逃走ロワイアルの戦いが終結してから一ヶ月後、マルテレビの会議室で緊急記者会見が開かれた。議題は、グレゴリウスが引き起こした逃走ロワイアルの事件についてだ。
「今回起きてしまった逃走ロワイアルですが、大幅にデスゲームに変わってしまった事で、我々としてもショックを受けました。許せないのはグレゴリウスですが、かつてこの番組を生み出していた我々にも責任があります」
マルテレビの代表取締役、
「我々はこの悲劇を二度と起こさない為にも、逃走ロワイアルは今日限りで完全に打ち切ります! そして、遺族の方にも深くお詫びし、責任を取らせてもらいます。本当に申し訳ありませんでした!」
春日井は部下たちと共に深々と頭を下げ、記者たちの前で謝罪した。
この会見により、逃走ロワイアルは永久に放送終了となり、完全な打ち切りが決定した。しかし、マルテレビには他にも人気番組がある。今後はそれらを中心に、視聴者を盛り上げていくことだろう。
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ハルヴァスにあるアムルス共和国は、王政でありながら国民の声を反映した政治を行う国だ。現国王ベルガルは、国民からの厚い信頼を得ており、「アムルスの鑑」と称されるほどだ。技術も進んでおり、スマートフォンやコンビニ、アイドル文化も根付いている。
そんなアムルス共和国の王都アマルダス、セルグリッド広場には、今日、異様な熱気が渦巻いていた。広場の中央には巨大な処刑台が設けられ、その周囲を厳重に衛兵が取り囲んでいる。見物人たちは、期待と怒りに満ちた目でその光景を見つめていた。
「あの極悪人がついに処刑されるのか」
「ハルヴァスだけでなく、地球にまで迷惑をかけたからな。処刑されるのも無理ないぜ」
「あのゲームはもううんざりよ。ほら、噂をすれば……」
女性が指さす先で、ラッパの音が広場に高らかに響き渡った。大罪人グレゴリウスの処刑が始まろうとしていた。誰もが彼の到着を固唾を飲んで待つ中、遠くから馬車がゆっくりと姿を現した。木製の台車の上には、衛兵に囲まれたグレゴリウスの姿があった。彼は白いボロ布を身にまとい、静かに俯き、無言のまま立っていた。
「大罪人グレゴリウスだ!」
「人の命を弄びやがって!」
「死んで償うだけじゃ物足りないぞ!」
群衆はグレゴリウスへ向けて罵声を浴びせた。その怒りは、彼のこれまでの悪行に対する当然の反応だった。むしろ「殺せ」と叫ぶ声が響き、積もり積もった憤怒が爆発していた。
馬車が広場の中央に到着すると、群衆の怒号はさらに激しさを増した。衛兵たちがグレゴリウスを台車から降ろし、処刑台へと連行する。彼の手足は重い鉄の鎖で繋がれ、かつての傲慢な態度は跡形もなく消えていた。ボロ布に身を包んだグレゴリウスは、虚ろな目で地面を見つめ、まるで魂の抜けた亡魂のようだった。
処刑台の上では、巨大な剣を構えた処刑人が静かに待ち構えていた。その剣はアムルス共和国の伝統的な処刑用具で、刃は陽光を浴びて鋭く輝いていた。群衆の中には、恐怖と好奇心が入り混じった表情でその光景を見つめる者もいれば、純粋な憎悪を剥き出しにする者もいた。
「グレゴリウス! お前の罪は許されんぞ!」
「子供まで殺した極悪人め!」
罵声が飛び交う中、衛兵の一人が広場に響き渡る声で宣言した。群衆は一斉に彼に視線を向け、真剣な表情で耳を傾けた。
「大罪人グレゴリウス! 汝は逃走ロワイアルを悪用し、数多の命を奪い、ハルヴァスと地球に多大な混乱をもたらした罪により、ここに斬首の刑を執行する!」
グレゴリウスはゆっくりと顔を上げ、群衆を見渡したが、何も語らなかった。その瞳にはもはや抵抗の意志はなく、ただ静かに運命を受け入れるような虚無が宿っていた。衛兵が彼を処刑台の前に跪かせ、首を固定する木枠に押し込んだ。群衆の声は一瞬静まり、広場には張り詰めた緊張感が漂った。
