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第18話 ミンリーの決意

 サヤカがハンティングマンを一撃で仕留めたその刹那、廃墟エリアの屋敷内に緊迫した空気が漂う。一人の男が、息を殺しながら薄暗い廊下を駆け抜けていた。

 彼の名は浅井敏和あさいとしかず、32歳、ホームレス。かつては会社員だったが、理不尽なリストラで全てを失い、河川敷での生活を余儀なくされた。それでも、この過酷なゲームに自ら志願したのは、人生を逆転する一縷の望みを掴むためだ。  


「ハンティングマンだと……? こんなところで死ねるかよ……! 俺の人生、ここで終わるわけにはいかないからな!」  


 敏和の声は震え、汗と埃にまみれた顔に決死の覚悟が浮かぶ。屋敷の崩れた壁の隙間から差し込むスポットライトが、彼の蒼白な顔を照らし出す。ここで死ねば全てが終わる。生き延びるためには、ただひたすらに逃げ切るしかない。

 脱出ゲートが唯一の希望だが、情報によれば、その手前にはハンティングマンが待ち構えている。迂闊に突っ込めば、冷酷な刃が彼の命を奪うだろう。  


「ゲート前に奴がいなけりゃ……!」  


 敏和が息を切らしつつ推測を巡らせたその瞬間、視界の先に青く輝く脱出ゲートが現れた。予想外の近さに心臓が跳ねる。これは千載一遇のチャンスだ。ゲートをくぐれば、そこで稼いだ賞金が手に入り、ゲームからの解放が待っている。  


「今だ!」  


 敏和は全身の力を振り絞り、ゲートへと突進する。だが、運命は無情だった。暗闇の奥から、金属の軋む不気味な音とともにハンティングマンが姿を現す。その赤く光る眼光が敏和を捉え、即座に追跡を開始した。  


「くそっ、なんでだよ!」  


 敏和は全力でダッシュするが、ハンティングマンの速度は人間のそれを遥かに超える。背後から迫る重い足音が、まるで死神の鼓動のように彼の心臓を締め付ける。  


「さあ、緊迫の瞬間! 浅井敏和、脱出ゲートまであと一息! ハンティングマンの猛追を振り切れるか!?」  


 実況のユキコの甲高い声がステージ全体に響き渡る。観客席は息を呑む者、敏和を応援する者、ハンティングマンの冷酷な勝利を期待する者で騒然となる。視聴者のコメント欄も「走れ、敏和!」「人生変えろ!」と熱狂的な声で溢れかえる。  

 敏和の肺は焼けるように痛み、視界は汗で滲む。それでも、ゲートの青い光が希望の灯火として彼を突き動かす。  


(もう少し……あと少し……!)


 心の中で叫びながら、彼は足を動かし続ける。だが、ハンティングマンの足音は無情にも近づき、金属の擦れる音が背後で不気味に響く。その冷たい殺意が、敏和の背中に迫る。  


「くそっ、なんで俺がこんな目に……!」  


 振り返る余裕すらない。次の瞬間、鋭い衝撃が敏和の背中を貫いた。ハンティングマンの左手が、刀のように変形した刃となり、彼の肉を切り裂く。鮮血が夜空に舞い、敏和の体は力なく地面に叩きつけられる。彼の目は、虚ろにゲートの光を見つめたまま、動かなくなった。  


「アウトー! 浅井敏和、惜しくもハンティングマンに捕獲! ここで無念のリタイア!」


 ユキコの無情な実況に、観客席からは悲鳴と嘆きが沸き上がる。一部からは、ハンティングマンの冷酷さを称える野蛮な歓声も響く。コメント欄も「やっぱりか……」「厳しすぎる……」と悲痛な声で埋め尽くされていた。  


「残る参加者はわずか10人! おっと、ファーストエリアで新たな動きが!」  


 モニターが切り替わり、観客の視線が一斉に注がれる。そこには、一人の女性が脱出ゲートに迫る姿があった。

 彼女の名はミンリー、ギャル風の20歳。普段はバイトで生計を立てる平凡な生活だが、抜け出したい一心でこのゲームに挑んだ。だが、ハンティングマンの多さに冷や汗が止まらない。  


(マジで最悪……こんなにハンティングマンいるなんて聞いてないっしょ……!)  


