サヤカとエリカの一騎打ちは、まさに地獄のような激しさを極めていた。廃墟と化した戦場に轟く衝撃音、飛び散る火花、裂ける大気。両者は一歩も引かず、互いの命を削り合うような攻防を繰り広げていた。サヤカの拳は血と汗にまみれ、エリカのブレザー服はボロボロに引き裂かれ、傷だらけの身体からは赤い滴が地面を染める。それでも二人の目は燃え続け、死を覚悟した決意がそこに宿っていた。
「まだやる気か? イカれお嬢様?」
サヤカの挑発に、エリカは血まみれの唇でニヤリと笑う。その様子だと覚悟は既にできていて、誰にも止められない覚悟があるだろう。
「ええ……当然ですわ……」
言葉が終わるや否や、両者は雷鳴のような咆哮を上げ、互いに向かって飛び出した。サヤカの拳が空気を切り裂き、エリカの魔力刃が空間を歪ませる。拳と刃が交錯するたび、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、地面に深い亀裂を刻む。バチバチと火花が散り、一瞬の油断が命取りとなる緊迫した戦いは、まるで終わりなき嵐のようだった。
「凄い戦い……けど、このままだとサヤカが持たないわ……!」
「なんとかしてサヤカを助けないと!」
「でも、どうやって介入すれば……一騎打ちに水を差したらサヤカに怒られるよ!」
ヒカリ、碧、舞香は遠くから戦いを見守り、焦燥感に駆られていた。サヤカの危機を察しつつも、戦いの渦に飛び込むのは自殺行為だ。それに、彼女たちの誇り高い一騎打ちに割って入るのは、サヤカの信念を侮辱することにも繋がる。
その時、千恵がデバイスを高速で操作し、小さなホログラムウィンドウを呼び出した。そこにはエリカの詳細なデータが映し出され、彼女の過去と現在の性格の変遷が記されている。
「皆、これを見て!」
「「「?」」」
千恵が指差す画面に、ヒカリたちが視線を集中させる。そこにはエリカの冷酷な性格の原因が克明に記録されていた。
「エリカがこんな風になったのは、アルグスって人物の死が原因なの。彼女の心の闇はそこから始まったみたい。」
「アルグス? 誰それ?」
ヒカリたちの疑問に、千恵は冷静に説明を続ける。
「アルグスはハルヴァスの魔術師。無数の敵を倒した伝説的な存在よ。旅の途中でエリカと出会い、彼女に魔術を教えたの。エリカがブラッドナイフを使えるのも、彼の指導のおかげ」
「じゃあ、エリカのあの戦い方は……?」
「昔は退屈だけど明るい女子高生だったみたい。でも、アルグスが凶悪なモンスターに襲われて死に、彼女は変わってしまった。冷酷で、復讐に囚われた今のエリカになったの」
ヒカリたちは千恵の言葉に頷きつつ、エリカの悲劇に胸を締め付けられる。もしあの悲劇がなければ、エリカは今も笑顔の少女だったかもしれない。しかし、過去は変えられない。今できるのは、エリカの心に光を取り戻すことだけだ。
「このことをサヤカに伝えなきゃ! エリカを止めるヒントになるかもしれない!」
「そうと決まれば、急いで――」
舞香の言葉が終わる前に、ドスンという重い音が響き、サヤカがバック転でヒカリたちの前に着地した。彼女の身体は傷だらけで、息は荒く、服はズタズタ。それでも彼女の瞳には不屈の闘志が宿っている。ヒカリたちは驚き、思わず尻もちをついてしまった。
「ビックリさせないでよ! もしかして、話聞いてたの!?」
「ああ。アルグスのことなら知ってる。アイツは……私の兄貴分で、幼馴染だった。」
「「「幼馴染!?」」」
サヤカの衝撃の告白に、ヒカリたちは目を丸くする。まさかサヤカとアルグスにそんな繋がりがあったとは、想定外としか思えない。
「アイツは私よりずっと強かった。最強の魔術師って噂されてたよ。異世界の女の子と旅をしてたって聞いてたけど、まさかエリカだったとはな……」
