「それでサイカ、新しい身体はどうだ?」
朝ご飯を済ませ王都へ出掛ける準備をしていると、地下室へと続くらしい階段の奥の扉が閉まる寸前、その向こうから、サイカ・ワの同居人で嘘つき吸血鬼のザックの声が聞こえた。
「新しい、身体……?」
アヤとアリスは、ゴッデスマーライオンのマーちゃんと特訓中。アヤは朝ご飯の前にサイカ・ワとも特訓していたらしいけど、相変わらずそういうところはストイックだ。
「……」
この場にいるのは私だけ。あの吸血鬼は私たちが引っ越してきた初日から、怪しい動きしかしていなかった。嘘しかつかないし、私にアヤを倒させようとするし、それに酒癖も悪いらしい。悪事の証拠を押さえて問い詰めるなら、今しかない。私は音を立てないように慎重に階段を下り、扉の前で耳を澄ませた。
「朝試した感じですが、魔法も問題なく作動していました。ところで、この肋骨ミサイルと爪爆弾の作動法は?」
肋骨ミサイルと、爪爆弾……?
「そいつは魔法が封じられたときしか使えない、最終手段って言っただろ? それに一度使ったら次の身体を用意しとかないと、長くは持たない諸刃の剣だ」
まさかあの吸血鬼、口だけじゃなくて本当に、サイカ・ワの身体を使って卑劣で外道な実験まで……?
「ちょっと、二人とも!?」
私は思わず、扉を開けた。
「え…………?」
私の視線は、手前の二人ではなく部屋の奥へと吸い寄せられていた。そこには、いつもの緑色のパーカーを着せられたサイカ・ワが入った、巨大な水槽があった。
「…………」
緑色の液体で満たされたその水槽の中には、数え切れない数のサイカ・ワが、浮いていた。
「ルリさん……?」
「おっと、おいでなすったか」
その水槽の前で話をしていた、目の入っているサイカ・ワとザックが、こちらを見た。
「なに……これ……?」
「ザック……わざと鍵をかけませんでしたね」
「おいおい、うっかりだようっかり! わざとじゃないって」
サイカ・ワがため息をつき、水槽の前の装置らしきものをいじる。すると天井から真っ黒なカーテンが下りてきて、その不気味な水槽を隠した。
「すみません……お見苦しいものをお見せしました」
「今の……何なの……?」
「そちらの世界の言葉を借りるならば、僕のクローンです」
「クローン……?」
「簡単に言えば、生物の細胞を採取して培養し、同じ個体を作り出したものです。この身体が破壊された瞬間、僕の魂には先程のクローンのどれかに転移するよう、自動魔法がかけてあります」
「……」
淡々と説明を続けるサイカ・ワ。私が何も言えずにいると、ザックがまた、私たち以外の時間を止めた。
「こいつは心臓をなくしちまったからな、どれに魂が入っても同じなのよ」
「心臓を、なくした……?」
なぜか、アヤの最期が脳裏をよぎる。
「そういやーあの勇者も、抉り出した心臓を食われて死んだんだったか?」
「何でっ、それを……?!」
「あいつの血から、記憶を見せてもらったんだよ。おっと、ほんのちょっとしか吸ってないから安心しな」
「そういう、問題じゃ……」
まずい……またこいつのペースに……!
「言っただろ? サイカも心臓をなくしてるって。俺は、こいつの心臓を探してやってるだけなのよ。そしたらまぁ、ビンゴだったってわけ」
「え……?」
袴姿の吸血鬼が、心底楽しそうに笑う。
「千歳アヤメの中で今動いている心臓は、サイカ・ワ・ラノの失われた心臓だ。血の味が、完全に一致したからな」