『愛』している男が他の人間と抱き合っている。そんな光景を見たら、本来ならば憤死モノだろう。もし篠丸が女であったなら、美波とてこんな提案などしたいとも思わなかったに違いない。
だが、それが可愛い見目の男の子であれば別。
元より耕洲に似たようなプレイを頼んでじっくり観察させて貰うことは珍しくないのだ。美波の噂を聞きつけ、控えポジションでもいいから愛してほしいと下僕になりたがる男は少なくないのだから。
そういう相手には決まって、美波は試練を課すことにしている。今回篠丸は、正確には美波の恋人になりたがっていたわけではないが――力を貸してほしいというのならそれ相応の前払いはあって当然だろう。だから、いつもと同じことをやらせてみることにしたのである。果たして篠丸にそれだけの覚悟があるかどうか、自分達を本気で謀っていないかも含めて。
しっかり調教済みの耕洲は、タチもネコもそれこそ拷問じみたプレイさえイケるクチだ。今回は美波の好みの問題で、徹底的に篠丸を痛めつける役をやらせてみることにした。基本的にマゾ気質の耕洲であるし、彼自身が美波以外に抱かれることを良しとしていないことを知っているから余計に意味があるのである。他の男と抱き合わなければなければならない屈辱や、目をかけられる相手への嫉妬。試験をするたびに耕洲は本当にいいカオをしてれるのだ。
そして、相手の少年もまた――反応がその人物によってまちまちであるのがまた面白いのである。少し前に同じように「耕洲を最後まで満足させたら、下僕にしてあげる」と言った男は。同性に女のように扱われる屈辱とおぞましい激痛に耐えられず、途中で泣いて許しを乞うたものだ。まあ、嫌だと言ってもやめてやる美波ではなかったわけだが。自分よりも耕洲よりも立派な体躯の年上の男が、子供のように涙する様というものもなかなか味わい深いものなのである。
最終的には、その有り様があまりにも素敵すぎて――ついつい壊しすぎてしまったものだ。結局あの男は病院に搬送されて、どうなったのだろう。
――あいつに比べたら……へえ、篠丸クン、根性あるじゃない。
その方が萌えるという理由で、篠丸は制服の上だけは着たままにさせた。多分もっと身長が大きくなる予定でいたのだろう、彼の制服はちんまりした彼の体格に比べるとだいぶ大きい。上を着たままにすれば、すっぽり下半身も隠れてしまうほどである。萌え袖というものはなかなかにしていいものだ。カタカタと恐怖に震える彼を写真に収めて堪能したら、すぐにそのまま耕洲に実行に移させた。
正直、すぐに音を上げるとばかり思っていたのである。それなのに、篠丸は吐きそうになりながらも耕洲に奉仕し、呻き声だけで堪えてみせた。
「い、ぃぃっ……ううっ……」
ああ、なんて可愛らしいのか。
まだ子供のように細い体が嬲られ、時に殴りつけられ、苦痛に跳ね回る様は実に蠱惑的だった。ショタ系はこれだからいいのよね、と美波は思う。まだ男の子と女の子の中間に位置するような、まるで天使にも近いような存在。自分が狼なら、存分に味わってから食べることだろう。残念ながらその少年が自分達に近づいてきた目的は、病気のお婆さんをお見舞いするといったような可愛らしいものではなく、裏切り者を制裁したいというドロドロなものではあったが。
可愛い彼女とキスする前に、こんな目に遭って可哀想ねえ、と美波は笑った。そう仕向けたのは自分ではあるが。
――ほらほら、もっともっと素敵な顔を見せて?
時折美波に命じられては篠丸に暴力を浴びせ、泣き声を上げさせる耕洲。その声がますます興奮を煽り、頂点を極めさせようとする。篠丸がそれを察して、泣き濡れた瞳を耕洲に向けた。キラキラして、まるで宝石のような瞳だ。ああ、たまらない。見ているだけというのが辛くなってきた。脱出したら次は自分も参戦しようと決める。
当然自分は、攻めの最上位を譲るつもりはない。次はそう、二人まとめて縛り上げて、泣きごとを言うまで我慢させてみるというのはどうだろう。
――ああ、最高!想像するだけでイケそ……!