「じゃあ、サヤカもエリカの過去を知って……?」
「もしアルグスが今のエリカを見たら、絶対悲しむ。だからこそ――私の手で決着をつける!」
サヤカは拳を握りしめ、エリカを鋭く見据える。戦場の向こうでは、エリカがよろめきながらも立ち上がっていた。彼女の身体は限界を迎え、血と汗にまみれた顔は青白い。それでも、彼女の瞳にはまだ消えぬ闘志が宿り、鋭い眼光でサヤカを射抜く。
「まだ……終わりませんわ……サヤカ、あなたを倒すまで……!」
エリカは力を振り絞り、両手に暗黒の魔力を凝縮させる。その魔力は不安定に揺らぎ、まるで彼女の命そのものが燃え尽きようとしているかのようだった。空間が歪み、周囲の空気が重く圧迫される。
サヤカは一瞬、エリカの姿にアルグスの面影を見る。共に笑い、戦い、夢を語ったあの日の記憶が蘇る。彼女の胸に熱いものが込み上げ、拳に力がこもる。
「エリカ! お前がどんな状態でも戦うって言うなら、私も本気だ! けど、アルグスはこんな戦いを望んでない! やるなら全力でいくぞ!」
サヤカの言葉に、エリカの動きが一瞬止まる。アルグスの名前が彼女の心に突き刺さり、瞳に揺らぎが生じる。しかし、すぐに首を振って感情を振り払い、叫び声を上げた。
「黙りなさい! アルグスはもういない! 彼を失ったこの世界に、希望なんてありませんわ!」
エリカの手から放たれた暗黒の魔力波が、轟音と共にサヤカへ襲いかかる。地面を抉り、瓦礫を粉砕するほどの威力。サヤカは瞬時に身体を捻り、紙一重で回避。爆風が彼女の髪を激しく揺らし、地面には巨大なクレーターが刻まれた。
「サヤカ、危ない!」
ヒカリの叫びに、サヤカは振り返らずエリカへ突進する。彼女の拳には、ただの力ではない。アルグスとの思い出、エリカを救いたいという強い意志が宿っていた。
「エリカ! アルグスはお前をこんな風にしたくなかった! アイツはお前を信じてた! どんな絶望でも、お前なら立ち上がれるって信じてたんだ!」
サヤカの言葉が戦場に轟き、エリカの動きが再び鈍る。彼女の魔力波が弱まり、揺らいでしまう。ヒカリたちはその一瞬を見逃さなかった。
「千恵さん、今です!」
「任せて! はっ!」
舞香の叫びに、千恵はデバイスを高速操作。エリカの魔力回路に干渉するプログラムを起動し、彼女の力を一時的に封じる。
「これでエリカの魔力を抑えられる! サヤカ、説得するなら今よ!」
千恵の声にサヤカは頷き、一気にエリカとの距離を詰める。彼女はエリカの両肩を強く掴み、真正面から見つめる。
「エリカ、目を覚ませ! アルグスの死はお前のせいじゃない! アイツはお前が強く生きることを願ってた! こんな戦い、アルグスが喜ぶわけない!」
サヤカの叫び声に対して、エリカの瞳が大きく見開かれる。彼女の心の奥で、何かが砕ける音がした。
アルグスの笑顔、共に過ごした日々、彼が教えてくれた魔術と希望――全てが一気に蘇り、冷たく閉ざされた心を揺さぶる。
「アルグス……私……愚かでしたわ……あの時、間違った選択を……」
エリカの声は震え、魔力が消え去る。彼女の身体は力なく崩れ、サヤカがそれを支える。涙がエリカの頬を伝い、地面に落ちる音が静かに響いた。
「もういい、エリカ。戦いは終わりだ。これからは罪を償って、やり直してくれ」
サヤカは優しくエリカを抱きしめ、彼女に対してそう語りかける。更にヒカリたちも一斉に駆け寄り、涙を流しているエリカを囲み始める。
「エリカ、私たちも一緒にいるわ。アルグスの分まで、生きていこう」
ヒカリの言葉に、エリカは小さく頷く。彼女の心に、微かだが新たな光が灯り始めていた。
因縁の戦いは終わった。傷ついた者たちが互いを支え合い、アルグスの遺した希望が再び息を吹き返す。しかし、黒幕グレゴリウスの影がまだ消えていない。逃走ロワイアルの終幕は、遠く険しい道の先に待っているのだ。