目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 ファーストミッション終了

 瑠璃の死を目の当たりにしたサヤカたちの周囲には、重苦しい空気が漂っていた。ヒカリは両手で口を覆い、溢れる涙を抑えきれず震えている。隼人は拳を握りしめ、唇を噛みながら無言で地面を見つめる。サヤカは怒りに燃える瞳で歯を食いしばり、拳から血が滲むほど強く握りしめていた。


「こんなこと……あり得ない……!」


 ヒカリの声は震え、まるで壊れた人形のようだった。信じられない現実を拒絶するように、彼女は首を振る。サヤカはそんなヒカリにそっと近づき、力強く抱き寄せた。


「運が悪かった? そんな言葉で片付けられない……! バルタールをぶっ潰さなきゃ、この地獄は終わらないんだ!」


 サヤカの声は怒りに震え、言葉一つ一つに憎しみが込められていた。ヒカリは涙に濡れた瞳でサヤカを見上げ、声を絞り出す。


「あなたは……子供が殺されたのに、悔しくないの? 瑠璃ちゃんが……あんな目に遭って……!」


 その言葉に、サヤカの身体が一瞬硬直する。彼女はヒカリをさらに強く抱きしめ、まるで自分自身を支えるように全身を密着させた。彼女の身体もまた、抑えきれない感情で震えていた。


「悔しくないわけないだろ! 目の前であの子の命が奪われたんだ! 助けられなかった自分が……許さないんだよ!」


 サヤカの声は嗚咽に変わり、大粒の涙が頬を伝う。彼女の心は瑠璃の死を悼む悲しみと、救えなかった無力感で引き裂かれていた。ヒカリはそんなサヤカをそっと抱き返し、彼女の頭を優しく撫でる。


「サヤカ……あなたも苦しんでたんだね……気付けなくて、ごめん……」

「ヒック……ヒック……」


 ヒカリの声は優しく、まるで姉が妹を慰めるようだった。二人の間に生まれた絆は、この過酷なゲームの中でわずかな希望の光のように輝いていた。

 一方、隼人は冷徹な目で瑠璃の遺体を見つめる。白い服の男たちに回収される彼女の顔は、目を見開いたまま絶望に凍りついていた。その表情は、隼人の心に鋭い棘を突き刺す。


(この「逃走ロワイアル」は、バルタールが仕組んだゲームだ。だが、裏に黒幕がいる可能性も高い。なぜ子供まで巻き込む? この狂ったゲームの目的は一体何だ……?)


 隼人の頭脳はフル回転で状況を分析する。このゲームには6人の子供が参加していた。瑠璃、子役の炭山剛すみやまつよし常磐奏ときわかなで、一般小学生の本田啓治ほんだけいじ雨宮恵あまみやめぐみ木田則夫きだのりお。なぜ彼らが選ばれたのか、その理由が隼人の心に暗い影を落とす。真相を暴くためにも、生き残るしかない。


「さあ、クリア者はサヤカ、ヒカリ、隼人の3名! 残りは13人! おっと! ゴールに迫るのは……保育士の霧原碧だ!」


 ユキコの甲高い実況が会場に響く。ゴール近くに現れたのは、ポニーテールの女性・碧。半袖Tシャツにジーンズ、ピンクのエプロン姿はまさに保育士そのものだ。しかし、彼女の手にはボールがない。このままではゴールしても意味がない。


「彼女、ボールを持ってない!」


 ヒカリが叫び、サヤカは険しい表情でゴール前の地面を見つめる。そこには、瑠璃が最期まで握りしめていたボールが転がっていた。白い服の男たちが瑠璃の遺体を回収する際、ボールを無造作に放置したのだ。

 碧の目に鋭い光が宿る。彼女は一瞬の隙を突き、地面のボールを素早く拾い上げる。そのままゴールゲートを駆け抜けた。


「ゴールイン! 保育士の碧、瑠璃のボールを手にミッションクリア! 彼女の無念を背負い、見事ゴールを果たした!」


 ユキコの宣言に、観客席から割れんばかりの歓声が上がる。コメント欄は「碧、最高!」「瑠璃ちゃんの分まで頑張れ!」と称賛で埋め尽くされる。碧はガッツポーズを決め、天を仰ぐ。


