サヤカ、ヒカリ、碧の三人は舞香を仲間に加え、残りのマーダークラウンを倒すべく疾走していた。一方、別の場所では、緊迫した動きがモニターに映し出され、観客の視線を釘付けにしていた。
※
シティゾーン内の廃墟前。そこに、囚人服のつなぎを着た男が立っていた。
「奴らから逃げ切ったか……」
男――
三年前、殺人で逮捕されて無期懲役の判決を受けた彼にとって、刑務所での死は覚悟の上だった。だが、運命は彼に別の道を用意していた。逃走ロワイアルへの招待状――逃げ切れば願いが叶うというデスゲームへの参加通知。それを受けた信春は看守に相談し、命を賭けた戦いに身を投じたのだ。
(このデスゲームに参加するなんて……だが、俺はここで死ぬわけにはいかない。まだ、果たすべきことがある……!)
心の叫びとともに、信春の脳裏に三年前の記憶が焼き付く。過去の決断が、鮮烈に蘇った。
※
三年前、春の夜。当時無職となっている信春はナイフを握りしめ、黒いパーカーとマスクで身を隠しながら静かに歩を進めていた。闇に溶け込む足音が冷たく響き、冷たい風が静かに吹いていた。
「ここだ……」
立ち止まり、横に視線を投げると、目的の一軒家が目に入った。平凡な外観の裏に、悍ましい秘密が潜んでいる。
(この家で、小学生の女の子が虐待されている……傷だらけで納屋に監禁されたまま怯えていると聞いたが……あの子は可哀想としか思えない……)
信春の目は鋭く光り、家の闇を貫いた。虐待の事実を知った彼の胸には、正義と未練が渦巻いていた。
(今からやることは、ただの正義じゃない。あの子の幸せを、俺の人生全てを賭けて守るためだ……!)
覚悟を固め、信春は闇に紛れて家へ向かった。監禁されている女の子を救う為なら、どんな事でもやり遂げる覚悟。もう後戻りはできない。
※
裏口に辿り着いた信春は、息を殺しナイフで錠をこじ開けた。カチリという音が夜の静寂を切り裂く。
(第一段階、成功……)
心臓が激しく脈打ち、冷や汗が背を伝う。家の中は死のように静まり返り、微かな物音すら聞こえない。だが、信春の目は鋭く闇を切り裂いた。
(今だ。あの子の未来のために動くのみ! 俺はどうなっても構わない!)
一気に扉を押し開け、信春は家に滑り込んだ。廊下を抜け、情報通りの納屋へ続く地下階段を見つける。階段を下りるたび、湿った空気が肌に絡みつく。
そこには、震える小さな女の子がうずくまっていた。やせ細った身体は傷とあざに覆われ、涙に濡れた目は恐怖と絶望に揺れていた。
「お前……大丈夫か? 俺はお前を助けに来たんだ。怯える事はない」
信春は声を抑え、優しく呼びかけた。女の子は怯えて後ずさったが、彼の真剣な瞳に何かを感じ取り、微かに頷いた。
「そうか。もう心配はいらない。俺がついてる」
信春は女の子の手を握り、かすかな笑みを浮かべた。だがその瞬間、背後で重い足音が響き渡る。振り返ると、女の子の父親が金属バットを手にした鬼の形相で立っていた。
「てめえ、誰だ! うちの娘に何しやがる!」
父親がバットを振り上げ、怒号が闇を裂く。信春は咄嗟に女の子を庇い、ナイフを構えた。父親の姿に、抑えきれぬ怒りが胸を焦がす。
「お前みたいなクズが……この子をこんな目に! もう許さん!」
「うわっ!」
怒りが爆発し、信春は父親に飛びかかった。二人はもつれ合い、ナイフが父親の胸に突き刺さる。鮮血が床を染め、父親は呻き声を上げて崩れ落ちた。
「うぐ……畜生……!」
即死だった。信春が荒い息を整える中、階段を駆け下りる足音が響く。母親が現れ、夫の血だまりを見て絶叫した。
「アンタァァァァァ!! よくも殺してくれたわね!」
母親はナイフを握り、狂ったように襲いかかる。だが、信春の動きは冷徹だった。
「そこだ!」
「うっ!」
一瞬で母親のナイフを叩き落とし、首に刃を突き立てた。彼女も前のめりに倒れ、息絶えた。全ては刹那の出来事だった。
「もう怖いことはない。行こう」
信春は息を切らせ、女の子を抱き上げた。サイレンが遠くで響く中、彼は闇夜を駆け抜け、家を後にした。女の子を守るためだけに、心は突き動かされていた。
※
その後、信春は女の子を近隣の施設に預け、彼女の安全を確保した。そして、自ら警察に出頭する事に。
「ここならもう大丈夫だ。強く生きてくれよ」
「うん……ありがとう……」
女の子の笑顔に、信春は静かに微笑んだ。背を向け、歩き出す。彼は罪を償い、人生を終える覚悟を固めていた。
殺人の罪で逮捕され、無期懲役の判決。控訴せず、信春はただ償う日々を選んだ。
※
現在、廃墟の奥で息を潜める信春は、過去の記憶を振り払い、現実に引き戻された。あの女の子は今、小学6年生。施設で新たな人生を歩んでいて、新たな道を切り開こうとしている最中だ。それが彼の唯一の心の支えだった。
(俺はまだ生きなきゃいけない……あの子の幸せを見届けるまでは、絶対に死ねない!)
その瞬間、廃墟の外で不気味な足音が響き始めた。重く、金属が擦れるような音――マーダークラウンの接近を告げる不協和音。信春の全身が凍りつき、物陰から外を覗く。
そこには、黒いサーカス衣装に身を包んだマーダークラウンが立っていた。赤く光る目が闇を切り裂き、巨大な刃が月光を禍々しく反射する。空気が一瞬で張り詰め、死の匂いが漂い始めた。
「ここでマーダークラウンが出現! 見つかったら大変な事になるぞ!」
ユキコの実況が響き、観客のざわめきがモニター越しに伝わる。視聴者コメントは「逃げろ!」「やばい、見つかるぞ!」とパニックに溢れていた。
信春は冷や汗を流しながら廃墟の奥へ身を沈めた。心臓が喉元で暴れ、過去の覚悟が再び胸を突き上げる。
(ここで終わるわけにはいかない……! 何が何でも逃げ切ってみせる!)
マーダークラウンの足音がすぐそこまで迫る。廃墟の構造を頭に叩き込み、信春は必死に逃走ルートを模索し始めた。一瞬のミスが命取り――あの子の未来を守るため、彼は全てを賭けて走り出す。
※
孤児院では、一人の女の子が勉強を終え、居間へと向かっていた。
彼女の名前は
「さてと、今から編み物でも……ん?」
綺羅羅が編み物を始めようとしたその時、居間にいた孤児たちがテレビを見つめ、驚きの声を上げていた。何かただならぬことが起きているようだ。
「どうしたの?」
「逃走ロワイアルで新たな動きが出てるんだ! 今、逃げてる最中!」
綺羅羅が尋ねると、一人の孤児が興奮した様子でテレビを指差した。気になった綺羅羅が画面に目をやると、そこには信春が必死の表情で走り続ける姿が映し出されていた。
(あ、あの時の……!)
綺羅羅は両手で口を押さえ、信春の姿に息をのんだ。自分を救ってくれた恩人が、まさかこんなゲームに参加しているなんて、想像もしていなかったのだ。