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第10話

「——おい、おいレガロ! ……マジか。今の今だぞ、電源まで落とすやつがあるか?」


 斎条の携帯から『お掛けになった電話番号はお出になりません……』という、淡々とマニュアルを読む機械的音声がループする。おそらく今から何度かけたところで、同じ言葉の羅列を聞くだけだろう。

 それから、レガロという人物は一度向けた意識を戻すのに時間のかかる子であったことを、今更ながら斎条は思い出した。



「……斎条君」



 名を呼ばれたことで、斎条は今置かれている状況現実に戻された。振り返り前を向いた先にいるのは警察上層部の——特異犯罪を扱う者たちだ。彼らは現代日本において認知されない特異点にその存在を置き、人柱を担っている。

 ここにいる四人は古来日本の四神が先祖返りをした家系の者とされており、日本国の影の権力者として暗躍してきたという噂も聞く。斎条は神経をすりへらす日々にはもう慣れたが、それでもまだ慣れないこともある。


「……あの小娘がまた、何か無理難題でも言うてきたか?」

「……小学児童誘拐事件を、ご存知ですか?」

「ほ、ほ。ちまたで賑わいを見せている、未解決のじゃの」

「そういえばお前さんの保護監視下に置いているあの佐藤とかいうきょうだい、いっぽうはの血族ではなかったか?」


 よもやそやつの仕業ではなかろうな? というセリフが酷くさっきを帯びていて痛みを感じる。

 苦手だ。あからさまに向けられる、嫌悪の感情は。


「有り得ません。現に彼は犯人と思しき人物と接触し、人質として捕まっています」

「自作自演では?」

「それも有り得ません。レガロがこちらを裏切っていないのが証拠です」

「それは信用に値するかえ?」

「……私の命に替えましても、断言できます」

「……ほ、ほ。ほ。では、良いのではないかえ? 何か困り事があるのであろう、斎条君。事件解決のため、必要であれば我ら四神の名を使えばよろしい」

「……‼ ありがとうございます!」


 斎条は心から感謝の意を込めて勢いよく頭を下げた。事件解決まであと少しだ。

 事は一刻を争う。早急に「失礼します」と顔をあげようとしたその時、じわりと、今までの比ではない悪寒が彼の背に這った。



「——異国の者よ」



 それは心臓を掴む、闇より深く、凍てついた手。


「こちらの理にあまり踏み入るでないぞ。どうなるかわからぬ鹿では無いだろうて」

「…………こころ、えて、おります」

「分かっているならいいんだ」

「今後も気をつけよ——

「————」


 息を呑む。同時に四つの気配が一瞬にして——消えた。



 * * *



 凪のような時間が、荒波に揉まれた嵐のような轟々と音を立て始める。静寂なんて優しい言葉、この空間においては刃物よりも鋭利だ。

 心臓が落ち着くのを待つ。何度も息を意識して、吸って、吐く。

 きっと世の中の『上司の圧』とは比べ物にならない重圧を、今日も彼は耐えていく。


 誰もいない会議室。ようやく息が落ち着いた斎条は、ここ一番の大きなため息を吐いた。



「……あんの、クソ爺共があああああ!!!」



『平穏』とは程遠い職場で胃を痛める日々。

 シュガーシュガーとは違う意味で平穏を求める男、それが斎条であった。

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