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第27話 無慈悲なナイフ

「まずは一人の参加者を倒しましたわ」


 エリカは倒木に腰を下ろし、冷ややかな視線で逃走者の一人、光男の死体をモニターで見つめていた。彼女の無慈悲な一撃が尊い命を奪った瞬間、風がざわめき、森の静寂を切り裂いた。しかし、彼女の心には一片の動揺もない。まるで悪魔の化身そのものだ。


「残りは19人。しかし、彼女たちに当てようとすると、ナイフは撃ち落とされてしまう可能性がある。ここは別の方に攻撃をしましょう」


 エリカのポーカーフェイスは凍てつく刃のよう。サヤカたちを後回しにし、他の逃走者を優先する決断を下した瞬間、彼女の指先から赤黒い光が迸る。ブラッドナイフが次々と召喚され、まるで意志を持った猛獣のように宙を切り裂く準備を整えている。


「次は……あと四人倒せば、第一ミッションは終了。さて、サヤカたち以外のメンバーを……倒しましょう!」


 エリカの唇に浮かぶのは、獲物を追い詰める捕食者の残酷な笑み。彼女はランダムにターゲットを定め、ナイフを放つ。鋭い刃が空を切り、逃走者たちの恐怖を追い詰める。慈悲など、彼女の辞書には存在しない。


 ※


 海岸近くの砂浜では、けたたましい波音が響く中、一人の男が命懸けで逃げていた。松島清隆まつしまきよたか、17歳の不良だ。警察のお世話になること数知れず、今回の逃走ロワイアル参戦の目的はただ一つ――大金を得て、自由な人生を掴むこと。


「畜生! なんで俺がこんな目に遭うんだよ! ここで死んだら意味ねーだろ!」


 清隆の叫び声が砂浜にこだまする。背後ではハンティングマンの重い足音が迫り、まるで死神の鼓動のように一定のリズムで追い詰めてくる。息を切らし、汗と砂にまみれながら逃げる清隆だが、距離は刻一刻と縮まる。追いつかれるのは時間の問題だ。

 その時、上空から不気味な唸りと共に無数のナイフが現れた。ブラッドナイフだ。血に飢えた刃が、まるで清隆の心臓を狙うかのように一直線に襲い掛かる。ハンティングマンに加え、エリカの冷酷な攻撃の標的となってしまったのだ。


「なんて事だ! エリカのナイフの次なるターゲットは、不良の清隆! 果たして彼の命運は如何に!?」


 ユキコの実況が、絶望的な状況を切り裂くように響き渡る。瞬間、ナイフが清隆の身体を貫いた。鋭い痛みと共に彼の動きが止まり、前のめりに砂浜へ崩れ落ちる。血が砂に染み込み、赤黒い染みが広がっていく。清隆は動かなくなった。

 ハンティングマンは獲物が死んだことを確認すると、無機質にその場を去る。追いかける必要はもうない。冷酷な判断が、砂浜に重い静寂を残した。


「なんて事だ! またしても悪夢の結末になるとは……! 清隆、脱落! 無慈悲なナイフの前に、また一人の犠牲者が出るとは……!」


 ユキコの声は震え、視聴者のコメント欄は瞬時に沸騰した。「また犠牲者が……」「このゲーム、異常すぎるだろ!」「エリカ、怖すぎる……」視聴者の恐怖と怒りがコメントとして溢れ、ネットは炎上寸前。誰もがこの残酷なゲームの非情さに息を呑む。


「残りは18人。ファーストミッションの終了は、あと三人が倒れたら終了となります! けど、何処までやれば気が済むのか不安かも……」


 ユキコの声には隠し切れない動揺が滲む。視聴者も彼女の不安に共鳴し、コメント欄には「その気持ち分かる!」「司会者も辛えよな……」と同情の声が殺到していた。


 ※


 逃走ロワイアル本部の前では、薄暗い夜の闇に紛れ、一人の男が鋭い眼光で佇んでいた。戸村勝茂とむらかつしげ、16歳。高校を退学した不良だ。逃走ロワイアルに参加した理由は、復学と一発逆転の人生を掴むため。しかし、今、彼の心は別の炎で燃えている。


