何回、殺したのだろう。何人、殺したのだろう。五十は数えた。百を超えてから、数えるのを止めた。
上下左右、何処も彼処も見渡せば。こちらの視界に映り込んでくるのは。
燃え盛る炎をそのまま流し入れたかのような、紅蓮の赤髪。
燦々とした煌めきを灯す、紅玉の双眸。
それら全ての要素から成り立っているのは、まるで一流を超えた最高峰の
性別も、そして年齢も問わず。老若男女誰しもを魅了し、虜にし、囚えて放さない。万人から
そんな彼女
そんな、誰の目から見ても。死んでいることは明白な赤髪の少女の
「……僕が殺した。僕は殺した……」
僕────クラハ=ウインドアは力なくそう呟いて。繰り返し、何度も呟き続けながら。
徐にその場から歩き出す。少女を足蹴にしないよう、誰も踏みつけないように避けながら。ただひたすらに、真っ直ぐに向かって歩き続ける。
闇は何処までも広がり、果てまでも続いていた。終着点など、とてもではないがあるようには思えなかった。故に僕はこうして、歩き続けている。少女たちを見下ろしながら、少女たちに見上げられながら。
そうして何時間、歩いていたのだろうか。果たして何人の少女を目にしたのだろうか。それはわからないし、別にわからなくてもいい。それを考える気力など、とうの昔に尽き果て、消え失せている。
不意に、僕はその場に立ち止まった。立ち止まり、こう呟く。
「ラグナ先輩を僕が殺した。ラグナ先輩を僕は殺した」
そう呟き、腰を落とし、足元に倒れている少女の一人に。ゆっくりと、手を伸ばす。
「ラグナ先輩、ラグナ先輩……ラグナ、先輩……は、はは、ははは……」
そっと、指先で頬を撫でやり。そう呟いた僕の口から、乾いた笑い声が勝手に漏れ出す。
「
そして僕は、まるで自分に言い聞かせるようにそう言って。眼下の少女を見下ろしながら。
「だから君はラグナ先輩じゃない」
そう、呆然自失とした虚な声音で。そんな独り言を力なく零すのだった。
「わかってた……わかって、ましたよ」
そう呟いた僕の手から、
「君が、いえあなたが先輩だって……そんなことは最初から、ずっとわかってたんですよ」
こちらを見下ろしているのだろう、目の前に立つ赤髪の少女────否、ラグナ先輩に対して。
「僕は殺した。僕は殺し続けた。十人、百人、千人のあなたを。何回も何回も何回も、何度も何度も何度も。殺して殺して殺して、殺した。……殺して、しまった」
点々と、地面を涙で濡らしながら。僕はそう続けて────思い切り、顔を上げた。そして、叫んだ。
「だから認めたくなかった!君がラグナ先輩なんだって、僕は認めたくなかったッ!だって君を先輩って、認めたら……先輩なんだって、そう思ってしまえば……!」
土を巻き込むのも構わずに、手を固く強く握り締め。血が滲む程に握り締めて。
「それなら僕は一体どれだけラグナ先輩を殺してしまったんだッ!?」
血反吐を出すつもりで、僕はそう言うのだった。そんな僕のことを、目の前の先輩は何も言わずに。感情を上手く読み取れない無表情で、ただ黙って見下ろしていた。
「ええ、わかってます。それが僕の夢の中の出来事だということは、わかっているんです。けど……それでも!実感が!現実味をこれでもかと帯びたこの実感が、所詮は夢だって!ただ
眼下の土が、周囲の土と色が変わる程まで濡れていることにも気づかないままに。僕はそんな情けない言葉を、弱々しく吐き続ける。
「あの、夢で抱いた殺意が。頭がおかしくなりそうなあなたへ、狂おしいあの殺意が……寝ても覚めても消えずに日々大きく増して膨れ上がる僕の、先輩への殺意が!僕にそう思わせて、くれなかったんだ……!」
そこで数秒、僕は押し黙り。そして、喉奥で
「怖かった」
そう、それは僕の本音。今の今まで、心の奥底に押し留め、ひた隠しにしていた、僕の本音。
「殺して、しまうんじゃないかと。この殺意に負けて呑まれて、そしてあの夢と同じように。僕はあなたを殺してしまうんじゃないかと。いつか、ある日、夢じゃない現実で殺してしまう……そう思ったら、そう考えたら。怖くて、僕は堪えられなかった」
誰も求めてなどいない僕の告白が、夜の森に静かに響く。
「……僕だって、やったんですよ。必死に、自分にやれる、最善のことを。それを自分なりに考えて、やりました……その結果が、今なんです」
誰も聞き入れもしない僕の告白は、夜の森に虚しく響く。
「ラグナ先輩を傷つけて、ロックスさんもメルネさんもグィンさんも傷つけて、大勢の人を傷つけて……今はこうして、森の中で泣き喚いている。……情けないでしょう?でも、もうわからないんです。僕にはわからないんですよ。これ以上、何をどうしたらいいんですか?僕は何をすればいいんですか?」
そんな言い訳がましい身勝手な告白を長々と続けた僕は、そこで俯かせていた顔を振り上げた。
「教えてください、先輩……!」
と、助けを乞う僕の視線の先には────誰もいなかった。いや、そもそもそこに誰かがいるはずも、この場に僕以外の誰かがいるはずもない。
