瑠璃の死を目の当たりにしたサヤカたちの周囲には、重苦しい空気が漂っていた。ヒカリは両手で口を覆い、溢れる涙を抑えきれず震えている。隼人は拳を握りしめ、唇を噛みながら無言で地面を見つめる。サヤカは怒りに燃える瞳で歯を食いしばり、拳から血が滲むほど強く握りしめていた。
「こんなこと……あり得ない……!」
ヒカリの声は震え、まるで壊れた人形のようだった。信じられない現実を拒絶するように、彼女は首を振る。サヤカはそんなヒカリにそっと近づき、力強く抱き寄せた。
「運が悪かった? そんな言葉で片付けられない……! バルタールをぶっ潰さなきゃ、この地獄は終わらないんだ!」
サヤカの声は怒りに震え、言葉一つ一つに憎しみが込められていた。ヒカリは涙に濡れた瞳でサヤカを見上げ、声を絞り出す。
「あなたは……子供が殺されたのに、悔しくないの? 瑠璃ちゃんが……あんな目に遭って……!」
その言葉に、サヤカの身体が一瞬硬直する。彼女はヒカリをさらに強く抱きしめ、まるで自分自身を支えるように全身を密着させた。彼女の身体もまた、抑えきれない感情で震えていた。
「悔しくないわけないだろ! 目の前であの子の命が奪われたんだ! 助けられなかった自分が……許さないんだよ!」
サヤカの声は嗚咽に変わり、大粒の涙が頬を伝う。彼女の心は瑠璃の死を悼む悲しみと、救えなかった無力感で引き裂かれていた。ヒカリはそんなサヤカをそっと抱き返し、彼女の頭を優しく撫でる。
「サヤカ……あなたも苦しんでたんだね……気付けなくて、ごめん……」
「ヒック……ヒック……」
ヒカリの声は優しく、まるで姉が妹を慰めるようだった。二人の間に生まれた絆は、この過酷なゲームの中でわずかな希望の光のように輝いていた。
一方、隼人は冷徹な目で瑠璃の遺体を見つめる。白い服の男たちに回収される彼女の顔は、目を見開いたまま絶望に凍りついていた。その表情は、隼人の心に鋭い棘を突き刺す。
(この「逃走ロワイアル」は、バルタールが仕組んだゲームだ。だが、裏に黒幕がいる可能性も高い。なぜ子供まで巻き込む? この狂ったゲームの目的は一体何だ……?)
隼人の頭脳はフル回転で状況を分析する。このゲームには6人の子供が参加していた。瑠璃、子役の
「さあ、クリア者はサヤカ、ヒカリ、隼人の3名! 残りは13人! おっと! ゴールに迫るのは……保育士の霧原碧だ!」
ユキコの甲高い実況が会場に響く。ゴール近くに現れたのは、ポニーテールの女性・碧。半袖Tシャツにジーンズ、ピンクのエプロン姿はまさに保育士そのものだ。しかし、彼女の手にはボールがない。このままではゴールしても意味がない。
「彼女、ボールを持ってない!」
ヒカリが叫び、サヤカは険しい表情でゴール前の地面を見つめる。そこには、瑠璃が最期まで握りしめていたボールが転がっていた。白い服の男たちが瑠璃の遺体を回収する際、ボールを無造作に放置したのだ。
碧の目に鋭い光が宿る。彼女は一瞬の隙を突き、地面のボールを素早く拾い上げる。そのままゴールゲートを駆け抜けた。
「ゴールイン! 保育士の碧、瑠璃のボールを手にミッションクリア! 彼女の無念を背負い、見事ゴールを果たした!」
ユキコの宣言に、観客席から割れんばかりの歓声が上がる。コメント欄は「碧、最高!」「瑠璃ちゃんの分まで頑張れ!」と称賛で埋め尽くされる。碧はガッツポーズを決め、天を仰ぐ。
(瑠璃ちゃん……あなたの死は無駄にしない。私がこのゲームを終わらせるから、ずっと見守っていて……)
