目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第3話

 あと五分で出なくてはならない。


 さすがに気遣いの心は持っているらしく、レガロが「車で送りましょうか?」と言ってきた。

 普段なら避けたいところだったけれど、時間も時間だ。僕はあまり気乗りしないまま、首を縦に振った。


 ……どうして僕がレガロの送迎を渋るのか、その理由は送迎後の校門前にある。



 * * *



 校門前に着き、行ってらっしゃいとレガロが名残惜しそうに僕の灰色がかった髪を梳く。ほどなくして車は動き出した。

 僕は車が見えなくなるまで見送ったあと、大きくため息をついた。それはなぜか。理由はすぐに分かるだろう。


「おはよー、佐藤」

「ああ……おはよう山田くん」

「相変わらず派手だよなー」

「まあ、そうだね」

「朝からスーツにグラサン。どこかの殺し屋みたいだな!」

「あはは、はは……」


 あながち、間違いではないから笑えない。


 行こうぜーと山田くんが校舎へ入っていく。

 僕も、何事も無かったかのように同じように校舎へ入った。



 * * *



 僕は今、この国で『佐藤砂糖』と名乗り小学六年生として平穏に暮らしている。

 学校生活というものを経験してこなかった(する必要性がなかった)人生だったが、これが案外面白くて気に入っている。


 教室に入ればクラスメイトたちが各々おはようと学び舎の友人たちに挨拶を交わしていた。

 昨日のあのテレビ面白かったよな、今度あのヒーローのおもちゃが発売するらしいなどなど……。僕にはよく分からないけれどきっと旬な話題も挙がっていた。


「よお佐藤! 今日は派手な登校だったな!」

「さすがお坊ちゃん!」

「あはは……」


 適当に答えを返しつつちらりと教室の掛け時計に目を見遣れば、ホームルームの時間までは少し余裕がある。

 間に合った。ありがとうレガロ、と心をなでおろしていると、ひとりの女子に捕まった。

 確か彼女は……クラス委員長の井口さんだ。


「おはよう佐藤くん」

「おはよう井口さん」

「今日校門前にいたのって、お姉さん?」

「えっ、あ、まあ」


 一瞬、お姉さんというのがレガロを指しているのだと、言葉を紐づけるのに時間がかかってしまった。

 レガロのことは父親の違うハーフの姉、ということになっている。

 僕たちの生い立ちに関しては、話せば長くなるので割愛するが、多くある国の中で日本を選んだのは国内にいる協力者を頼るためだった。そして協力者の助言の許、兄弟と偽ることは日本で暮らすために必要な事だったのでそう周りには話している。


 しかし頭では分かっているものの、たまにこうやって訊かれるとどうであったっけと記憶を辿らなくてはならないのが難点だ。

 それにここだけの話、年の離れた兄弟というで生きているけれど、実際の関係値とは異なる。

 僕としてはそれがむずがゆいところ。なんなら僕の方がレガロよりもうんと年上であるし。

 偽り続けるというのも大変なんだなと近頃感じていた。


「そう。……」


 僕が歯切れ悪く返事をしてしまったからか、井口さんは俯いてしまった。


「? 井口さん?」

「……お母さんが、言ってたの。お姉さん、顔や腕にひどいやけどをしてるんだって。悪い男にでも捕まったんだ、だから近づいたらダメよって……」


 そう来たか、と思ってしまった。


 確かにレガロの顔や腕には酷い火傷がある。遠目から見ればそれは人魚の鱗のようにも見えるらしいそれを僕は割と気に入っているけれど、得体の知れないものだと気味悪がる者も、少なからずいる。

 井口さんの母親がそれだろう。言わないだけでクラス中の両親が思っていることかもしれない。関わるのはよしなさいと、子供たちはそんな親心が、怖くて仕方がないのだ。


「……井口さん、ありがとう」

「……え?」

「僕たちはそういうの特に気にしていないから。井口さんは気を使ってくれたんでしょ? その気持ちだけで十分だよ」


 何百年と生きる僕の方が、あの子よりも気味が悪いのだから。



 井口さんが言葉を続けようとした瞬間、ホームルームを告げるチャイムが校内に響き渡った。

 井口さんは何やら不満そうにしていたけれど、これ以上深く関わられるのはよろしくない。

 僕たちは担任教師が入室すると同時に自席へと着いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?