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第30話 ブラッドナイフの恐怖

 本部ビル内の薄暗い一角で、逃走者でフリーターの萩原美波はぎわらみなみが仲間と共に身を潜めていた。彼女たちは物陰に隠れ、息を殺してブラッドナイフの接近をやり過ごそうとしていた。冷や汗が頬を伝い、静寂の中で心臓の鼓動だけが響く。しかし、エリカのブラッドナイフは血の匂いを嗅ぎつける猟犬の如く、執拗に獲物を追う。美波たちの隠れ場所を正確に察知し、複数のブラッドナイフが暗闇から一斉に襲い掛かる。


「み、みんな、逃げて!」


 美波が叫ぶが、時すでに遅し。ブラッドナイフは彼女たちを包囲し、鋭い刃が無慈悲に閃く。美波は最後の抵抗としてナイフを振り上げるが、ブラッドナイフの圧倒的な速度と威力の前では無力だった。一瞬にして、美波と仲間たちは血の海に沈み、断末魔の叫びがビル内にこだまする。


「美波選手を含む三人、同時脱落! ブラッドナイフの猛攻、止まりません! 残る逃走者はあとわずか!」


 視聴者のコメントは熱狂と恐怖で沸騰。「エリカのブラッドナイフ、チートすぎる!」「こんなのどうやって防ぐんだよ!」「サヤカたち、こいつ倒せるのか!?」と、戦慄と興奮が交錯する。エリカの最悪の脅威を前に、サヤカたちの戦いが注目を集めていた。


 ※


 別のエリアでは、逃走者で工場員の後藤耕平ごとうこうへいが単独で罠を回避しながら進んでいた。機械工学に精通する彼は、レーザーガンや爆弾の仕掛けを巧みに解除し、生き延びてきた。だが、ブラッドナイフはそんな努力を嘲笑うかのように、音もなく背後に忍び寄る。暗闇の中で、刃の冷たい輝きだけが一瞬映る。


「よし、このエリアは安全だ……次は――」


 耕平が次のルートを考えたその瞬間、ブラッドナイフが背中に突き刺さる。鋭い痛みと共に血が噴き出し、耕平は驚愕の表情を浮かべたまま地面に崩れ落ちる。ブラッドナイフは一撃で命を奪い、静かにその場を去る。


「耕平選手、脱落! ブラッドナイフの精密な追跡、逃れるのは至難の業!」


 ユキコの冷酷な声が響き、視聴者のコメントは止まらない。「耕平までやられた!」「ブラッドナイフ、ガチで怖いわ……」「サヤカたちのところにも来るんじゃね?」と、エリカの脅威への恐怖が広がる。


 ※


 次々と逃走者がブラッドナイフの餌食となり、ビル内は血と悲鳴で満たされていく。エリカはモニター越しにその惨劇を眺め、満足げに唇を歪める。


「ふふっ、雑魚はこれで片付きましたわね。さて、サヤカ、ヒカリ、碧、舞香……あなたたちには特別な舞台を用意してあげましょう」


 彼女の声は氷のように冷たく、しかしどこか楽しげだ。ブラッドナイフは任務を終え、彼女の元に戻る。その刃は血で濡れ、赤いオーラが不気味に輝いていた。


 ※


 サヤカたちはビル内を突き進みながら、逃走者たちが次々と倒された事実を確認する。エリカの残虐非道な行為に、誰もが怒りを抑えきれなかった。


「あの野郎……! 何処から何処まで倒しまくれば気が済むんだ!」


 サヤカは怒りに震え、エリカを倒すべく前へ進もうとする。だが、ヒカリが背後からサヤカを抱き締め、優しく顎を撫で始めた。


「ほらほら、落ち着いて。カッカしたら駄目よ」

「や、止め……フニャ〜……」


 ヒカリが笑顔で顎を撫で続けると、サヤカはフニャフニャになり、地面に膝をつく。黒猫族の獣人であるサヤカは、顎を撫でられると弱ってしまう特有の癖がある。仕方のないことだが、仲間には意外な一面だった。


(サヤカにこんな一面があるなんて……)

(初めて見た……)


