森の奥、闇に閉ざされた木々の間で、逃走者の一人である
16歳の女子高生。彼女がこの命を賭けた逃走ロワイアルに参加した理由は、家族を蝕む借金を返すためだった。気が弱く、戦うよりも逃げることを選んできた美咲だが、その選択が今、彼女の命を僅かに繋ぎ止めていた。
「お願い……見つからないで……」
美咲は震える声で囁き、地面にうずくまる。彼女の手には、逃走ロワイアルのルールブックが、まるで命の綱のように握り潰されていた。そこには「逃げ切れば願いが叶う」と記されていたが、彼女の心はすでに絶望の淵に沈みつつあった。
その瞬間、上空から不気味な金属音が響き渡る。美咲が恐怖に顔を歪め、恐る恐る空を見上げると、無数のブラッドナイフがまるで獲物を追う猛禽のように彼女めがけて急降下していた。
「いやっ! やめて!」
美咲は悲鳴を上げ、反射的にその場から駆け出した。だが、ナイフの速度は非情なまでに速く、彼女の小さな体を容赦なく追い詰める。一瞬の閃光と共に、鋭い刃が美咲の背中に突き刺さり、彼女は地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。血が地面を赤く染め、彼女の体はピクリとも動かなくなった。
「なんて事だ! 美咲、脱落! エリカのナイフがまたしても無慈悲に命を奪った! 残りは16人、ファーストミッション終了まであと一人!」
ユキコの震える実況が森中に響き、視聴者のコメント欄は怒りと悲しみで沸騰していた。「もうやめてくれ……」「こんなゲーム、誰が楽しむんだよ!」「美咲、可哀想すぎる……」。画面の向こうで、視聴者たちの叫びが虚しく響き合う。
※
「チッ! いくらなんでもやり過ぎだ!」
ユキコの実況は、森の別の場所に潜むサヤカたちの耳にも届いていた。サヤカはエリカの冷酷さに憤り、拳を震わせる。ヒカリも、隣で静かに頷き、エリカの非道な行動に怒りを抑えきれずにいた。
「気持ちは分かるわ。こうなると逃走ロワイアルは混沌となる事が確実ね……」
ヒカリの言葉に、碧と舞香も重々しく頷く。エリカは自分の望むストーリーを描くためなら手段を選ばない。邪魔者は容赦なく排除するその性格は、逆らう者に底知れぬ恐怖を与える。
「彼女はあと一人殺そうと考えている。それが終わり次第、第一ミッションは終了となります」
「となると、第二ミッションで彼女を倒すしかありませんね……」
碧と舞香の冷静な分析に、サヤカは言葉を失い、唇を噛み締める。エリカを倒す決意は固まっていたが、彼女の圧倒的な存在感を前に、反論の余地はなかった。
「そうするしかないか……くそっ!」
サヤカは怒りに顔を歪め、拳を握り締める。悔しさが胸を締め付けるが、その怒りを次の戦いに全て賭ける覚悟を決めた。
※
エリカは新たなブラッドナイフを手に、森の中を静かに進む。彼女の足音はまるで死神の行進のように不気味で、地面を踏むたびに空気が凍りつく。冷たい笑みを浮かべ、彼女は次のターゲットを定めた。
「あと一人……ファーストミッションの終了はもうすぐ。サヤカたちを残して、まずはこのゲームを片付けましょう」
彼女の視線の先では、逃走者たちが必死に逃げ惑う姿があった。エリカのナイフが次に誰を狙うのか、誰もが息を呑む中、ゲームはさらなる血と絶望の展開へと突き進む。
「次のターゲットは……あの子にしましょう」
エリカが呟いた瞬間、新たなブラッドナイフが彼女の手から放たれ、森の闇を切り裂いて飛んでいく。その先には、逃走者の一人、
「なんて事だ! エリカのナイフが悠斗を狙っている! 彼は逃げ切れるのか、それとも……!」
ユキコの緊迫した実況が響き、視聴者のコメント欄は恐怖と期待で埋め尽くされる。悠斗は全速力で走るが、ナイフはまるで意思を持ったかのように彼の背中に迫る。
