サヤカたちの猛攻により、ハンティングマンの数はわずか二体にまで減っていた。残る敵を倒せば、血と絶望にまみれた逃走ロワイアルは終焉を迎える。しかし、管制室からステージへ向かうバルタールの存在が、戦場にさらなる嵐を呼び込む予感を漂わせていた。
「残りの二体はファーストエリアにいる! 奴らを倒せばこの戦いは終わりだ!」
「そうね。けど、すべてのハンティングマンを倒したらどうなるのかな?」
サヤカの鋭い指示に、ヒカリたちが力強く頷く。しかし、ヒカリの口から漏れた疑問は、皆の胸に重く響いた。碧と舞香も眉を寄せ、コクコクと頷きながら不安を共有する。
確かに残りのハンティングマンを倒せば、逃走ロワイアルは終わる。だが、逃げ切った者の願いはどうなるのか? 血と汗で稼いだ賞金はどうなるのか? その不透明さに、誰もが心の奥でざわめきを感じていた。
「その事ですが、ハンティングマンを倒した時点で逃走終了となります。その時に生き残った者たちには、願いを叶えますので!」
ユキコの張り詰めた実況が響き、観客席から安堵と納得の声が沸き上がる。これで、死の連鎖を二度と見なくて済む。視聴者のコメント欄も「良かった……」「もう終わりにして欲しい」と、切実な声で埋め尽くされていた。
「そうか……なら、ハンティングマンを全て倒せば終わりという事だな」
「解決方法が分かった以上、早速倒さないと!」
サヤカはユキコの説明に頷き、決意を固めた表情で前を見据える。舞香はすでに走り出し、炎のような勢いでハンティングマンへ向かっていた。サヤカたちも遅れじと続き、戦場に駆け出す。
一刻も早くこの地獄を終わらせたい。二度と殺し合いの悲劇を繰り返したくない。サヤカたちの心は、希望と焦燥で燃え上がっていた。だが、その瞬間――
「悪いがゲームは終わらせない!」
「「「!?」」」
轟音と共に、天井が爆裂。破片が降り注ぐ中、バルタールが雷鳴のような咆哮を上げて姿を現した。
ゲームマスターの登場に、戦場は凍りつく。観客席は一瞬静まり返り、すぐにざわめきが爆発。視聴者のコメント欄も「まさかのゲームマスター!?」「ありえないぞ!」と、驚愕の声で溢れかえった。
「やっと来たか……アンタが来るんじゃないかと思って、散々好き勝手した甲斐があったぜ」
「黙れ。お前らを野放しにしていたのは大誤算だった。これ以上は好き勝手にさせないからな!」
バルタールの両手が闇に染まり、禍々しい波動弾が膨れ上がる。次の瞬間、彼はそれを野球の剛速球のごとく投げ放った。空気を切り裂く轟音と共に、波動弾がサヤカたちを襲う。直撃すれば、骨すら残らない威力だ。
「躱せ!」
サヤカの叫びに、仲間たちは瞬時に反応。ヒカリは地面を滑り、舞香は跳躍、碧は横に飛び込み、間一髪で波動弾を回避。着弾した地面は爆発し、黒い焦痕と共にクレーターが刻まれる。碧と舞香は、その破壊力に冷や汗を流しながらバルタールを睨んだ。
「要するに……バルタールは手強いという事ね」
「その通りだ。私もアイツの不意打ちにやられてしまったが……今回はそうはいかないからな!」
ヒカリの言葉に、サヤカは鋭く頷く。彼女の脳裏には、かつての記憶が蘇る。
バルタールのスカウトを拒絶したあの時、彼の不意打ちハンマー攻撃で気絶させられ、囚われの身となった屈辱。サヤカは拳を握り、真剣な眼差しでバルタールを指差す。
「スカウトを断る君が悪いのだよ。それに……この逃走ロワイアルが失敗したら、私はクビになるのでね!」
「おわっ!」
バルタールの手から次々と波動弾が放たれ、嵐のようにサヤカたちを襲う。彼女たちは接近戦を試みるが、波動弾の猛攻は隙を見せず、攻撃の糸口すらつかめない。空気が震え、地面が砕ける中、戦場は絶望の色に染まる。