処刑人が剣を構える。刃が太陽光を浴びてきらりと光ったその瞬間、群衆の中から少年の叫び声が響いた。
「待ってください!」
その声に、広場全体が凍りついた。衛兵も処刑人も動きを止め、すべての視線が少年に集中した。少年は群衆をかき分け、処刑台の近くまで駆け寄った。まだ10代前半に見える、痩せた体つきの少年だった。ボロボロの服をまとっていたが、その瞳には燃えるような強い意志が宿っていた。
「お前は……?」
「俺は、ハルヴァスの逃走ロワイアルで死んだ者の一人……いや、生き残った者だ!」
衛兵の問いに、少年は声を張り上げ、グレゴリウスを指さした。その様子から、グレゴリウスへの深い恨みが滲み出ていた。群衆の視線は一斉に少年に集まった。
「こいつのせいで、俺の家族は全員死んだ! でも、ただ殺すだけでいいのか? こいつが何を企んでたのか、なぜあんなゲームを作ったのか、誰も知らないまま終わっていいのかよ!」
少年の言葉に、群衆がざわめき始めた。彼の訴えは、皆の心に潜む疑問を呼び起こした。確かに、グレゴリウスの動機や背後にある真実は、マルテレビの謝罪会見でも明らかにされていなかった。誰もが知りたいと願っていた真実だった。
処刑人が剣を下ろし、衛兵の隊長が少年に歩み寄った。
「少年、名を名乗れ。そして、なぜこの場でそんなことを言うのだ?」
「俺の名前はリオン。ハルヴァスの逃走ロワイアルの最後のゲームで、たった一人生き残った者だ。グレゴリウスが何を企んでいたのか、俺には関係ない……いや、関係ある! こいつが俺たちを弄んだ理由を、死ぬ前に吐かせたい!」
広場の空気が一変した。群衆からも「そうだ、理由を知りたい!」「なぜあんなことをしたんだ!」と声が上がり始めた。衛兵たちは顔を見合わせ、隊長は一瞬考え込んだ後、処刑台のそばに立つグレゴリウスに視線を向けた。
「グレゴリウス、少年の言う通りだ。何か言うことはあるか?」
グレゴリウスはゆっくりと顔を上げ、初めて口を開いた。その声は低く、不気味なほど落ち着いていた。
「……面白い。生き残った者がまだいたとはな」
グレゴリウスはリオンを一瞥し、薄い笑みを浮かべた。その姿に、群衆は息を呑み、真剣な眼差しで彼を見つめた。
「理由? そんなもの、単純だ。人間の欲望と恐怖を、極限まで引き出したかっただけだ。君たちがどれだけ脆く、どれだけ愚かなのか……それを世界に見せたかった」
「それだけのために、俺の家族や仲間を殺したのか!? ふざけるな!」
「ふざけてなどいないよ、少年。君がこうしてここに立って、私を憎む姿こそ、私のゲームの結晶だ。人間は、極限状態でこそ本性を現す。君もまた、私のゲームの一部だったのだ」
「何処までもふざけやがって!」
リオンの怒号が広場に響き渡ったが、グレゴリウスの笑みは消えず、むしろ深みを増していた。群衆の怒りは頂点に達し、再び罵声が飛び交った。
「もう十分だ! 大罪人グレゴリウス、これ以上言葉は必要ない。刑を執行する」
衛兵の合図と共に、処刑人が再び剣を構えた。リオンは一歩下がり、唇を噛みしめながらグレゴリウスを睨みつけた。群衆の声が再び静まり、剣が振り上げられる。太陽の光が刃に反射し、広場に一瞬の静寂が訪れた。
そして、グレゴリウスの首に向けて、剣が振り下ろされたのだった……。
※
その後、アムルス共和国では国王ベルガルが新たな法を制定した。極端な娯楽や命を危険に晒す行為を厳しく取り締まる法律だ。二度とグレゴリウスのような者を生み出さないため、ベルガルは国民に心から誓った。
しかし、グレゴリウスの言葉はリオンだけでなく、多くの人々の心に消えない傷跡を残した。そして、逃走ロワイアルが引き起こした悲劇もまた、永遠に癒えることのない傷として刻まれ続けていた。