(瑠璃ちゃん……あなたの死は無駄にしない。私がこのゲームを終わらせるから、ずっと見守っていて……)


 碧の心は決意で燃えていた。瑠璃の死にショックを受けながらも、彼女の思いを背負い、生き残る覚悟を固めていた。


「あの女……瑠璃のことを本気で思ってるみたいだな」

「うん。こんなゲームでも、優しい人がいるんだね……」


 サヤカとヒカリは碧の姿に一瞬の安堵を覚える。金や欲望に駆られた参加者が多い中、碧のような存在はまるで闇の中の灯火のようだった。


 ※


 ゲームはさらに過酷さを増していく。次々と逃走者がボールを手にゴールを通過し、残りはあと1枠。通過していないのは、高校生の黒川舞香と小学生の本田啓治、木田則夫の3人だ。舞香がボールを握り、猛スピードでゴールを目指す。


「舞香、ボールを手にゴールへ急ぐ! 啓治と則夫が追いかけるが、その差は縮まらない!」


 ユキコの実況が響く中、舞香は黒いポニーテールを揺らし、Tシャツとオーバーオールの軽快な姿でゴールゲートを駆け抜ける。高校生と小学生のスピード、歩幅の長さに差があるのは当然。


「舞香、ゴールゲートを通過!」

「やった! 生き残った!」


 舞香が歓喜の声を上げ、飛び跳ねながら嬉しさを全開にしていた。無事に生き残った事を心から嬉しく感じていて、満面の笑みを浮かべているのだ。


「そんな……俺、死ぬの?」

「ここまで来たのに……終わった……」


 一方、啓治と則夫は地面に崩れ落ちる。二人の顔は恐怖と絶望に染まり、観客席は異様な静寂に包まれる。誰もが次の展開を予感し、息を呑んでいた。


「脱落者へのお仕置きは……バルタール様からの特別なプレゼントだ! さあ、ショーの始まりだ!」


 ユキコの声が不気味に響く。次の瞬間、啓治と則夫の足元から無数の鋭い針が突き出し、二人の身体を一瞬で貫いた。血飛沫が舞い、悲鳴すら上げられぬまま二人は即死。会場は凍りつき、逃走者たちの顔は恐怖で青ざめる。

 サヤカは拳を震わせ、ヒカリは目を背ける。碧は唇を噛み、涙を堪えている。だが、ただ一人、エリカと名乗る女だけが冷ややかな笑みを浮かべていた。彼女の目は、まるでこの惨劇を楽しんでいるかのようだった。


「残りは16名! ここから逃走エリアが拡大! ハンティングマンに捕まらず、生き残れ!」


 ユキコの声が会場に響く中、サヤカとヒカリは啓治と則夫の遺体を見つめる。白い布に包まれ、運ばれていく二人の姿は、このゲームの非情さを象徴していた。


「絶対に生き残って、バルタールを倒す。ヒカリ、お前は戦えるか?」


 サヤカの声は低く、決意に満ちていた。ヒカリは自らの手に装着されたオープンフィンガーグローブを見つめ、力強く頷く。


「うん。去年の遺跡探索で手に入れたこのグローブ……これがあれば、誰が相手でも怖くない。私たちの手でこのデスゲームを終わらせる!」


 ヒカリの言葉に、サヤカは力強く頷く。彼女も戦う覚悟を決めた以上、心配する事はないだろう。


「よし、すぐハンティングマンを潰しに行くぞ!」


 二人は互いの背中を預け合い、戦場へと飛び込んでいく。その姿は、絶望の中でなお希望を掴もうとする戦士そのものだった。

 だが、碧はその背中をただ見つめることしかできなかった。彼女の瞳には羨望と無力感が混じる。


「二人とも……強いな。私なんて……何もできないのに……」


 碧の呟きは風にかき消されてしまい、その言葉は誰にも聞こえずにいた。彼女の心には虚しさだけが残っているが、これが逃走にどう響いてくるのかがカギとなる。

 残る逃走者は16人。ハンティングマンは2人。残り時間は1時間半。次のミッションが迫る中、ゲームはさらに過酷な局面へと突入していく――。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?