 ヒカリとサヤカのやり取りを見ていた碧と舞香は、驚きでポカンとしていた。サヤカのこんな姿は想像もしていなかっただろう。

 だが、どこからか響く足音に、サヤカたちは一瞬で警戒態勢に入る。エリカが来る可能性もある。油断は禁物だ。


「何者だ!」


 サヤカが叫んだ途端、一人の女性が姿を現す。ボサボサの髪、赤いジャージ、開いた上着の下に白いTシャツ、腹をボリボリ掻きながら現れた。


「あれ? あなたって、逃走者の……」

三原千恵みはらちえです。引きこもりの20歳です」


 千恵と名乗った女性は、一礼する。意外と礼儀正しいが、引きこもりという背景は驚きだ。


「それにしても……引きこもりがなんでこの大会に?」

「引きこもりになったのは……まあ、色々あってね。昔はゲームばっかやってて、現実が面倒になっちゃってさ。外に出るのも億劫で、ずっと部屋に閉じこもってたんだよね」


 千恵はボサボサの髪をかき、気だるげに語る。ヨレヨレの赤ジャージとシミだらけのTシャツは、この過酷な逃走ロワイアルを生き延びたとは思えない雰囲気だ。


「で、なんでこの大会に?」

「んー……正直、最初は金目当てだったんだよね。賞金ってデカいじゃん? 引きこもりでも、なんかこう、人生変えたいって思ってさ。ネットで募集見て、勢いでエントリーしちゃった」


 サヤカが鋭い目で千恵を見つめるが、彼女は肩をすくめる。人生を変えるために参加するとは、勇気ある行動だ。


「でも、始まったらマジでヤバくて。ブラッドナイフに追われて、仲間はみんなやられちゃって……私、運だけでここまで生き残ったんだ」


 千恵の言葉に、サヤカ、ヒカリ、碧、舞香は顔を見合わせる。気だるい口調とは裏腹に、ブラッドナイフから逃げ切ったのは驚異的だ。生き残っている逃走者は、すでに一握りしかいない。


「運だけって……いや、めっちゃすごくない?」

「でしょ? 自分でもビックリだよ。隠れるのだけは得意だからさ、物陰とかエアダクトとか使って逃げまくった。けど、あのナイフが厄介だからね……」


 碧が目を丸くすると、千恵は少し得意げに笑う。だが、ブラッドナイフの恐怖は消えず、不安が残るのも無理はない。


「エリカを倒すには、まずあのブラッドナイフをどうにかしないと。でも、その前に……ハンティングマンを潰す方が先決だ」

「ハンティングマンか……あいつらも厄介だよね。ゴツい装備でガンガン攻めてくるし」


 サヤカの意見に、舞香が腕を組んで唸りながら同意。エリカだけでなく、ハンティングマンも強敵だ。彼を倒さなければ、この殺戮のロワイアルは終わらない。

 するとヒカリがサヤカの肩を叩き、ニッコリ笑う。


「ま、でもサヤカならなんとかなるでしょ? 黒猫族のスピードと反射神経、めっちゃ頼りになるんだから!」

「う、うるさいって! さっきの顎のことは忘れろよ!」


 サヤカは顔を赤らめ、ヒカリを軽く睨む。顎を触られたことは根に持っているようだ。彼女はすぐに気を取り直し、千恵に向き直る。


「千恵、あんた、隠れるの得意なんだろ? だったら、私たちの作戦に役立つかもしれない。一緒に来るか?」


 サヤカの勧誘に、千恵は一瞬目を伏せて考え込むが、やがて小さく頷く。決心は固まったようだ。


「うん、いいよ。どうせ一人じゃもう限界だし。エリカを倒すなら、私もその一助になりたいかな」

「決まりだな。じゃあ、まずはハンティングマンを潰しに行くぞ。奴はモニターで見たところ、ビルの西棟に一体だけいる事が分かった。奴を終わらせに向かうぞ!」

「「「おう!」」」


 サヤカの宣言と共に、ヒカリ、碧、舞香、千恵の四人が拳を上げ、声を揃える。視聴者のコメントはさらに過熱し、「新キャラ、千恵キター!」「引きこもりがブラッドナイフから逃げ切るってマジすげえ!」「サヤカたちのチーム、強そう! ハンティングマンどうなるんだ!?」と興奮の声が飛び交う。

 千恵を仲間に加えたサヤカたちは、ハンティングマンのいる西棟へ向かった。ビル内の空気はますます重く、血と緊張に満ちていた。

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