そんな当たり前の事実、当然の現実────とっくのとうにわかり切っていたはずのそれらを、こうして改めて確認した僕は。少し遅れて、乾いた笑いを力なく漏らし。
「一体、僕はこれから、どうしたらいいんだ……?」
と、もはやそう呟くことしかできないでいた。
──……今はただ、あなたに……。
そして口には出さず、心の中で僕がそれを呟こうとした、その時。
「会えばいいんじゃない?」
不意に、あっけらかんとした少女の声でそんな言葉が、背中越しに僕にかけられた。
徐に、僕が背後を振り返ると。そこには彼女────語るに及ばない成り行きで護衛することになり、とりあえずこの当てのない旅路を共にしている流浪の
「……ユア」
名前を呟く僕の元に、ユアはゆっくりと歩み寄る。そして僕の目の前にまでやって来た彼女は、その場に屈み込んだ。
「だって会いたいんでしょ?だったら会えばいいだけじゃん」
と、こちらに目線を合わせながら、僕にそう言うユア。彼女の単純なその言葉に、僕は数秒の沈黙を挟んで、返事をする。
「僕にはもう、その資格がない」
「何それ。意味わかんないよ」
僕の返事を容易くそう切り捨て、堪らず言葉を失った僕に彼女が続ける。
「資格なんているの?いらないでしょ貴族様や王様に会う訳じゃないんだし」
「……そういうことじゃない。そんな単純な話なんかじゃ、ない」
何もわかっていないユアの物言いに苛立ちを覚えながらも、それを表に出さぬように、僕はそう返す。
するとユアは知ったことではないとでも言いたげな、そんな表情で。依然としてあっけらかんとした声で、彼女が平然と言う。
「単純明快なことだよそんなの。どうしてそんな、面倒そうに考えるのかなぁ」
僕は不快な怒りを抱き────
「…………君にはわからないよ。僕の考えなんて、僕の……気持ちなんて」
────けれど、それを表出させるのも、もはや億劫であり。僕は鬱屈した声音で以て、そんな言葉をユアに送るのだった。
「わかる訳ないでしょ。他人の考えや気持ちなんて、他人が」
そしてほぼほぼこちらの予想通りなユアの返事を受け、僕はもう口を閉ざした。彼女とは会話にならないと判断し、もうこれ以上何も言わないと決め、僕は黙り込むことにした。
僕とユアの会話が終わって、その場を静寂が包み込む────そうして、数分が過ぎて、少し。
「一つ訊きたいんだけど」
唐突に、ユアが口を開いた。彼女はまるでこちらを試すかのような表情で、僕に訊いてくる。
「君はさ、会いたいの?会いたくないの?どっちなの」
瞬間、僕は僕の中で何かが。切れてはいけない、糸のような何かが────音を立てて切れてしまったのを、はっきりと確かに感じ取った。
「……そんなの」
故に僕は、目を見開き。憚らず躊躇うことなく、叫んだ。
「会いたいに決まっているだろッ!?」
そう、ユアに向かって言い放ち。透かさず僕は言葉を続ける。
「会いたい。ああ、会いたいさ!でも駄目だ、駄目なんだよ!僕はもうラグナ先輩には会えない、会っちゃいけないんだよ!もしまた会ったら、先輩の顔を見たら、僕は……っ!」
そこで僕は言葉を詰まらせ、黙り込んでしまう。この先を口に出してしまうのが、恐ろしかった。怖くて、とてもではないが言えそうになかった。
「殺しちゃうかもしれないって?」
そんな僕の恐怖心を見透かしたように、ユアが僕の代わりにそう言った。言って、彼女は────呆れたように肩を竦めさせ。
「だっさ」
と、僕に向かって躊躇なく吐き捨てるのだった。
「な……」
そうして予想だにしない、直球の罵倒を前に堪らず絶句した僕に。こちらの顔を真っ直ぐに見据えて、更に容赦のない言葉を遠慮なくぶつけてくる。
「
軽蔑と侮蔑が入り混じったその声音。しかし、それも無理はない。何故なら、現に僕はユアに何も言い返せない。そんな僕など、彼女や他人からすれば不甲斐なく、そして情けない男にしか思えないだろう。
……だが、それでいい。
──僕はもう、それでいい……。
「まあ、いいや」
カラン──ユアの声に少し遅れて、地面の上を何かが転がった。自然と釣られた僕の視線が捉えたのは、一個の魔石だった。
「とにかく癪に触って仕方ないから、君に選択肢をあげる」
その魔石には魔法が込められており。そしてその魔法が【転移】であると気づくとほぼ同時に、ユアは僕にそう言う。そして彼女はこう続ける。
「会うか、会わないかの選択肢をさ。……それじゃあね。君との短い旅、悪くはなかったよ」
そう言い終えるや否や、踵を返して歩き出すユア。彼女は呆然とする僕を置き去りに、この場からどんどん離れていく。
遠のくユアの背中を尻目に、僕は魔石を見つめる。見つめながら、呟く。
「……会うか、会わないか……」
そして脳裏に響く、その声。
『クラハ』
「…………」
気がつけば、僕は魔石を手にしていた。
「まあ、別にこれくらいのことはいいよね」
背後で【転移】が発動したのを感じ取りながら、しかし振り向くことはせずに、そのまま歩き続ける栗毛の少女────ユア。
ユアは頭上を見上げ、星々が散らばる夜空を眺めながら。
「それにしても、手のかかる
そうしてユアは歩き続け、彼女の姿は夜の闇に紛れて溶けて、消え失せた。