「「「スリー! ツー! ワン! ハッピーニューイヤー!」」」
水晶玉の奥で、なぜか新年のカウントダウンを終え抱き合っている女子たちが見える。現在の時刻はまだ、七月八日になったばかり。そんなことはどうでもいいと言わんばかりに盛り上がっている彼女たちの中心にいるのは、召喚された二人目の勇者、千歳アヤメさん。
「だから言ったじゃん! アヤメっちは死なないって!」
「でも………でもっ……!」
そして灰の魔女、ホーク・ジ・ヤドルの孫、タピ・ジ・ヤドルさんが背中を撫でているのが、召喚された二人目の魔王軍四天王勇者、千歳ルリさん。つまり本来、こっち側の人。
「心配かけてごめんね、ルリ。それからみんなも、本当にありがとう」
「とは言え結局、私たちは何もしてないからな……。そもそも何も起きなかったし……」
千歳アヤメさんの言葉に、半分魔族の戦士見習い、トゥーラ・ラーターさんがため息をつく。
「いや……あれだけ自宅待機と言ったのに、ホーク様の魔法で僕の家に押しかけてきたじゃないですか」
「それはそうなんだけど……。でも、これでわかったでしょ? タピ氏もトゥーラ氏も、一度決めたらどんな手を使ってでもやり遂げるって。最初から、アヤメ氏のそばで守らせてあげれば良かったってわけ」
「ぐぬぬ……」
この時代三人目の魔王候補、サイカ・ワ・ラノ君が、人間の僧侶見習い、ヴァレッタ・ガタキリさんに言いくるめられている。
「ねえライ君……勇者、死ななかったんだけど」
俺は、隣で一緒に水晶を見ていた魔王軍四天王戦士、二葉ライ君に話を振る。
「らしいな。まぁ、良かったじゃないか。これでまだまだ……楽しめそうだ」
ライ君はバタフライ柄のグラスを傾けると、不敵に笑う。
「楽しいのは現場のライ君だけじゃん。俺は結局、退屈なままなんだけど」
俺は水晶玉から離れ、玉座に戻る。
「そう腐るなよ。おいしいところは、ちゃんととっておいてやるからさ! それに、今一番楽しんでるのは俺じゃない」
「……」
くるみ割り人形がデザインされたステンドグラスの窓のそばで、室内だというのに
「だから言ったでしょ? アヤメは死なないって」
召喚された二人目の魔法使い、二葉クルミさん。ライ君が一人で勇者一行を返り討ちにしたとき、もちろんその中にクルミさんもいた。
「そう、だったね……」
しかしクルミさんは勇者と共に撤退することなく、死んだふりをして兄であるライ君と共に魔王城に帰ってきた。まぁ……死んだふりっていうか、下半身が根こそぎなくなっていたから、俺が作り直したんだけど。
「でも……昨日が彼女の命日だったし……女神の予言だって……」
「それだけ女神の力が弱まってるってことだ。この調子じゃ……明日の結界侵略に、ヤツの介入はなさそうだな。それはそれで、つまらないが」
ライ君はグラスに注がれていた毒薬を飲み干すと、それを床に投げ捨てた。破片が散らばり、王の間に甲高い音が響き渡る。するとクルミさんの
「こっくり様。こっくり様。お戻しください」
クルミさんの呪文が終わると、ライ君の手の上には元通り、毒薬が並々と注がれたバタフライ柄のグラスが乗っていた。
「上達したな、クルミ。兄として、こんなに楽しいことはない」
「私は別に。全部、魔王様のおかげだし。……感謝しています、魔王様」
「だとよ、 魔王様?」
ライ君がわざとらしく、俺を呼ぶ。
「はいはい、俺が魔王ですよー。そろそろクルミさんも、俺にだけ敬語使うのやめてほしいんだけどなー」
「却下します。……魔王様は、もう少し畏怖の念を抱かれるべきですので」
「ちぇー」
俺はなるべく魔王っぽい座り方で、玉座に深く腰掛ける。
「ねえライ君……クルミさん全然楽しそうに見えないんだけど」
「そうか? 俺には心底、ほっとしてるように見えるけどな。勇者のやつが、死なないでくれて」
「ちょっと兄ちゃん!」
クルミさんが、ライ君の肩を軽くはたいてから、軽く咳払いをする。
「ええ、ええ。それはもちろん、楽しみですよ? かつての友に裏切られ、その命を差し出す瞬間の絶望の瞳を、私はもうすぐ……拝むことができるのですから」
「……」
「全ては、魔王様のため。全ては、兄ちゃんのため。全ては、アヤメのため」
クルミさんが、虚空に微笑む。
「待っててね、アヤメ……。明日私が、あなたを楽にしてあげる」
そして俺は思う。もうこいつが魔王でいいんじゃないかな。
「七月九日。それがこの世界での、アヤメの命日」
「明日か。次の予言は、当たるんだろうな?」
ライ君の問いかけに、クルミさんがコクリと頷く。
「こっくり様のお告げは外れない。それに」
そして俺に向かって、吐き捨てるように宣言する。
「魔法使いは、嘘を吐きませんから」
「……」
俺は、天井のステンドグラスを見上げる。魔王城の天井にあるのに、なぜか女神がかたどられているそれは、一瞬キラリと輝いたように見えた。
第三章【新たな仲間】完結
勇者アヤメの死まで、あと一日。