美波が思わず恍惚に体を震わせた時、掠れた声で篠丸が言った。
「やだっ……怖い、怖いよ……おねがっ……」
懇願された、言葉は。
「きす、して。怖いからっ……!」
この子は本当に処女童貞だったのか。痛がりようからすれば確かなはずだというのに、その仕草といいおねだりといい、まるで天性のものではないか。
耕洲の顔が一瞬羞恥や嫌悪に歪んだものの、今はそれ以上に興奮と快楽に溺れていたのだろう。篠丸にねだられるまま、その唇にキスを落とす。それにむしゃぶりつくように顔を寄せる篠丸。その全身が絶頂に震えるのを見た、その時だった。
「ぎいっ……?」
明らかに、快感とは真逆の声が響いた。耕洲の声だ。
「え?」
興奮に荒く息を吐いていた美波は。ピンクに霞んだ頭で、それでも何が起きたのか理解しようと努めた。
美波から見て、丁度四角になる角度。キスをする耕洲と篠丸、その頭の向こうから――ぴゅるるるる、と赤い噴水が噴き上がっている。血だ、ということはすぐにわかった。問題は誰のものか、ということ。
「え……え、え?」
ぐらり、と耕洲の体が傾いだ。篠丸をかき抱いた格好のまま、耕洲の体はゆっくりと倒れていく。その頸動脈ら、ぴゅるぴゅると鮮血を吹き出し続けながら。
――何が、起きたの?まさ、か。
ぎらり、と血まみれの銀色が光った。篠丸の右手、長い制服の袖口からそれが覗いている。メスと呼ばれるものだ、ということに理解が追い付くまで時間がかかった。確かに篠丸が凶器を持っているかどうかなんて、わざわざ確認はしていない。それでもだ。
「いったっ……最悪、ほんと、きもちわる……っ!」
篠丸が、さっきまでの色気を消して毒づいた。そして、既に虫の息であろう耕洲の体を強引に引き剥がし、派手に突き飛ばした。そして。
「ざまぁ、みろ……!能力なしで狩ってやったぞ……二人目の悪魔を!」
ぎろり、と。篠丸の憎悪に満ちた声が響いた。そこでやっと美波は理解するのである。
篠丸が耕洲を殺したことを。
彼は最初から、美波と耕洲を殺すつもりで近づいてきたのだということを。
そう、自分達は彼を支配するつもりで――踊らされていたのだ、最初から。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
それは美波が生まれて初めて感じた、純然たる怒り。そして憎悪だった。
今まで苛立ったことは何度でもあったが、それでもここまで誰かを本気で憎いと思ったことはただの一度もない。
男が。自分より遥かに下等生物である彼が、よりにもよって自分を謀った!己の大切な所有物を、美波の断りもなく破壊した!これほどの屈辱が一体何処にあるというのか。
「許せない、許せない許せない許せないいいいいっ!よくも、この私を騙したわねえええええっ!!」
素早くブレスレットを構える。絶対に許せない。能力の使用限度回数は残り五回――温存しておきたい気持ちもあったが、今は激情が勝っていた。
こいつは、吹き飛ばさなければ気がすまない。可愛い顔をしているから、少し優しく扱ってやろうなどと思ったのがそもそもの間違いであったのだ。バラバラの粉々にして踏みつけてやる。そうでなければ腹のか収まらない。
そんなことをしても、耕洲は二度と帰ってこないのだとしてもだ。
「死ねええええ!」
だが、ボタンを押して爆破を唱えるよりも前に篠丸は半裸の姿のまま、思いきり後ろに飛び退いていたのである。そして、柱の影に隠れてしまった。美波は目を見開く。今の動き、まるて美波の『爆破』能力の詳細を理解していたかのようではないか。
――こいつっ!
美波の能力を見て、生きている者は多くはない。恐らくあの桜美聖也あたりが、一度見ただけの美波の能力をしっかり分析した上で、篠丸にも情報を渡していたのだろう。
美波の爆破能力には射程がある。
爆破、と言ってから発動するまでのタイムラグもある。
さらに、相手の『頭』を爆破する能力なので――相手の頭が見えない状態では、発動させることができないのである。
――小賢しい真似を……!そんなところに隠れて何ができるの!私が近づいて姿を見てやれば、それで終わるだけのことよ!!
美波が怒りのまま一歩踏み出そうとした、その時だった。
「唐松美波!」
思わず、舌打ちしたくなる。本気でムカついた。なんでこう、最悪のタイミングでこいつが現れるのか。篠丸と連携を取れていたわけでもあるまいに。
「……何であんたがここにいるのよ……桜美聖也っ!」
クラスで一番嫌いなその女は。やや戸惑った顔で、美波と隠れている篠丸を交互に見たのだった。