「接近が駄目なら……それっ!」
碧が叫び、エプロンのポケットから爆弾を取り出す。彼女は全身の力を込め、それをバルタールへ投擲。爆弾は波動弾の嵐を切り裂き、バルタールの顔面に直撃した。
「がはっ!」
爆発が轟き、衝撃波がステージを揺らす。煙が立ち込める中、バルタールの波動弾が一瞬止まる。サヤカたちは息を呑み、警戒態勢を崩さない。
「倒したの?」
「いや、まだだ!」
碧の問いに、サヤカが鋭く否定。煙の中からバルタールが姿を現す。黒焦げの身体は傷だらけだが、その眼光はなお鋭く、戦意は衰えていない。爆発ごときでは、この怪物は倒れない。
「バルタールはまだ生きている! これは長期戦が予測されるぞ! この戦いと同時に、ハンティングマンが二人の逃走者を追いかけている!」
「何!?」
ユキコの緊迫した実況に、サヤカたちはモニターへ視線を移す。そこには、モヒカン
「私たちが戦っている間、こんな事が起きているなんて……」
「先手を取られてしまったわね……」
「集中していた私たちが愚かでした……」
ヒカリ、碧、舞香が悔しさに唇を噛む中、モニターでは後藤がハンティングマンにタッチされる。高圧電流が彼の身体を焼き、前のめりに倒れた後藤は動かなくなった。即死だった。
「なんて事だ! 後藤は即死してしまった! これで残りは7人! ハンティングマンが居る限りは地獄は終わりを告げられない!」
ユキコの実況が戦場に響き、観客席は騒然となる。視聴者のコメント欄も「そんなバカな!」「この地獄は続くのか……」と、恐怖と絶望の声で埋め尽くされる。サヤカはモニターに映る後藤の遺体を見つめ、怒りで身体を震わせた。
「バルタール……お前……!」
「ふん! 誰が何を言おうとも、我々の考えは変わらないのだよ。絶望となるエンターテイメントを届け、恐怖と興奮を人々に与える! その為なら逃走者が死んでも構わないからな!」
バルタールの冷酷な言葉に、サヤカの瞳が怒りに燃える。だが、その瞬間、碧が冷静な表情をしながら動き出した。彼女はスナイパーライフルを構え、銃口から魔法弾をバルタールへ放つ。弾丸は彼の心臓を正確に捉え、小さな爆発を巻き起こした。
「うぐ……油断した……」
バルタールは心臓を押さえ、冷や汗を流しながら膝をつく。碧の不意打ちに、彼は完全に虚を突かれたのだ。だが、碧の行動はそこで終わらない。彼女は涙を浮かべ、怒りに震える手でピストルをバルタールの額に突きつけた。
「死んでも良いですって? ふざけじゃないわよ! アンタのせいで、どれだけの人が亡くなったと思っているのよ! 多くの命を弄ぶなんて……絶対に許さないんだから!」
碧の叫びが戦場を切り裂き、彼女は容赦なく引き金を引いた。地下室全体に銃声が響き、弾丸がバルタールの額を貫通。鮮血が飛び散り、彼は前のめりに倒れて動かなくなってしまった。
戦場は静寂に包まれる。誰もが息を呑み、碧の手にしたピストルを見つめる。観客席は凍りつき、視聴者のコメント欄も一瞬沈黙した。だが、次の瞬間――
「な、なんと……碧がバルタールを撃破! 彼女がゲームマスターを始末した事で、ハンティングマンは動かなくなってしまった! よって、逃走ロワイアルは終了! 生き残ったのはサヤカ、ヒカリ、碧、舞香、エリカ、隼人、隆の7人だ!」
ユキコの宣言と共に、観客席から地響きのような歓声が沸き上がる。視聴者のコメント欄も「良くやった!」「保育士万歳!」と、称賛の嵐で埋め尽くされた。
碧はピストルを落とし、膝をついて泣き崩れる。ヒックヒックと嗚咽する彼女の背中を、サヤカたちが優しく抱きしめる。
こうして逃走ロワイアルは終わった。だが、彼女たちの心に刻まれた傷は、そう簡単に癒えるものではなかった。