「ここって……」
目を覚ますと、私は見渡す限りの本棚の隙間に敷かれた、ふかふかの布団の中にいた。
「ラノ君の……
確か昨日の夜はフォーボスを倒して、それで眠れなくて一階でお酒を飲んでたらラノ君が現れて、眠くなるまでおしゃべりすることになって……。眠くなってからたっぷり寝られるように、中にいる間は外の時間がほとんど経過しないラノ君の結界、
「この布団……」
でも、布団を敷いて寝た記憶はない。多分寝落ちした私を、ラノ君が運んでくれたんだと思う。掛け布団をめくると、ルリとお揃いのパジャマが視界に入る。ちゃんとボタンも留まったままだし、身体の痛みも感じられない。
「…………残念」
恋愛経験はないけど、その先を求められることは何度もあった。キュアソルのリーダーとして、ルリやソラのためにと思って何度も耐えてきた。だから結界という密室で、二人きりになることの危険性もわかってはいた。……でも、ラノ君になら良いかな、と思っている自分の中の悪魔がいた。昨日フォーボスを倒したときの、あの手の感触や血飛沫を、忘れられるなら。
「……いやいや、残念はないでしょ」
でも、ラノ君はそんなことしないと思っている自分もいた。多分私は、ラノ君のそういう雰囲気に惹かれたんだと思う。私の周りには、いなかったタイプの男の子。
「……でも残念は、ない。うん」
自分に言い聞かせるように呟きながら布団から這い出ると、本棚と本棚の間から二段ベッドが見えた。
「ラノ君……まだ、寝てる?」
二段ベッドの下の段に敷かれた布団がこんもりと膨らんでいる。下の段で布団を被って寝るのがラノ君のスタイルらしく、じゃあ上の段で寝させてほしいと昨日の夜言ってみたけど、きっぱり断られた。
「……」
私はそっと近づき、布団をめくった。
「……!」
そこには、天使のような寝顔ですやすやと眠るラノ君がいた。いつもクールで澄ました顔をしているラノ君が、こんなにあどけない表情で眠っている。思わず、頭を撫でてしまう。
「おかあ、さん……」
「!」
寝言……? 私は慌てて、手を離す。
「おとう、さん……」
ラノ君の額に、汗がにじむ。
「置いてかないで……」
ラノ君の手が、何かを求めるように空を掴む。
「行っちゃ……やだぁ……」
その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。私は無意識に、ラノ君の手を握っていた。
「……」
ずっと一緒にいるよ。そう想いを込めて、強く握った。その想いが伝わったのか、ラノ君はすうすうと穏やかな寝息を立て始めた。ラノ君の顔にかかった髪を、そっとはらう。
「なんか、魔王になるなんて信じられないな……」
この強がりで寂しがり屋な魔王候補兼、私の恋人候補を、私はきっと放っておけない。守りたいとさえ思う。……でもこれって、どちらかというと恋人に対する恋愛感情じゃなくて……母性本能みたいなものよね? だって、恋愛感情ってもっとこう、胸が苦しくなって、甘酸っぱい感じでしょ?
「だって、この気持ちは……」
この気持ちは、私がルリやソラに感じているものと一緒のはず。家族愛っていうか、庇護欲っていうか、やっぱり、母性本能……?
「はあぁ……」
普通の恋愛がしたいなんて女神様に願ってみたものの、まだ私は……恋をすることに怖気付いたままだ。