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第4話

 ホームルームが始まり、担任教師の内海山うつみやま先生が教鞭に立つ。その顔はいつもと異なりどこか険しい。


「——みんな席に着いたわね。おはようございます。突然ですが今日は午後から休校になります。皆さんのご家族にはすでに一斉メールを送っていますから、授業が終わり次第、速やかに下校するように! 連絡は以上になります。じゃあ出席取るわねー」


 ちょっと待て、何が『以上』なんだ。

 こんなにも恥ずかしい思いをして、頑張って登校したというのに、午後から休校だって⁉

 それもすでに一斉メール送信済み!


「……はあ……とことん報われない日だな、今日は」


 僕は分かりやすく落胆し呟いた。だが考えてみれば、ここでひとつ疑問が生じる。


「せんせー、どうして午後は休みなの?」


 クラスメイトのひとりが訊く。

 そう、問題はそこなのだ。

 これまで平穏だった日常に突然の帰宅命令。一斉メールの内容に答えがあると推測できるが……今の僕にそれを知る手段は無い。

 さて、内海山先生は答えてくれるだろうか? 下手に隠そうとすれば、そこそこ知能もついてきた十二歳の子供たちにどこまでも答えを追求されるのがオチだろう。ここはひとつ、素直になった方が身のためだと思う。

 僕の考えが届いたのか、内海山先生は渋々その固く閉ざしていた口を開いた。


「好奇心旺盛なのはいいことだけど、あまり深く関わると危ない目に遭うわよ? ……でもそうね、これを聞いて気を付けてくれることを約束するなら話しましょう」


 どうせ一限目は私の授業だしね、と言った内海山先生の表情は晴れない。本当に聞かせたくないんだろうな、なんて思うが、子供たちは元気よく返事を返し、今か今かと純粋な目をして先生の話を待ち望んでいる。

 少ししてホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、ついで、一限目を知らせるチャイムが鳴った。


「……ここ一週間の間に、小学生を狙った誘拐事件が多発しているの」


 重たい口から放たれたそれは、思っていたよりも覚悟を要する内容だった。


「我が校での被害者はまだ確認されていないわ。だけど、隣の学区の小学校で連続して被害者が出ていることから、ここも危険だと校長先生を含む私たちが判断しました」


 ざわり……と子供たちの息を飲む音が教室に響いた。内海山先生の話し方はおおよそ子供に向ける口調ではなかったけれど、子供たちもその事の重大さに気づいたようだった。


「ご家族にはその事を伝えているし、昼食時になれば送迎が可能な人は来てもらえるようにしてあるから、安心してくださいね」


 先生の言葉に安堵する音がちらほらと聞こえてきた。いつもバカをやっている不良枠の生徒も、今回ばかりは真面目に話を聞いていたようだった。

 ふと先生の表情が陰りを帯びる。声は薄く聞き取ることは難しかったが、彼女は確かにこう言った。「あんな子たち、狙われて当然なのよ」と。

 僕は思わず目を見開いて彼女を見つめた。内海山先生は僕の視線には気づいていないようで、次の瞬間には陰りは消え去っていた。


「じゃあこの話は終わり! 残りの時間、授業しますよー」


 不可解な点が僕の中で渦巻くも、解明できるのはまだ先になりそうだと口をつぐむ。


 こうして、残り半分の時間は、内海山先生の担当科目である国語の授業が行われたのだった。



 * * *



 僕は誘拐事件について考えてみる。

 隣接する学区での小学生誘拐事件。概要については詳しくは話されなかったけれど、今夜辺り出かけてみてもいいかもしれない。そこはレガロに要相談だ。


(小学生を狙う理由……何か考えられることはあるだろうか)


 それに、と僕は一時限目に内海山先生が呟いた「あんな子たち、狙われて当然なのよ」という言葉を思い出す。この言葉がなければ、きっと僕はこの事件に関して関心を持つことはなかっただろう。

 人身売買のため、身代金のため、フェミニストによる衝動的快楽殺人のエサ……。

 今のところ考えられるのはこれくらいで、詳細がわからなければどれも妥当に思えた。犯罪場所が近いというのも厄介だ。

 いくらここが祖国から遠い地であれ、知ってしまった以上は見過ごせない。まったく、そう思ってしまう僕も、随分と甘くなったものだ。


(それに……)


 僕は日本の警察というものを、信用していないわけじゃないけど、備えておくに越したことはない。


 もしかしたら、その犯罪者は組織の一員かもしれないのだから。

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