内海山先生を問いただした翌日、僕たちは再び集団下校を強いられた。今日も家族の迎えがあるのかと思っていたけれど、そう毎日毎日来られる人はいないだろう。
来られる人は来てもらい、来られない場合は近所の子供たちで集団下校をする手筈となっており、僕の班は僕を含めて山田くんと井口さんの三人だった。その足取りは当然、重かった。
「集団下校しなさいってことは、犯人、まだ捕まってないってこと……なんだよね?」
ランドセルにくくられた給食袋が、まるで今の子供たちの心情を表しているかのごとく大きく揺れている。
「そうだね」
「怖いなあ」
「何言ってんだよ井口。犯人いるの隣町だろ? 結構な距離あるし、すぐに来るわけねえじゃん。なあ、佐藤?」
「そうだね」
僕は待ち遠しくて仕方がないけどね。とは、言わなかった。
まだ確信は持てていないが、きっと内海山先生の体のどこかには月の刺青のアザがあるはずだ。僕はそのアザを持つ者に会う機会をずっと待っていた。これを好機と言わずしてなんと言おう?
「……なあ、お前さっきから『そうだね』しか言わんくね? ちゃんとおれたちの話聞いてるか?」
「そうだね」
「聞いてないね」
「そう……ん? どうかした?」
ふと僕は何か訊かれたような気がして俯けていた顔を上げた。目の前の二人は顔を見合わせて、あきれた表情をすると僕を見返した。
「……いや、なんか何言っても無駄な気がするからなんでもない」
「わたしも」
「?」
その言葉の意味はよくわからなかったけど、まあ二人が「良い」というのだからこれ以上詮索するのはやめておこう。
* * *
夕暮れが美しい時間帯。季節は夏に差しかかる頃。新緑の匂いをまとう風が一瞬、影を帯びて僕たちを過ぎる。その瞬間、僕は背後になにかの気配を感じて後ろを振り返った。だがそこには何もいなかった。
しかし、僕の感じたあの気配は気のせいではないはずだ。この僕が一度でも向けられた悪意を……殺意を見逃すはずがないのだから。
勢いよく振り返ったからか、背後で仲良く歩いていた山田くんと井口さんがキョトンと首を傾げている。
「どうかしたか、佐藤?」
「……いや……」
影が伸びて暗闇が濃くなっていく。こういう時間は僕の側に生きる者たちにとって最高の食事時だ。万が一にでも犯人がただの人間であるなら、ここまでの警戒は必要ないだろう。けれど僕は犯人がこちら側に生きる者だと確信している。
悶々と考えをめぐらせていると、不意に「とん」と背中を押された。次に見えたのは整備されていない凹凸のできた硬いアスファルト。突然すぎて油断していた僕はそのまま受け身も取れず地面に倒れた。
「きゃっ」と井口さんの小さな悲鳴が聞こえて、次に「な、なんで」と山田くんの困惑した声を聞く。僕はといえば、顔に擦り傷ができたことに少しだけイラッとした。
「……ああ、やっぱり……」僕から出た言葉は、そんなものだった。
目の前に立つのは内海山先生だ。けれど、その雰囲気は昼間とは違う。
目立たない人でその長い髪をひとつに束ねて清楚にしていた教師の鏡のような面影は無く、シャツの胸元を大きく広げて目に闇を宿して髪を解き見下す彼女は、本当に昼間の人物と同一なのかと疑いたくなる。
けれどかなしいかな、彼女と目の前の女は同一人物だ。
……ああ、そうか。やはりあなたが犯人か。彼女の左胸にある月のアザに、僕は良心が痛んだ。
僕は至って冷静な思考で内海山先生であろう人物に問う。
「先生こんばんわ。先生も帰り道こっちでしたっけ」
それともこれからデートですか? と子供らしい笑顔を見せると、内海山先生は眼光をより鋭くして舌を打った。
威圧的なそれは子供を怖れさせることなどたやすい。山田くんと井口さんは涙目になりながらその場に立ち尽くしていた。
(ああ……こんな予定じゃなかったんだけどな)
そもそもこんなに早く彼女が動くとは思ってもみなかった。
(昨日、術をかけたのが
自分の目的のために選択を早まったのがいけなかったのか。
(僕ひとりならなんとかできるけど……二人はどうする?)
僕も非道じゃない。だがこの状況では二人を庇いながら犯人と応戦することは難しい。
(せめて……
今のこの状況を、すぐにでも打破できるだろうに。
「あなたたち、黙って私についてきなさい。ああ……死にたくなかったら、叫んで助けなんて呼ぼうと思わないことね」
僕は苦笑いをして、内海山先生について行く選択を選んだ。
あとから追いついてくるであろう、レガロにすべてを投げて。