薄暗い地下室の空気は重く、湿ったコンクリートの匂いが鼻をつく。サヤカ、ヒカリ、碧、舞香の四人は、冷たいベンチに腰を下ろし、疲れ果てた身体を休めていた。碧の嗚咽がヒックヒックと静かな空間に響き、ヒカリはその背中を優しくさすりながら慰めている。彼女の手は震え、碧の悲しみを少しでも和らげようと懸命だった。
「今回の逃走ロワイアル、私たちが生き残ったみたいだね……」
「ああ……だが、この戦いで12人の逃走者たちが命を落としてしまった……いくら何でも酷すぎるな……」
舞香の声は低く、寂しさが滲む。隣に座るサヤカに視線を向けると、彼女の顔には深い怒りが刻まれていた。サヤカの握り拳は震え、逃走ロワイアルへの憎しみが静かな炎となって燃えている。
かつて娯楽として人気を博したこの番組は、今や生死を賭けた残酷なデスゲームへと変貌していた。観客たちの悲鳴と恐怖の叫びが、血に飢えたゲームの熱狂を煽り立てる。地下室の壁に反響する遠い歓声が、四人の耳に届いて胸を締め付けた。
「碧……辛い気持ちは分かるから。よしよし」
「ヒック……ヒック……」
ヒカリは碧の肩を抱き、寂しげな笑みを浮かべるが、その目は涙で濡れている。碧の泣き声は止まる気配がなく、どれだけ慰めても涙は溢れ続ける。彼女の小さな身体は震え、失われた命の重さに耐えきれずにいるようだった。
その時、地下室の薄暗い通路から足音が響き、四人の視線が一斉にそちらへ向く。現れたのは、脱出に成功したミンリーだった。彼女の目は鋭く、何かを決意したような表情でサヤカたちを見つめている。
「ミンリー、何しに来たんだ?」
「ちょっとアンタたちと話をしたいと思ったの。管制室に行った時、逃走ロワイアルの証拠などを見つけたから」
「証拠? まさか奴らの目的が分かったのか!?」
ミンリーの言葉に、サヤカの声が鋭く跳ね上がる。ヒカリと舞香も息を呑み、碧さえも涙を止め、ゴシゴシと両手で顔を拭いながらミンリーを見つめた。彼女たちの心臓は高鳴り、地下室の空気が一瞬にして張り詰める。
「この事は私の家で話すっしょ。誰かに聞かれたらマズいし」
「そうだな……じゃあ、移動するか」
サヤカがベンチから立ち上がり、皆が頷きながら後に続く。地上へ通じるエレベーターへ向かおうとしたその刹那――鋭い気配が四人を立ち止まらせた。通路の先に、ひとつの人影が浮かび上がる。
小笠原エリカ。逃走ロワイアルの参加者であり、冷酷な微笑を湛えた女だ。
「お前はエリカ! 何しに来た!?」
「貴方方の活躍はモニターで見ていましたが、ゲームマスターを殺した事で興醒めにしてくれましたね。私としては随分不愉快ですわ」
エリカの声は甘く、しかしその笑顔の裏には燃えるような怒りが潜んでいる。彼女の目はサヤカたちを射抜き、まるで獲物を値踏みする獣のようだ。
上流階級の生まれでありながら、退屈な人生に飽きていたエリカ。逃走ロワイアルの存在を知った時、彼女は迷わず参加を決意した。殺し合いを楽しみ、自分だけが生き残る完璧なストーリーを夢見て――だが、サヤカたちの行動がその夢を粉々に打ち砕いたのだ。
「そういうお前こそ、小学生のガキどもを巻き込んで、マーダークラウンを殺しただろ。人の命をなんだと思っているんだ」
サヤカが一歩踏み出し、エリカを真っ直ぐに睨みつける。彼女の声は低く、怒りで震えているのが丸分かりだ。
子役を含んだ小学生三人を巻き込み、ダーククラウンを殺したエリカの非道を、サヤカは決して許せなかった。エリカはそんなサヤカを平然と見つめ、薄い笑みを浮かべる。
「私としては特に問題ないですわ。弱い者は死んで、強い者が生き残る。これが逃走ロワイアルの真の姿。前の奴はバカらしくてくだらないですわ」
「こいつ!」
エリカの冷酷な言葉に、サヤカの怒りが爆発する。拳を握り、今にも殴りかかろうとした瞬間、碧が素早くサヤカの前に立ちはだかった。彼女の目は涙に濡れ、しかしその奥には燃えるような決意が宿っている。
