サヤカたちは会場となっていたビルを後にし、ミンリーの住むアパートへと移動した。ミンリーの部屋は狭いが、一人暮らしにはちょうど良い、機能的で居心地の良い空間だった。
「さて、私の部屋に着いたし、まずは管制室から奪ったデータをチェックしないとね!」
ミンリーは軽快な口調でそう言うと、慣れた手つきでパソコンを起動し、USBを差し込んだ。画面にパスワード入力画面が現れる。どうやら、これを解除しない限り先に進めないようだ。
「ここは……よし、こう入力っと!」
ミンリーの指がキーボードを叩く。瞬く間にパスワードを解除すると、画面が切り替わり、膨大なデータファイルがずらりと表示された。
「こんなにファイルがあるなんて……」
「どれから調べればいいのか、さっぱりね……」
ヒカリと碧は画面を覗き込み、真剣な表情で考え込む。一方、舞香はあまりの情報量に圧倒され、ぽかんと口を開けるしかなかった。
「無理もないさ。俺のいた軍でも、こんな情報量はザラだったからな」
「僕の会社も同じですよ。セキュリティもガチガチに強化されてますしね」
「そうか……でも、私にはちょっと追いつけないな……」
隼人と隆の言葉に、サヤカは納得したように頷く。二人は何度も膨大なデータを確認しているので、このくらいは慣れている。しかし、サヤカは膨大なデータの前に理解が追いつかず、思わず頬をポリポリと掻いていた。
そんなサヤカを見て、ミンリーは苦笑しながら画面上のファイルを素早く検索。やがて、ひとつのファイルに目をつけ、クリックする。
「これから開くのは、逃走ロワイアルがデスゲームに変わった経緯についての記録っしょ。これを見れば、何かヒントが掴めるはず!」
「なるほど。じゃあ、さっそく確認しよう」
ミンリーの説明に隼人が頷き、皆で画面に視線を移す。しかし、そこに表示された文字は見たこともないものばかりで、まるで暗号のようだ。
「こんな文字、さっぱり分からない……」
「韓国語や英語なら翻訳できるけど、これは……」
「さすがに無理っぽいね……」
碧、舞香、ミンリーが困惑するのも無理はない。隼人も隆も、解読に苦戦している様子だ。だが、サヤカとヒカリは落ち着いた様子で画面を見つめ、文字を読み始めた。
「『私がこのゲームを知ったのは、異世界から来た三人がきっかけだった。』って書いてあるな」
「え、サヤカ、読めるの!?」
サヤカがスラスラと読み上げる姿に、舞香が目を丸くして尋ねる。サヤカが異世界出身なのは知っていたが、こんな文字を簡単に読めるとは予想外だった。
「ああ、これはハルヴァスの文字だ。私には簡単に読めるが」
「私も読めるわ。以前、零夜君に教えてもらったからね」
「えっ!? 零夜って、あの八犬士の!?」
ヒカリの言葉に、舞香とミンリーが思わず声を上げる。彼女が八犬士の戦士と知り合いだなんて、驚き以外の何ものでもない。
「ええ、彼とは友達よ……まあ、好きな人でもあるんだけどね。ただ、倫子とエヴァっていうライバルがいるから……」
ヒカリは目を閉じ、嬉しそうに語るが、途中で頬を膨らませ、不機嫌な表情に変わる。零夜を巡る恋のライバル――プロレスラーの藍原倫子とウルフヒューマンのエヴァとの戦いは、かなり熾烈なようだ。迂闊に近づけば、命の危険すらありそうだった。
「そ、そうですか……そんなことになってるなんて、知らなかった……」
「うん、ちょっと……聞かなかったことにしたいかも……」
碧と舞香は苦笑いを浮かべ、零夜の恋愛事情に呆然とする。モテるのは羨ましいが、こんな恋愛戦争に巻き込まれたら、ただでは済まなそうだ。
「と、ともかく! 解読の続きを!」
「そうね。えっと、『その三人は東零夜、藍原倫子、有原日和。彼女たちは八犬士としてこの世界に降臨し、仲間と共に二つの世界を救うため、悪鬼たちに立ち向かった。』って」
「それが八犬士の伝説の始まりか。彼らがいなけりゃ、今の俺たちもいなかっただろうな」
ヒカリの読み上げを聞き、隼人は零夜たちの功績に感謝しながら頷く。
八犬士は、零夜、倫子、日和、エヴァ、エルフのトワ、レッドドラゴンのマツリ、ドワーフのエイリーン、そして、サヤカと同じキャットヒューマンのアイリンで構成されている。さらに、ミノタウロスのベル、フェンリルのヤツフサ、メイドロボのカルアとメイルがサポーターとして名を連ねる。女性が多いチームだが、結束力と諦めの悪さは他の追随を許さない。
「彼らには感謝しかないわ。じゃ、続きね。『私はかつて、多くの人々や貧民を集めて、見世物としての死のゲームを開催していた。その時は絶頂期だったが、八犬士が現れたことで危機感を覚えた。そこで、部下のバルタールと奴隷のサヤカを連れてこの世界から逃げ出した。』……サヤカ、この時から奴隷だったのね……」
ヒカリは真剣な表情でサヤカに視線を向ける。サヤカもまた、静かに頷き、過去を振り返るような目で応えた。
「そうだ。私はかつて孤高の武術家だった。ある日、バルタールにスカウトされたけど、それを断ったら、特殊な魔術で不意打ちされて気絶させられた。次に目覚めた時には……」
「囚われの身で、契約もない奴隷になってたのね……」
ヒカリたちはサヤカの過去に耳を傾け、真剣な表情で頷く。もしサヤカが奴隷として逃走ロワイアルに参加していなかったら、ヒカリたちが今ここにいることはなかったかもしれない。
「その通り。バルタールとグレゴリウスの馬鹿と一緒に地球に流れ着いた。そこでも自由はなく、退屈な日々を過ごすだけだった。そんな時、マルテレビで人気だった逃走ロワイアルが打ち切りになったニュースを見た。するとグレゴリウスが動き出し、ゲームを復活させた。それが今のデスゲームの始まりさ……」
サヤカの話を聞き、ヒカリたちは重い沈黙に包まれる。
グレゴリウスという悪人が作り上げたデスゲーム、逃走ロワイアル。彼がいる限り、このゲームは終わることなく、犠牲者は増え続ける。グレゴリウスを倒さなければ、この戦いに終止符を打つことはできないのだ。
「そうだったのですか……なら、奴の居場所を突き止められれば、捕まえることも可能です。そこは僕に任せてください」
「分かった。隆、頼んだぞ!」
隆の決意に、サヤカはグッドサインで応え、彼に全てを託す。ハッキングのプロである隆なら、敵の居場所を特定するのは難しくないはずだ。
「それと、三ヶ月後に大会が控えてるけど、エリカは間違いなく他の参加者を倒しに来るわね。」
「油断は禁物だし、もっと強くならないとね。」
「これ以上、奴らの好きにはさせない! 一致団結して戦いましょう!」
ヒカリ、碧、舞香の力強い言葉に、ミンリーたちも力強く頷く。三ヶ月後の大会は、これまで以上に過酷で、死者も多く出るだろう。その間に強くなるだけでなく、グレゴリウスの居場所や敵の戦力を特定する必要がある。
「よし、これで会議は終了だ! 三ヶ月間、各自頑張ろうぜ!」
サヤカの合図で会議は終了し、皆はそれぞれの家路につく。なお、サヤカはヒカリの家に居候することになり、二人の共同生活が始まるのだった。