 ミンリーは額の汗を拭い、鋭い目で周囲を見渡す。今のところハンティングマンの気配はないが、油断は禁物だ。彼女は唇を噛み、決意を固める。  


「よし、こうなったら一気にゲート突っ込むしかない!」 


 賞金は十分稼いだ。あとはゲートをくぐり抜けるだけだ。ミンリーは一気に駆け出し、青い光を目指す。だが、右の廃墟の影からハンティングマンが飛び出し、彼女を追う。その無機質な眼光と金属の足音が、ミンリーの背筋を凍らせる。  


「今度はギャルのミンリーが決死の逃走! 捕まれば即終了! どうなる!?」


 ユキコの実況に、観客席は一気に沸き立つ。彼女に対して声援が飛び交い、コメント欄も「ギャル魂見せろ!」「逃げ切れ!」と応援で埋め尽くされる。  

 ミンリーの心臓は爆発しそうに鳴り、足は限界を超えて動く。ゲートの光がすぐそこだ。だが、ハンティングマンの足音が右から迫り、金属の刃が空を切る音が耳に突き刺さる。  


「マジやばい! 絶対捕まんねえから!」


 ミンリーは叫び、全身の力を振り絞ってダッシュする。ここまで来た以上、捕まる理由には行かないと判断しているのだ。それを見たユキコが興奮状態となり、実況がさらにヒートアップする。  


「ミンリー、脱出ゲートまであと数メートル! ハンティングマンの刃がすぐそこ! 手に汗握る展開だ!」  

「ミンリー、行け!」

「捕まるな!」


 観客の叫び声とコメント欄の熱狂が、会場を揺らす。ミンリーは最後の力を振り絞り、ゲートに飛び込む。瞬間、青い光が彼女を包み、けたたましい電子音が成功を告げる。  


「ゴーーール! ミンリー、見事脱出成功! 獲得賞金52万円! 鮮やかな逃げ切り!」


 ユキコの声が弾け、観客席は歓声と拍手に沸く。コメント欄も「やったぜ!」「ミンリー最高!」と称賛で溢れる。ミンリーはゲートの向こうで膝をつき、荒い息をつきながら笑顔を見せる。  


「マジでやった……! 52万! バイト辞められるじゃん!」  


 ミンリーが拳を上げながら、観客たちの声援に応える。自分を応援してくれた以上、お返ししないといけないと感じていたのだろう。しかし喜びも束の間、ユキコの声が再び響く。  


「おっと、重要なお知らせ! ルールにより、脱出者が出た場合、ハンティングマンが新たに一体投入! ゲームはさらに過酷に!」  

「え、マジ!? 私が脱出したからって……やばくね!?」  


 衝撃な展開にミンリーの笑顔が凍りつく。まさか自分が脱出した事で、こんな事になるとは思わなかったのだ。

 遠くの廃墟から、新たなハンティングマンのシルエットが浮かび上がる。その不気味な姿に、彼女は恐怖心のあまり唇を噛んでしまう。


「私が……やらかした?」  


 ミンリーが冷や汗を流したその瞬間、廃墟エリアの別の地点で爆音が轟く。モニターが切り替わり、観客の視線が一斉にそちらへ向けられていた。

 そこには、碧のマシンガンが火を噴き、舞香の大鎌がハンティングマンを切り裂く姿が映し出されていた。  


「うおお! 碧のマシンガンがハンティングマンを蜂の巣に! 舞香の大鎌がもう一体を真っ二つ! 圧倒的なコンビネーションで、ハンティングマンは四体に減って行った!」  


 ユキコの実況が興奮に震え、観客席は割れんばかりの歓声に包まれる。コメント欄も「この二人無敵!」「ハンティングマンなんて雑魚!」と大盛り上がり。  

 そこにサヤカとヒカリが駆けつけ、二人の活躍を称える。  


「やるじゃないか! けど、ここからが本番。残り四体、全部ぶっ潰すぞ!」

「「了解!」」  


 サヤカの号令に、碧と舞香は不敵な笑みを浮かべ、ヒカリが静かに頷く。彼女たちは完全なるチームとして、圧倒的な結束を見せる。  

 モニター越しにその光景を見たミンリーの目が輝く。碧と舞香の戦いぶりに、彼女の中で何かが燃え上がっていた。


(このゲーム……絶対なんかおかしい。ハンティングマンが増えるルール、賞金の仕組み……裏があるに決まってる!)  


 ミンリーは真剣な表情で推測しながら立ち上がり、安全エリアから出口へ踏み出す。彼女の目は、ただのギャルとは思えない鋭い決意に満ちていた。  


「よし、決めた! 賞金だけじゃ終わらせない。このゲームの真相、絶対暴いてやるっしょ!」  


 ミンリーは新たな決意を固めながら、黒幕を探しに会場外へ向かう。その背後ではユキコの実況がさらに過熱し、観客の熱狂は収まる気配がない。  


「さあ、ミンリーの次なる行動は!? 残る9人の参加者はどう動く!? ハンティングマンの脅威が迫る中、ゲームはまだ終わらない!」  


 それぞれのエリアに重い空気が漂い、新たなハンティングマンの足音が響き始める。

 サヤカ、ヒカリ、碧、舞香、そしてミンリー――それぞれの決意が火花を散らし、ゲームの裏に潜む真相へと迫る戦いが、今、静かに幕を開けようとしていた。

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