「ハハ、ハハハッ!フハァハハハハッ!!」
と、僕ら人類に初めてその姿を見せた時と全く同じような高笑いをライザーの声音で、この教会に響かせる
ラグナ先輩によって討滅されたはずの、かの神を。ライザー=アシュヴァツグフという一人の男の姿、存在そのものを乗っ取り、現世に再び
「いや、いやいやいや!幾分、確かに
と、独りそう呟くや否や。徐にエンディニグルは明後日の方向へ手を翳し、魔力を集中させ。そうして何の躊躇いもなく、その魔力を解き放つ。
人ならざる魔力は一筋の光すらも通さない漆黒の球体を模り。軌道上にある全てを区別なく総じて消し去りながら、宙を突き進み。
そして教会の壁に衝突した瞬間────気がつけば、まるで元からそこには何もなかったように、一面の壁が丸ごと、消失していた。
「存外、それは思慮していた程ではないようだな。クク、良い。良いぞ、良いぞ」
破壊────というよりは、消滅と表現すべきだろう。残骸は当然として、僅かな破片一つすらも見当たらない。ある意味綺麗になったその光景を、ただただ眺めることしかできないでいる僕を他所に。エンディニグルは満足そうに呟く。
「それに……なるほど。これが人間の身体、人間の感覚か。中々、悪くはないではないか。フハハ、ハ……ヒャアハハハハァ!!」
その言葉通り、手を握っては開くことや足踏みを何度か繰り返した後、そう言いながらエンディニグルはほくそ笑み。それだけに留まらず、俗な笑い声を高々と上げる────その様は、否応にもライザーを彷彿とさせるのだった。
「……えんでぃ、にぐる……?」
と、今の今まで押し黙っていたラグナ先輩がようやっと声を出す。恐らく、やっとのことでこの状況を飲み込み、理解したのだろう。呆然自失とした様子でその名を呟いた後、先輩は意味不明だとでも訴えたげな声音で続ける。
「ふ、ふざけんな!テキトーなデタラメ吐くんじゃねえっ!だって、お前は俺がぶっ倒しただろうが!それが何で、ライザーの身体で……!?」
「ああそうだそうだそうだそうだそうだアァアアッ!!このエンディニグルは、『魔焉崩神』エンディニグルがッ!!貴様に滅ぼされたのだよ!!ラグナ=アルティ=ブレイズゥゥゥゥゥウウウヴヴヴ!!!」
エンディニグルの怒号が教会を激しく震わせる。同時に身の毛が
恐らく、気の弱い生物であれば。この魔力を浴びただけでも絶命に至ることだろう。僕はどうにか慄くだけで済ませ、幸いにもラグナ先輩は声にならない掠れた悲鳴を小さく漏らすだけで収まった。
「ラグナラグナラグナラグナラグナ=アルティ=ブレイズ!!!憎い憎い憎い憎い憎いッ!口惜しい口惜しい口惜しいッ!
天井知らずな憎悪と、底知れない怨嗟。その二つを以て、そう吐き散らすエンディニグル。ラグナ先輩に対する限界なき憤怒と激情の言葉を延々と垂れ流し────不意に、エンディニグルは黙り込んだ。
「…………我としたことが。しかし、これが怒り。感情、か。こうして人の身に
数秒の間黙り込んでいたかと思えば、唐突に、今し方の荒れようがまるで嘘だったかのような冷静さで、エンディニグルはそう呟く。
「さて、それでは話を続けるとしよう。そうだ、確かに我は滅ぼされた。それは認めよう。……が、それはあくまでも
そうして、エンディニグルは何事もなかったかのように、僕と先輩に対して淡々と語り始めるのだった。
「ラグナ=アルティ=ブレイズ。
そう言って、エンディニグルは僕の後ろに立つラグナ先輩を眺める。頭の天辺から足の爪先まで、じっくりと。まるで視線で舐め回すかのように、ねっとりと。
「そのような様になっては、感知しようにもしようがないか」
と、嘲るように呟くエンディニグルの眼差しには。下卑たものは確かにあって。それらがラグナ先輩の胸や腰、足に注がれていることは明白で────堪らず、僕はその不躾な視線を遮るように、先輩の前に立った。
「そんな目で先輩を見るな」
そう吐き捨てた僕に対して、エンディニグルは顔を歪めたが、それも一瞬だけで。わざとらしく肩を竦めさせる。
「人の身に堕ちてから、何故か無性に、それも女体の部分部分に気が惹かれてな。これは確か性欲というのだったかな?……まあそんなことはさておくとして。魂だけの存在にまで落ちぶれたのは、
そこまで言って、再びエンディニグルは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「そのおかげで、あの場を偶然通りかかった人間の集団に拾われたお前の魔力にしがみつき、最後までお前に気づかれることなく、我もまたこうしてこの街に戻ることができたのだからなぁ?」
「……は、はぁ……?」
信じられないといったような声音で、ラグナ先輩が呆然と呟く。
……恐らく、
と、他人事のように僕が考えてると。ラグナ先輩の困惑した様子に気を良くしながら、エンディニグルが話を更に続ける。
「だが、我に猶予は残されていなかった。存在を維持する為だけの力すらも徐々に失い始め、やがて消えかける既のところで。我は見つけ出したのだよ────この人間、ライザー=アシュヴァツグフをな」
そう言って、エンディニグルは自分を────というよりはライザーの身体を指差すのだった。
「我は此奴を自らを保たせる為の器として選び、そうして力を蓄えいたのだ。こうして再び、この世界に
そこまで言って、エンディニグルは肩を揺らし、くつくつと笑って。やがて抑え切れなくなったように、高笑いを始めた。
「ハハハハ!ハァッハハハッ!いやぁ、素晴らしかった……羨望。嫉妬。嫌悪。忌避。此奴の負の感情は素晴らしく、美味であったぞ」
そう言って、エンディニグルは舌舐めずりをするのだった。
「……しかし、嘆かわしい。今の我は我であって、我ではない。所詮此奴程度の器では完全に我が再現することは叶わないことなど、とうに最初からわかり切っていた。しかし手段などもはや選んでいる場合でもなかった」
そこまで言って、エンディニグルは顎に手をやり、少し考え込んだ後、その口を再度開かせた。
「エンディニグル・ネガ。そうだな、我はこれから、自らをそう名乗るとしよう。この名こそが、今の我の真正の名よ」
「……エンディニグル・ネガ……」
エンディニグル────改め、エンディニグル・ネガは。僕と先輩を睥睨し、その顔に嘲笑を浮かべる。
「しかし、貴様とて我と同じようなものよなあ。ラグナ=アルティ=ブレイズ」
そう言うエンディニグル・ネガの目の奥には、またしても下卑たものが渦巻いていた。
「『魔焉崩神』として、
言っている途中で突然、エンディニグル・ネガは憤怒の形相を浮かべ。だが先程のようにその激情を撒き散らすことはなく、呻くだけに留め。そうして数秒を挟んでから、何事もなかったかのように平然とそう呟く。
依然として、額や
「愉快。実に愉快、愉快……ハハハハ!ザマァねえなぁあ!?ハハハハハハッ!!」
そう言って、血走る目を全開に見開き。下衆な高笑いを大いに、存分に教会に響かせるエンディニグル・ネガ。人の身に
「で」
────凛然としたラグナ先輩の声が、貫いた。