誰もが驚きを隠せなかった。サヤカとアイリンが因縁のライバルだったなんて、この場にいる誰一人として予想していなかったのだ。特訓の初日からこんな劇的な展開になるとは、まさに想定外と言えるだろう。
「ねえ、サヤカ。アイリンとは修行時代からのライバルって聞いたけど、いつからそんな関係になったの?」
「ああ。あれは道場時代の頃だったな……」
ヒカリの質問に、サヤカは遠い目をしながら過去を振り返り始めた。そばにいた碧たちも、真剣な表情で耳を傾ける。
※
当時、サヤカとアイリンは道場の頂点を争う好敵手だった。二人とも他の門下生を圧倒する実力を持ち、まさに天才と呼ぶにふさわしい存在だった。
その日は、修行の集大成として「最強決定トーナメント」が開催されていた。首席での卒業を決める重要な戦いだ。当然、決勝戦ではサヤカとアイリンが対峙し、火花を散らしながら闘志を燃やしていた。
「今日こそ決着をつけようぜ。勝つのは私だけどな!」
「その言葉、そっくり返してやるわよ!」
太鼓の合図とともに二人は飛び出し、激しい戦いを繰り広げた。パンチ、蹴り、投げ技の応酬が続き、互角の展開が続く。どちらが優勢とも言い難く、判定に持ち込まれても判断が難しいほどの接戦だった。
「そこだ!」
「なんの!」
均衡が崩れないまま、勝負は判定へともつれ込む。引き分けでは決着がつかない。白黒をつけるため、審判の判断が待たれた。
「判定用意!」
主審の合図で副審たちが旗を上げる。赤が2、白が1。勝負はアイリンに軍配が上がった。
「勝者、アイリン! よって首席として卒業!」
「ありがとうございます!」
アイリンは主審に一礼し、仲間たちの歓声に応えた。一方、サヤカは衝撃を隠せず、呆然と立ち尽くしていた。
「そんな……私が負けるなんて……」
ショックを受けたサヤカは、力なくそう呟くと、トボトボとその場を去った。僅差での敗北が、彼女の心に深い傷を残したのだ。
※
「まさかそんな展開があったなんて……それ以来、因縁ができたってわけね……」
サヤカの話を聞き終えたヒカリは、納得したように頷いた。碧たちも同様に頷き、二人の因縁に誰もが理解を示していた。
「そうだ。リベンジマッチをしたいのは山々だが、まずは逃走ロワイアルの黒幕、グレゴリウスを倒すのが先だ。奴を倒さないと、犠牲者が増えるからな」
サヤカは真剣な表情でそう告げ、グレゴリウスを優先することを決意した。アイリンとの決着は、自身の役目を果たしてからでいいと判断したのだ。
「アンタならそう言うと思ったわ。私も因縁の敵を倒さなきゃいけないしね。せっかくだから、手合わせしてみない? 新しい格闘技、プロレスで!」
アイリンはサヤカの言葉に頷くと、設置されたリングを指差して提案した。彼女は零夜たちとプロレスを学び、数々の戦いを乗り越えてきた。ブレイブエイトだけでなく、りんちゃむ、ヒカリ、椿もプロレス技を護身用に習得している。
「プロレスか……私も習ったことがあるけどな」
「えっ? 習ってるの?」
サヤカの意外な言葉に、アイリンだけでなく碧たちも驚きの声を上げた。彼女がプロレスを学んでいるとは、誰も想像していなかったのだ。
「まあ、見せてやるよ」
サヤカは素早くコーナーポストに駆け上がり、ヒカリたちはリングの外に移動した。すると、サヤカは彼女たちを狙い、空中で横に回転しながら飛びかかった。
「きゃっ!」
「いたっ!」
ヒカリたちはサヤカの攻撃を受けて次々と倒れ込む。それを見たアイリンは納得の表情で、すぐに彼女に駆け寄った。
「今の技、トルニージョね」
「トルニージョ?」
「何それ?」
アイリンの言葉に舞香が反応し、技の名前に首を傾げた。碧も知らない技だったようで、同じく不思議そうにしている。
「プランチャ・スイシーダって技、知ってるでしょ? リング上から場外の相手に向かって、トップロープを越えて腹部から突っ込む技。トルニージョはその応用で、空中で横に回転しながら突っ込むのよ」
「そういうことだ。ちなみに、ミサイルキック、鎌固め、ムーンサルトプレスも得意だからな」
アイリンとサヤカの説明を聞き、碧と舞香は納得したように真剣に頷いた。プロレスの技の奥深さに触れ、貴重な学びを得た気分だった。
「なら、私たちもプロレス技を習得しないと! この三ヶ月で強くなるには必須よね!」
「ええ、でも基礎練も欠かせませんね。何をすればいいのか気になりますし……」
碧はプロレス技習得に燃える決意を示し、舞香も同意するが、基礎の重要性を指摘する。何をすべきか分からず悩むのも無理はない。その様子を見たメイルが、優しい笑みを浮かべてアドバイスした。
「それなら、ヒンズースクワットが効果的です。足腰を鍛えるのに最適ですから」
「「ヒンズースクワット?」」
メイルの言葉に碧と舞香が首を傾げると、ちょうど零夜たちがヒンズースクワットを真剣に行っている姿が目に入った。つま先立ちで膝を前に出し、両手を横に置いたまましゃがみ、腕を前に振ってバランスを取りながら立ち上がる。それがヒンズースクワットだ。
零夜たちはプロレスラーとしても活動しており、毎日三百回のヒンズースクワットは欠かせない基礎練習だった。
「これがヒンズースクワットか……でも、足に負担がかかりそうね……」
「ええ……でも、やるしかありません。私も参加します!」
「おお、良いぞ!」
碧は苦笑いを浮かべたが、舞香は即座にヒンズースクワットの練習に加わった。強くなる覚悟がある以上、この練習は避けられないと判断したのだろう。
「舞香に負けるわけにはいかない。私も参加する!」
「はい、一名様追加!」
碧もヒンズースクワットに挑戦し、新たな人生を掴むために奮闘する決意を固めた。無職の今だからこそ、強くなることで未来を切り開こうとしていた。
「二人が参加するなら、私たちも負けてられないわね!」
「そうだな、アイリン。手合わせしようぜ。お互い強くなるために!」
「ええ! やるなら本気で行くわよ!」
ヒカリは碧と舞香の練習風景を見て、自身も負けじと気合いを入れる。サヤカも同意し、アイリンとプロレスの手合わせを始めることを決めた。二人はリングに向かい、準備を始めた。
「ヒカリさん、私と組手をお願いします」
「じゃあ、よろしくね」
ヒカリはメイルと組手を行うことに決め、すぐに準備を始めた。ここからサヤカたちの特訓が本格的に始まり、互いに切磋琢磨しながら成長していくのだった。
※
その頃、隆はネットカフェでパソコンを叩きながらハッキングに没頭していた。
彼の職場では監査による現場検証が行われ、不備やパワハラ、セクハラ問題が次々と発覚。対象者は賠償金の支払い、降格、解雇される者が続出していた。
「やれやれ……願いを叶えた時は大丈夫かと心配だったけど、これで会社も変わっていくな……」
隆は安堵の息をつき、窓の外に視線を移した。サヤカたちは今頃、三ヶ月後の逃走ロワイアルに向けて特訓に励んでいるはずだ。
「みんな……大丈夫かな……」
心配そうに呟いた隆は、すぐにハッキング作業に戻った。逃走ロワイアルを終わらせるため、自身の役目を果たすべく、黙々とキーボードを叩き続けた。