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第2話

 日本という国は割と平和な国だと思っている。

 過去英国にて貧民街などを見てきた自分としては、日本国はそういった区画が少ないと思う。

 平和な国と聞く理由が分かった気がしたのは、この国に移住をし始めた頃だった。


 僕はシュガーシュガー。正式な名はもう少し長いけれど、もう何年も呼ばれていないからこのままでいいと思っている。


 人のフリをした、だ。


 なぜ正体をこうもあっさりバラすのか、不思議に思った方は正しい反応だ。しかしながらこの世の中において吸血鬼が現存していることを知っている、もしくは信じているものは少ない。ゆえにバラしたところでなんの弊害もないのである。

 ほら吹きだと笑われるような平穏な時代だ。僕はわりと、この国のそういった風潮を気に入っていたりする。



 * * *



「…………おーい、おはようございまーす」


 どこかから、自分に向けられているであろう声が聞こえた。何度も同じ声が届くので、気になった僕はうっすらと重い瞼を開いてみた——瞬間、深淵より黒い銃口が視界いっぱいを覆い尽くした。


「っ、はっ?」

「あと三秒で起きなければ、この引鉄を引きまーす」


 三、二、と聞こえる音に、すでに撃鉄は起こされているのだと刹那で判断する。


 僕は無意識に銃口を掴み眉間から逸らし、枕に埋めた。

いち」という声とともに、普通に生活をしていたら聞くことは限りなく無いであろう銃声音が、僕の部屋中に響き渡った。



「……あーあ。あと少しだったのに」

「お前っこれっ実弾じゃねえか! あと『あと少しだった』ってなんだ! こら、僕を見ろ!」


 さっきこの国は平和な国だと思ったばかりだというのに、これでは物騒すぎる。

 ここが町外れの森にぽつんと建つ一軒家で良かったと何度思ったことか。

 一歩間違えたら警察沙汰案件だ。

 間一髪、と言えば聞こえはいいが……朝っぱらから警察に世話になるようなことはやめてほしい。


「おはようございます、シュガーシュガー。今日も遅刻ギリギリに起きることができましたね、おめでとうございます」

「なっ!」

「以前より忠告してると思いますけど……いくら朝が弱いからって、お寝坊はいただけませんから。こうして心を痛めながら日々主人に銃口を突きつけて……っと失礼」

「ふざけんな! お前絶対八割方楽しんでるだろ!」


 仮にもに対して銃口を向けるなど反逆行為もいい所だ。


 銃刀法違反、さらには殺人未遂罪で警察に突き出すことが世の最適解であるが、僕たちに人間の法律は通用しないし、そもそも

 実弾であろうと、死なないのならなんでもいいと、彼女の愚行を許してしまう僕は甘いらしい。


 彼女はレガロ・マスティア。この国では佐藤レガロ・マスティアと名乗らせている。頬や腕に大きな火傷を持つ、黒く長いくせ毛が特徴の女性だ。

 何も話さなければ美しく可憐な美女であるというのにどうしてこう育ってしまったのか。溜め息交じりに彼女を見ると、彼女はグロック式の実銃を右手でクルクルと遊びながら楽しげに笑っていた。


「で、気が済んだかい、レガロ」

「はい、とても。だって……」


 レガロの言葉にあざけりの色が見えたのは、きっと気のせいではない。こういう時の僕は、なにか重要なことを忘れていることが多いからだ。


 なんだ、なんだ。

 少しして、部屋の時計が目に入る。

 あ。


「学校ーーーー!!!」


 レガロが笑っていたのは、どうやら主人ぼくの小さな不幸だったらしい。

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