今は初夏、
「フェイク・繚乱!」
彼女の剣が、僕の胸元を狙って突き出される。僕は即座に杖でそれを受け止めた。金属同士がぶつかったような甲高い音が、明け方の森に響いた。
「……ッ!」
彼女の顔が、一瞬だけ苦痛に歪む。僕は杖で剣を押し返し、彼女の腹めがけて蹴りを入れる。しかし彼女は、後方に跳んでそれを躱す。
「詠唱の短縮、使えるようになっていたんですね。陰ながら、アヤメさんが生き残るための努力をしてくれていたこと……嬉しく思います」
彼女は一瞬で、人狼の毛皮を纏っていた。
「この一撃でも……ラノ君の杖は壊せないのね」
「杖の素材はトップシークレットでしたが……。せっかくなので一つだけ。この杖には、ダイヤモンドカットカツオの鰹節を使っています」
「カッ…………鰹節?」
アヤメさんの手から剣が落ち、カランと乾いた音を立てた。
「もちろん僕の魔力を編み込んで補強してはいますが……。そういえば、そちらの世界で鰹節は、食べ物なんでしたっけ?」
「そうだけど……。こっちでは違うの?」
「主に鎧の素材として使われることが多いですね。そちらの世界に倣って、削って食べてみた記録もありますが……おいしくなかったそうですよ」
「そうなんだ……。だったら女神様の聖剣で、切り刻んで調理してあげる!」
アヤメさんは慌てて剣を拾い上げ構え直す。刀身から放たれた魔力が、彼女の周囲を舞っている。
「フェイク・
彼女が剣を振ると、その魔力が弾けながらこちらに飛んでくる。
「ヒューマンケイン・レディ」
僕は杖の魔力を解放し、その魔力とぶつける。パチパチと火花が散り、やがてそれは小さな雷となって辺りを焦がす。
「くっ……その手には乗らないから! 魔力での力比べは、負けたら身体ごと乗っ取られるんだったわよね!」
僕とアヤメさんは、同時に後ろへ跳んで間合いを取った。そうは言っても、魔力の使い方はまだまだ未熟だ。以前警告した通り、純粋な魔力での力比べは最悪の場合、心身共に魔力ごと乗っ取られて、相手の操り人形にされかねない。
「魔法として自分自身と完全に分離していれば問題ありませんが、念には念を入れておくのは正しい判断ですね」
「それはどうもっ!」
アヤメさんの姿が視界から消え、次の瞬間、彼女の気配は僕の真後ろにあった。
「
アヤメさんの剣を、召喚した紫色の盾で受ける。
「毒……?!」
アヤメさんが瞬時に飛び退く。
「僕の得意技は、毒薬の魔法ですから」
僕はアヤメさんのほうに振り向くと、お気に入りの赤い杖を構える。
「セット・焦土・スタンバイ」
そして僕の……本当の得意技、爆薬の魔法が発動した。
「サイカ・ワ系ヘル、ファイヤー!」
「……」
「…………ほう」
舞い上がった砂煙が消えると、人一人分くらいのサイズの、ぐるぐる巻きになった包帯のドームが現れる。焼け焦げたそれが解けていくと、その中には無傷のアヤメさんが立っていた。
「本結界を使わなくても、その力は使えるんですね」
結界内のステージ上ではないのに、アヤメさんは人狼の衣装からミイラ男の衣装に早着替えしていた。その包帯のドームで、爆発の直撃を防いだらしい。
「……それよりラノ君、手加減したでしょ」
しかしアヤメさんは魔力を使い果たしたようで、地面に手をつきその場に座り込んだ。
「手加減?」
「っ……そう。一昨日聞いた呪文には、焦土だけじゃなくて……浄土と蒸発も入ってた」
「……」
「だから今の火力は、ラノ君の全力の……三分の一?」
そういえば、一昨日アヤメさんの本結界で
「相変わらず、類稀なる記憶力ですね。ですがアヤメさんも無傷のようですから、今回はおあいこということで」
「おあいこ? 私はもう、魔力切れで動けないのに……?」
目だけを僕のほうに向けるアヤメさん。
「はい。その盾を、奪われてしまいましたので」
いつの間にか、彼女の後ろに僕の盾、
「……バレた?」
「その盾はタピさんの祖母、ホーク様から頂いた初めてのプレゼントですから。その盾を持っているアヤメさんに、攻撃はできません」
「…………やっぱり、私の負けよ」
アヤメさんはその場でぱったりと横倒しになると、膝を抱えた。するとミイラ男の衣装が光り、元の紫色のパーカーに戻った。僕が複製した、魔力の自然回復を促進させる素材を使ったパーカーだ。
「それは、なぜですか?」
「トドメが精神攻撃なんて、ラノ君って意地悪よね」
「精神攻撃……?」
「ごめんねラノ君、私、ラノ君からもらってばっかりで……プレゼントもしたことなくて……」
ああ、なるほど……。
「そのことですか……マインドフルヒールネス、クールダウン」
僕はアヤメさんに、精神治癒の魔法をかける。ホーク様に教わった、マインドヒールのプロトタイプ。
「……ありがと。ラノ君、何かほしいものない? 私に用意できるものなら……」
「アヤメさんの成長が見られましたので、今日は充分な収穫でしたよ。それに、今日アヤメさんが生きてくれていることが、僕にとっては一番のプレゼントですから」
「っ…………ありがと」
疲れているからなのか照れているからなのか、アヤメさんはさっきと同じ言葉を繰り返すだけだった。
「必ず、生き残りましょうね」
一方の僕は、今回は仮面もつけているしパーカーのフードも被っているので、顔や耳が赤くなっているのはきっと、バレていないだろう。