「ここが逃走ロワイアル本部か……願いが叶うなんて甘い話じゃなかった。やるならこの事件の裏を暴いてやるぜ!」


 勝茂の声は低く、決意に満ちていた。彼は正面玄関を避け、裏口を探し始める。闇に溶け込むように慎重に動き、監視の目を逃れるためのルートを模索する。正面突破は自殺行為だと、彼の鋭い直感が告げていた。


「ん? 勝茂が本部に入ろうとしているぞ。いったい何を考えているのか気になりますが、ルール違反だから止めた方が良いですよ!」


 ユキコの警告がモニター越しに響く。視聴者のコメント欄も騒然とし、「気持ちは分かるが無茶すんな!」「死ぬぞ、落ち着け!」と心配の声が飛び交う。だが、勝茂の耳にその声は届かない。

 突然、上空から甲高い風切り音が響き、ブラッドナイフが闇を切り裂いて襲い掛かる。勝茂は背筋に走る危機感に即座に反応し、全力でその場から飛び退く。


「チッ! 冗談じゃねーぜ!」


 彼は地面を蹴り、必死に逃げ出す。心臓が爆発しそうな恐怖の中、ナイフの刃が背後で唸りを上げる。逃げなければ死ぬ――その一念だけで彼の足は動く。しかし、ナイフはまるで生き物のように執拗に追いすがり、スピードを増して彼の背中を貫いた。

 勝茂の身体が前のめりに倒れ、地面に叩きつけられる。血が地面を染め、彼の瞳から光が消える。


「なんて事だ! 勝茂、脱落! エリカのナイフがまたしても命を奪ってしまった! 残りは17人、ファーストミッションの終了まであと二人!」


 ユキコの悲痛な実況が響き、視聴者のコメント欄は恐怖と混乱の嵐に包まれた。「また死んだ……」「このゲーム、頭おかしいだろ!」「エリカ、化け物すぎる……」とコメントは止まることなく流れ、ネットはもはや炎上の域を超えていた。


 ※


 エリカは倒木から立ち上がり、冷たく光る瞳で次のターゲットを定める。彼女の手には新たなブラッドナイフが召喚され、まるで血に飢えた獣のように宙を漂う。ポーカーフェイスの下に浮かぶ残酷な笑みは、まるで死を弄ぶ悪魔のようだ。


「次は……誰にしましょうか。サヤカたちはまだ後回し。まずは残りの雑魚を片付けて、ゲームを進めましょう」


 彼女の声は静かだが、背筋を凍らせる冷酷さに満ちている。視線は森の奥へ。そこでは逃走者たちが息を殺し、必死に隠れている。見つかってしまえば、始末されると直感しているのだ。

 エリカは無作為に選ぶのではなく、獲物を吟味するハンターのように、じっくりと次の犠牲者を見定める。その姿は、まるでこのゲームを支配する絶対的な存在だ。


 ※


 管制室では、グレゴリウスがモニターを睨みながら、ユキコの感情的な実況に薄く笑う。多くの視聴者のコメントも出ているので、彼的には満足しているだろう。


「ユキコ、感情的になりすぎだ。だが……その人間らしい反応が、視聴者を引きつける。エリカの冷酷さと対比になって、面白い構図だな」


 彼は椅子に深く腰掛け、ゲームの進行を冷静に見つめる。目には、残酷なゲームを楽しむような光が宿る。エリカの無慈悲な行動も、ユキコの動揺も、全てが彼の計算したエンターテインメントの一部だ。


「だが、ハンティングマンが必要ないのか気になるが……まあ、今のところは様子見だ。次のステージでは室内だから、あのナイフは流石にできないだろうな……」


 グレゴリウスの声には、どこか次の展開を愉しむような響きがあった。彼の指はキーボードを叩き、次のミッションの準備を着々と進める。このゲームはまだ、始まったばかりなのだ。

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