「アンタ……いい加減にしなさいよ! あの行為でどれだけのファンと家族が悲しんでいるのか、分からないの!?」
碧の声は震え、怒りと悲しみが交錯する。保育士である彼女にとって、子供たちの命は特別なものだ。無慈悲に奪われた命を前に、彼女の心は既に引き裂かれていた。
エリカを睨む碧の瞳には、止めようのない怒りが燃えている。それにヒカリ、舞香も同意しながら、エリカをギロリと睨みつけていた。
「分かりませんわね。あとこれだけは言っておきますわ。三ヶ月後、逃走ロワイアルの新たな大会が行われようとしています」
「また新たな大会が行われるのか……で、どんな内容だ?」
エリカは首を傾げ、軽やかな仕草で答えた後、すぐにサヤカたちを真っ直ぐ見据える。その言葉に、サヤカ、ヒカリ、碧、舞香、ミンリーの全員が息を呑む。地下室の空気がさらに重くなり、緊張がピリピリと走る。
「それは今のレベルを超えたゲームとなっていて、多くの危険が用意されています。そしてゲームマスターについてですが、このゲームを企画したグレゴリウスとなります」
「となると、黒幕はグレゴリウスか……奴を倒せば逃走ロワイアルは終わりを告げられるが、お前との戦いは決着をつけなければならないな」
サヤカが腕を鳴らし、エリカを睨みつける。彼女の目は鋭く、闘志が燃え上がっている。
二人の間にはバチバチと火花が散り、地下室全体が一触即発の空気に包まれる。いつ戦いが始まってもおかしくない緊迫感が漂っていた。
「その通りですわね。では、三ヶ月後に会いましょう。御機嫌よう」
エリカは優雅に背を向け、靴の音を響かせながら去っていく。彼女の背中が闇に溶けるまで、サヤカたちは動けずにいた。残されたのは、静寂と燃えるような決意だけだ。
「こうなると……その日に向けて強くなる必要があるな。だが、今は証拠となる物を確認しないといけない」
「それについては全てUSBメモリに入れてあるから。じゃあ、早速向かうっしょ!」
サヤカの言葉に、皆が力強く頷く。ミンリーの合図と共に、彼女たちはミンリーの自宅へ向かおうとした――その瞬間。
「待て」
「「「?」」」
鋭い声が地下室に響き、サヤカたちの動きが止まる。声のした方を振り返ると、そこには隼人と隆の二人が立っていた。彼らの目は真剣で、まるで今までの会話を全て聞いていたかのようだ。
「お前らは隼人と隆か。何しに来た?」
「俺もこの件については協力する。ゲームの最中にこの大会の陰謀を探っていたが、ある程度の陰謀が分かった。知っている事については全て話す」
隼人の声は低く、決意に満ちている。彼もまた、逃走ロワイアルの闇を暴くために動いていたのだ。サヤカの視線が彼を射抜くが、隼人は動じず真っ直ぐに答える。
「僕も手伝います。この大会で多くの人が亡くなっているのを見て、黙っては居られなくなりました。戦う事は難しいですが、ハッキングに関しては得意です!」
隆の声は熱を帯び、若々しい情熱が溢れている。戦闘は苦手でも、ハッキングの技術で後方支援を担う覚悟だ。サヤカは二人を一瞥し、わずかに頷く。
「分かった。それなら宜しく頼む」
「任せてくれ。だが、今は時間が惜しい。係の人にそれぞれの願いを伝えてから、ここを去るとしよう」
隼人の提案に、サヤカたちも同意する。係員に願いを伝えるため、それぞれ動き始めるが、ミンリーだけはすでに脱出済みで、受け取るのは賞金のみだ。
(こんな事なら、私も最後まで逃げ切れば良かったかな……それはそれで仕方がないけど、生きている事に感謝しないとね)
ミンリーは心の中で苦笑しつつ、生き延びたことへの安堵を噛みしめる。自分の選択に迷いはあるが、命の重さを改めて実感していた。
※
その後、ヒカリたちは係員に願いを伝えた。サヤカは自由、ヒカリ、碧、舞香、隼人は高額賞金、隆は自身の会社の徹底調査。エリカは特典を求めず去ったが、彼女の望みはただ一つ――逃走ロワイアルでの完全勝利。それだけだった。