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第17話 ハンティングマンの襲撃

 第二ミッションの終了を告げる無機質なアナウンスが響き、逃走者はわずか11人に絞られた。ハンティングマンはたった一体。見つからずやり過ごせば生存の確率は飛躍的に上がる。だが、一瞬の油断が命取りになる――この極限のゲームでは、息つく暇すらない。


「ハンティングマンは残り一体か……奴をブッ倒せば、この地獄も早く終わるな!」

「そんな無茶しちゃダメだから! 逃走ロワイアルが台無しになるし、運営に大迷惑よ!」  


 サヤカの瞳が獰猛な光を帯び、ハンティングマンへの攻撃衝動を剥き出しにする。対する舞香は鋭いツッコミで牽制し、冷静さを求める。ヒカリと碧はそんな二人のやり取りに苦笑しつつ、サヤカの過激な提案に内心共感を隠せない。

 サヤカと舞香は同学年で、まるで長年の友のように気さくに言葉を交わす。異なる世界、異なる学校の出身ながら、その軽快な会話はまるでクラスメイトの日常そのものだ。  


「運営のあのバルタールさえいなけりゃ、ゲームは昔のままだったかもしれない。けどよ、奴の背後には真の黒幕が潜んでるんだ……」

「「「真の黒幕?」」」  


 サヤカの声が低く響き、真剣な表情で核心に迫る推測を口にする。ヒカリ、碧、舞香は一斉に首を傾げ、初めて耳にする「黒幕」という言葉にざわめく心を抑えきれない。  


「そう。一度だけそいつの顔を見たことがある。名前も聞いた――確か……」  


 サヤカが真相を告げようとした瞬間、モニターが不気味なノイズとともに切り替わり、バルタールの冷酷な顔が大写しに映し出された。突然の展開に、サヤカたちは息を呑み、観客席すら凍りつくほどの緊張が走る。  


『皆様、初めまして。ゲームマスターのバルタールと申します。さて、ここから先は第三ミッションへと突入だ!』

「バルタール……! 絶好のタイミングで邪魔しやがって……!」  


 サヤカの拳がギュッと握り締められ、怒りで全身がワナワナと震える。核心に迫る瞬間を叩き潰された悔しさで、彼女の目は燃えるような闘志に染まる。  


(この男がバルタール……!)

(画面越しでも漂うこの危険な気配……ゾッとするわ!)

(怪しげな雰囲気をまとってる。こんな奴がミッションを作ったなら、納得だ……)  


 ヒカリ、碧、舞香は心の中で呟き、バルタールの不気味な存在感に息を飲む。直感が警告を発する――このゲームマスターは、ただの運営ではない。むしろ危険が存在だと。


『第三ミッションはこうだ。ハンティングマンを追加放出する! 誰かさんたちがハンティングマンを破壊しまくったせいで、逃走ロワイアルは本来の目的から大きく逸脱しているからな!』

「ふざけやがって……! だったらテメェの頭をぶち壊してやる!」  


 バルタールの嘲るような笑みがモニター越しに突き刺さる。サヤカは怒りを爆発させ、管制室にいるバルタールへ突進する勢いで拳を振り上げる。


「うわっ! やりすぎ! 落ち着いてよ!」

「気持ちは分かるけど……ね?」

(この二人、サヤカのストッパー役にピッタリかも……)  


 舞香が慌ててサヤカを羽交い締めし、必死に抑え込む。碧は苦笑しながらサヤカの頭を優しく撫で、宥めるように寄り添う。ヒカリはそんな光景を眺め、二人がサヤカの「世話係」に最適だと心の中で確信する。  


『追加のハンティングマンは五体だ。さあ、逃げ切れるか、刮目せよ!』  


 バルタールの宣言が響いた瞬間、モニターが一閃、マップ画面に切り替わる。そこには新たに放出されたハンティングマン五体が、赤い点滅とともに次々と出現。合計六体――ゲームは一気にハードモードへと突入した。  


