何者だ────、会場の誰もがそう思う。


「あ、貴方は……!?」


 除かれた数人の内の一人であるラグナが、驚きに目を見開かせ、堪らずといった様子で呟く。


 そんなラグナの方へ、男は────今日の昼共に街を歩いて見て回ったあの、燻んだ金髪の青年は、ゆっくりと顔を向ける。


「こ、困りますよ。関係者と落札者以外の方が壇上に」


 呆然と立ち尽くす最中、仕事を思い出した司会者がそう言う、途中で。徐に、ラグナの方を向いたまま、青年は手を振り翳し。




 ドシュッ──突如青年の手から伸びたが、歩み寄ろうとしていた司会者の身体を貫いた。




「…………え」


 と、何処か気の抜けた呟きを漏らした直後────司会者の身体の至る箇所を、黒い影が内側から突き破る。


 遅れて、全身のそこら中から影を生やした司会者が壇上に倒れ込む。影が霧散し、穿たれた穴という穴から流れ出た血が、壇上に広がる。


 次の瞬間、その光景を目の当たりにした群衆から、絹を引き裂くような女性の悲鳴が会場に響き渡って。


 そしてそれを合図に、恐慌に陥った人々が。背を向け踵を返し、我先にその場から逃げ出すのだった。


 押し退け、押し退けられ。突き飛ばし、突き飛ばされ。蹴り倒し、蹴り倒され。踏みつけ、踏みつけられ────そんな阿鼻叫喚に包み込まれる、会場。


 その目を背けたくなるような光景を横目で見やり、そうしてラグナは改めて目の前の青年の方を振り向く。


「なんて、ことを……一体どうして!?何を考えているんですか、貴方は!?」


 と、震える声音で叫ぶラグナに対し、青年は微笑み────瞬間、彼はそれを凶々しく悪辣な笑みに変えた。


「何を?何を考えてるか?考えてるか、だってッ!?そんなの」






 ダンッッッ────という、足音が。思い切り、力のあらん限り壇上の床を蹴りつける足音が、青年の言葉を遮るようにしてその場に響き渡った。






「ライザァァァァァァアアアアアアッッッッッ!!!!!」


 その足音に続く、あまりにも深く激しい憎悪の咆哮────それを発したのは、他の誰でもないメルネであった。

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