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終焉の始まり(その三十四)

「殺すッ!!」


 短く吐き捨てたその一言通りの、ただひたすらに純粋で混じり気のない殺意を剥き出しにして。振りかぶっていた巨大な戦鎚を、何の躊躇いもなく、一切の容赦なく。


 目の前に立つ、悪辣な笑みを携える金髪の青年────ライザーへ。元『大翼の不死鳥フェニシオン』所属の《S》冒険者ランカー、ライザー=アシュヴァツグフへと、メルネは振り下ろす。ここまで駆けた勢いを乗せ、あらん限りの殺意を、余すことなく全身全霊で以て込めながら。


 風をけたたましく切り裂いて、メルネの戦鎚がライザーを押し潰さんと迫るが。


 振り下ろされるその戦鎚を、ライザーは避ける素振りも見せずに。平然と、片手で受け止めてみせた。


 バキメキメシャバリゴォッ──直後、様々な破砕音と共に、壇上が真っ二つに割れ。それだけに留まらず、その下にある石畳も悉くが砕け散り。そして青年が立つ場所を中心に、その辺り一帯が凹むように沈む。


「きゃあっ!?」


 という、ラグナの驚くような悲鳴がその場に響き渡り。塵と砂埃が宙を舞い、漂い、そして風に流される最中。メルネの戦鎚を片手で持ち上げたまま、ライザーが呟く。


「へえ。まだそんな物騒な面できるのか、メルネさんよぉ?」


 その言葉にメルネが口を開くことはなく。すぐさま、彼女は戦鎚を引き、その場から一歩跳び退き、透かさず今度は戦鎚を横に振るう。


 ブゥンッ──しかし、ライザーがその場から跳び退いたことで、その一撃は虚しくも空振りに終わった。


「ちったぁ落ち着けよ、『戦鎚』」


「落ち着けるかあッ!!今頃、今更になって何しに出てきたのよ、ライザァアアッ!!!」


 面白可笑しいような、人の感情を逆撫で、人の心情を貶めるような。そんな真正の下衆の笑みを浮かべながら、ライザーがそう言うが。彼の言葉はメルネにとっては、もはやその度し難い怒りを助長させ、殺意を募らせるものでしかない。


 普段から浮かべている淑やかで穏やかな、優しげな微笑みはとうに、ほんの少しの面影すらも残さず消失し。その代わりに今浮かんでいるのは、まさに獣が如き。余裕も品性も全てかなぐり捨てた、憤怒の形相。


「お前の所為で滅茶苦茶よ!お前の所為で、お前の所為で……の所為でッ!今日も今までも何もかも全部ッ!!滅茶苦茶よおッ!!!」


「ははっ、そうかい!そいつはご愁傷様ってなぁッ!?」


 激情に心身を晒し、メルネがその場を蹴りつけ、戦鎚を振りかぶって一気に駆け出す。


 それとほぼ同時に、ライザーは腕を振り上げると────ぺたりとその場に座り込み、動けないでいるラグナに向けた。


「ッ!?ラグナッ!」


 瞬間、堪らず叫んだメルネは。急遽足向きをラグナの方に変え、全速力でラグナの元に駆け寄ろうとするが。


 直後、ラグナの背後の空間に硝子ガラスのように


 そうして生じたその虚空から────無数の黒い手が、ぞろぞろと我先に這い出で、ラグナの肩や腕や腰を掴んだ。


「ラグナァァァアアアッ!!」


 叫びながら、必死に手を伸ばすメルネ。


「メルネ……!」


 ラグナも彼女の名を呼んで、手を伸ばし。


 そして二人の指先が触れ合った────その瞬間。






 ラグナは無数の黒い手に引っ張られ。背後に広がっていた虚空へと、ラグナの姿は沈み、消え失せた。






「……ラグナ……?そ、んな」


 もはや誰もいない空間に手を伸ばし、力なく掴み。消え入りそうな声でラグナの名前を、ただ虚しく呟くことしかできないでいるメルネ────突如、彼女はライザーの方に振り返る。