「やるしかねえ! ここから先は一瞬の隙も許さねえぞ!」

「言われなくてもそのつもり! バルタールの悪行、絶対に阻止する!」  


 サヤカの鋭い号令に、ヒカリがグッドサインで応える。碧と舞香も力強く頷き、四人はハンティングマンとの死闘を覚悟し、一斉に駆け出した。

 油断は死を意味する。このゲームを、バルタールの野望を終わらせる――四人の心は、鋼のような決意で一つに繋がっていた。  


 ※  


 最初のエリア。薄暗い路地を、汗と恐怖にまみれた男が必死に走っていた。スーツは乱れ、ネクタイはちぎれかけている。

 彼の名前は飛山隆とびやまたかし。33歳、平凡なサラリーマン。だが、彼を縛るのはブラック企業の地獄だ。逃走ロワイアルに参加した理由はただ一つ――ブラック企業を脱し、自分の未来を切り開くため。  


「急げ……! 見つかったら終わりだ……! 死ぬなんて、絶対に嫌だ……!」  


 隆は息を切らし、必死に足を動かす。ハンティングマンに見つかることは、死を意味する。人生の全てが無に帰す――その恐怖が彼を突き動かす。

 だが、背後から不気味な機械音が迫る。ガシャン、ガシャン――重々しい足音だ。隆が恐る恐る振り返ると、そこには冷酷なハンティングマンが、赤い眼光をギラつかせて迫っていた。  


「ひっ!」  


 悲鳴を上げ、隆は一目散に逃げる。ハンティングマンは機械的な無慈悲さでスピードを上げ、執拗に追い詰めてくる。  


「ここで隆が絶体絶命のピンチ! 捕まれば人生全てパー! ブラック企業を抜け出し、栄光の未来を掴めるのか!?」  


 実況のユキコの声が場内を煽り、観客席は熱狂の渦に。視聴者コメントは「ブラック企業をぶっ潰せ!」「隆、逃げ切れ!」と怒涛の応援で埋め尽くされる。なかにはブラック企業への怒りを爆発させたコメントも多く、通報祭りは避けられないだろう。


「何が何でも逃げる……! あんな企業はもう嫌だ……!」  


 隆はビルの隙間に滑り込み、近くのゴミ箱に身を隠す。息を殺し、声を潜める――やり過ごせれば助かる。だが、油断は禁物だ。

 ハンティングマンがビルの隙間前に立ち止まり、冷たく周囲をスキャンする。誰もいないことを確認し、立ち去ろうとしたその刹那――背後から疾風のような影が襲いかかった。

 サヤカだ。彼女の目は猛獣の如く鋭く、獲物を仕留める覚悟に満ちている。  


「くらえ! デストロイスマッシュ!」  


 雷鳴のようなドロップキックが炸裂。背後から強襲を受けたハンティングマンは前のめりに倒れ、全身から火花を散らす。次の瞬間、轟音とともに爆散した。


「ここでサヤカがハンティングマンを撃破! 反逆者の快進撃、誰にも止められない!」  


 ユキコの実況に合わせ、観客席から爆発的な歓声が沸き上がる。コメント欄は「お見事!」「全部ぶっ壊せ!」と、サヤカへの絶賛で溢れかえる。  


「ふう……残り五体だな」  


 サヤカは手を叩き、冷静に次の標的を見定める。そこへ、息を切らせたヒカリ、碧、舞香がようやく追いついてきた。しかも彼女たちは汗まみれの状態である。


「行動が速すぎるって!」

「ハンティングマン見つけた瞬間、ダッシュで突っ込むんだから!」

「少しは自重してよ……!」  


 三人はゼーハーゼーハーと肩で息をしながら、サヤカに文句をぶつける。猫の獣人であるサヤカのスピードは、常人では追いつけない領域だ。  


「悪いな! 残り五体だ、気を抜くんじゃねえぞ!」

「反省ゼロでしょ! ちょっと待ちなさい!」  


 サヤカは次のハンティングマンへ突き進み、ヒカリたちは慌ててその背を追いかける。

 その時、ゴミ箱から隆が恐る恐る顔を出し、ビルの隙間から外を覗く。そこにはサヤカたちの勇敢な姿が映っていた。彼女たちの後ろ姿は、まるで希望の光そのものだった。  


(俺も……あの人たちみたいに、強くなれるのだろうか……)  


 隆はサヤカたちの背中を見つめ、心の奥でそう呟く。そして、決意を胸に別のルートへ走り出したのだった。

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