「冗談じゃない! 死んでたまるか!」
悠斗は叫び、必死に逃げるが、ナイフの速度はあまりにも速い。鋭い刃が空気を切り裂き、ついに彼の背中を貫く。悠斗は前のめりに倒れ、地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「悠斗まで死亡! これで第一ミッションは終了! 15人が生き残ったので、次のステージへ移動します。その間はハンティングマンが起動停止して転移しますので、襲われる必要はありません」
ユキコの実況が響く中、二体のハンティングマンは機械的な音を立てて停止。その場から瞬時に姿を消し、強制転移した。視聴者のコメント欄は「これで第一ミッション終了か……」「まさか悠斗までやられるとはな……」と、意気消沈の声で溢れていた。このゲームは異常すぎると、心の中で思いながら。
※
「くそっ! あいつめ……余計な事をしやがって……!」
「サヤカ、落ち着いて。エリカを倒すには、冷静な心が必要よ」
サヤカはエリカの行動に怒りで震えるが、ヒカリの穏やかな声が彼女を包み込む。ヒカリの腕がサヤカを優しく抱きしめ、その温もりが彼女の心にわずかな安堵を与えた。サヤカは拳を握り締め、唇を噛むが、ヒカリの言葉に少しずつ呼吸を整えていく。
「……分かってる。けど、あいつのやり方が……許せない!」
サヤカの声は震え、怒りと悔しさが交錯する。彼女の視線は、遠くに見える逃走ロワイアル本部の不気味なシルエットに注がれていた。そこは冷酷なゲームの中心であり、エリカとその背後に潜むグレゴリウスが待ち受ける最終決戦の場だった。
碧と舞香は静かにその様子を見守り、互いに目配せをする。碧が一歩踏み出し、低く鋭い声でサヤカに告げる。
「エリカは計算高い。彼女の動きを予測して、先手を打つ必要があるわ。次のステージでは、彼女のブラッドナイフを封じることが最優先よ」
舞香も碧に同意し、冷静に言葉を続ける。
「そうね。ハンティングマンが停止している今がチャンス。転移の間に、私たちも準備を整えないと。サヤカ、ヒカリさん、私たちの力を合わせれば、エリカだけでなく、グレゴリウスも倒せるわ」
「そうだな……行くとするか!」
四人の視線が交錯し、決意が固まる。逃走ロワイアル本部への道は、霧に覆われた森の奥深くへと続く。そこには、血と絶望に塗れたゲームの終焉が待ち受けていた。
※
一方、エリカは一足先に本部の暗い回廊に足を踏み入れていた。彼女の足音は静かだが、まるで死を運ぶ使者のように不気味だ。手に握られた新たなブラッドナイフは、暗闇の中で不気味な赤い光を放つ。彼女は悪魔のような冷たい笑みを浮かべ、歩みを進める。
その時、背後にグレゴリウスと呼ばれる謎の男が音もなく現れる。長身で黒いコートに身を包み、その目は全てを見透かすように鋭い。
「エリカ、ファーストミッションで人を殺すとは想定外だったな……次のステージでも同じ事をするつもりか?」
グレゴリウスの声は低く、闇そのものが語るようだ。エリカは振り返り、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「もちろんですわ。あの四人……特にサヤカは、私の物語の邪魔者。次のステージで、まとめて片付けてあげましょう」
彼女の言葉には一切の迷いがない。ブラッドナイフを軽く振ると、刃の先から赤い光が一瞬閃く。その姿は冷酷な殺人鬼そのもので、ポーカーフェイスながら底知れぬ恐怖を漂わせていた。
(まあ良い……しかし、とんでもないジョーカーを引いたのかも知れないな……彼女はまさに……殺戮プリンセスだ……)
グレゴリウスは無言で頷き、回廊の奥へと消えていく。だが、その心には一抹の不安が芽生えていた。この逃走ロワイアルが、予想を超えた混沌へと突き進む予感に、彼は静かに身震いしていた。