碧の心は決意で燃えていた。瑠璃の死にショックを受けながらも、彼女の思いを背負い、生き残る覚悟を固めていた。
「あの女……瑠璃のことを本気で思ってるみたいだな」
「うん。こんなゲームでも、優しい人がいるんだね……」
サヤカとヒカリは碧の姿に一瞬の安堵を覚える。金や欲望に駆られた参加者が多い中、碧のような存在はまるで闇の中の灯火のようだった。
※
ゲームはさらに過酷さを増していく。次々と逃走者がボールを手にゴールを通過し、残りはあと1枠。通過していないのは、高校生の黒川舞香と小学生の本田啓治、木田則夫の3人だ。舞香がボールを握り、猛スピードでゴールを目指す。
「舞香、ボールを手にゴールへ急ぐ! 啓治と則夫が追いかけるが、その差は縮まらない!」
ユキコの実況が響く中、舞香は黒いポニーテールを揺らし、Tシャツとオーバーオールの軽快な姿でゴールゲートを駆け抜ける。高校生と小学生のスピード、歩幅の長さに差があるのは当然。
「舞香、ゴールゲートを通過!」
「やった! 生き残った!」
舞香が歓喜の声を上げ、飛び跳ねながら嬉しさを全開にしていた。無事に生き残った事を心から嬉しく感じていて、満面の笑みを浮かべているのだ。
「そんな……俺、死ぬの?」
「ここまで来たのに……終わった……」
一方、啓治と則夫は地面に崩れ落ちる。二人の顔は恐怖と絶望に染まり、観客席は異様な静寂に包まれる。誰もが次の展開を予感し、息を呑んでいた。
「脱落者へのお仕置きは……バルタール様からの特別なプレゼントだ! さあ、ショーの始まりだ!」
ユキコの声が不気味に響く。次の瞬間、啓治と則夫の足元から無数の鋭い針が突き出し、二人の身体を一瞬で貫いた。血飛沫が舞い、悲鳴すら上げられぬまま二人は即死。会場は凍りつき、逃走者たちの顔は恐怖で青ざめる。
サヤカは拳を震わせ、ヒカリは目を背ける。碧は唇を噛み、涙を堪えている。だが、ただ一人、エリカと名乗る女だけが冷ややかな笑みを浮かべていた。彼女の目は、まるでこの惨劇を楽しんでいるかのようだった。
「残りは16名! ここから逃走エリアが拡大! ハンティングマンに捕まらず、生き残れ!」
ユキコの声が会場に響く中、サヤカとヒカリは啓治と則夫の遺体を見つめる。白い布に包まれ、運ばれていく二人の姿は、このゲームの非情さを象徴していた。
「絶対に生き残って、バルタールを倒す。ヒカリ、お前は戦えるか?」
サヤカの声は低く、決意に満ちていた。ヒカリは自らの手に装着されたオープンフィンガーグローブを見つめ、力強く頷く。
「うん。去年の遺跡探索で手に入れたこのグローブ……これがあれば、誰が相手でも怖くない。私たちの手でこのデスゲームを終わらせる!」
ヒカリの言葉に、サヤカは力強く頷く。彼女も戦う覚悟を決めた以上、心配する事はないだろう。
「よし、すぐハンティングマンを潰しに行くぞ!」
二人は互いの背中を預け合い、戦場へと飛び込んでいく。その姿は、絶望の中でなお希望を掴もうとする戦士そのものだった。
だが、碧はその背中をただ見つめることしかできなかった。彼女の瞳には羨望と無力感が混じる。
「二人とも……強いな。私なんて……何もできないのに……」
碧の呟きは風にかき消されてしまい、その言葉は誰にも聞こえずにいた。彼女の心には虚しさだけが残っているが、これが逃走にどう響いてくるのかがカギとなる。
残る逃走者は16人。ハンティングマンは2人。残り時間は1時間半。次のミッションが迫る中、ゲームはさらに過酷な局面へと突入していく――。