 その顔からはありとあらゆる感情が抜け落ち、薄い水色の瞳はまるで気でも触れてしまったかのように、恐ろしげに見開かれていた。


 そしてすぐさま、メルネは【強化ブースト】を発動させ。それと全く同時に、その場を蹴って駆け出す。


 メルネに足蹴にされた石畳は周囲のものも含めて、跡形も残さず粉砕され。その一帯の石畳もまた、爆ぜたように割れ砕ける。


 そうして文字通り、彼女は一瞬にしてライザーの目の前にまで迫っていた。


 ライザーの脳天一直線に、振りかぶった戦鎚をメルネは振り下ろす。それは一切の駆け引きを捨てた、清々しいまでに愚直で単純な一撃────故に、疾い。だからこそ、躱し難い。


【強化】した身体能力で以て、全身を柔くしなやかに駆動させ。爆発的な加速の勢いを全て、握り締める戦鎚に乗せ、振るう。


 元第三期『六険』序列二位、『戦鎚』のメルネによるこの一撃を。大空を飛翔する竜種ドラゴンを文字通り撃墜せしめたことから、当時の冒険者ランカーたちはこう呼んだ。




撃鎚げきつい】、と。




 咄嗟にライザーが【強化】を発動し、両腕を交差させるのと。彼の両腕にメルネの【撃鎚】が直撃するのは同時のことで。






 バゴォォォオオオオオンンンンンッッッッッ──轟音が街全体に響き渡り、揺れ動かす。周辺全ての建物の窓硝子ガラスも、そして広場の石畳も。一切合切、そのことごとくが爆ぜて割れて、砕けて散っていった。






「……これが【撃鎚】。惜しいな、全盛期だったらこの場もこの俺も、じゃあ済まなかった」


 塵と砂埃が立ち込める最中、より一層激しく深く沈み込み、陥没したその場所でライザーは静かにそう呟く。


 対してメルネは即座に次の一撃に移ろうと、その場から跳び退く────寸前。


 ドッ──ライザーの回し蹴りが放たれ、彼の爪先がメルネの脇腹に打ち込まれ、深々と突き刺さった。


 かひゅっ、と。メルネの口から息が漏れ、彼女の足が地面から離れる。そうして、そのまま彼女は真横に蹴飛ばされた。


「っが、ごほッ、はっ、はぁっ……く、ゔぅっ!」


 予想を上回る蹴撃の重さに、受け身を取り損なったメルネは地面を転がり、止まると苦しそうに咳き込む。戦鎚を手放さなかったのは、無理矢理な意地によるものである。


 依然咳き込みながらも、地面から立ち上がろうとメルネは顔を上げた。


「時間がないんだ。死ね」


 そう吐き捨てるライザーはこちらの前に立っており、彼は既に得物である長剣ロングソードを鞘から抜き、振り上げていた。


 次の瞬間、剣は振り下ろされ。その白刃がこちらに突き立てられる────そんな絶命必死の未来さいごを受け止めながら。


 ──刺し、違えてでも……!


 そう心の中で呟きながら、捨て身の覚悟の下に、決死の一撃を。メルネはライザーに繰り出さんとしていた。


「姐さあぁぁぁぁぁんッ!!」


 駆けるロックスの悲壮な叫びが広場に響いた、その瞬間────ライザーが剣を振り下ろした。
















 金属同士が激しく衝突し合った、耳をつんざく甲高い音を聴きながら。二つの刃が擦れて咲いた火花が、瞬き儚く散る様を眺めながら。


「…………は……?」


 少し遅れて、メルネが呆然とした声音で、信じられないように呟く。ロックスもまた、その場に立ち止まらざるを得なかった。


 突如として訪れたその静寂。それを最初に破ったのは、狂喜に感極まったライザー。


「やっぱり、やっぱりなぁあ!!信じてたぜっ?お前が、お前は、お前なら絶対に来るってなぁ、ええッ!?」


 今にでもその縁から零れ落ちそうになる程、血走った目を限界まで見開いて。唾と共に、ライザーは正気とは思えない声音で言葉を吐き撒き散らす。


「……何で、どうして、お前が……」


 そんなライザーとは対象的に、地面に座り込んだままのメルネは依然として、呆然自失とした表情と声音でぽつりと呟く。


 そうして二人は、それぞれの声音で。互いの目の前に立つその男の名を、口にする──────────






「……」






 ──────────クラハ、と。

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