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解決編

第12話

「なんでっ、どうしてここが……っ!」


 突然空から降ってきたレガロに、動揺を隠せないでいる内海山が叫ぶ。レガロは興味なさそうな顔をしてその問いに答えた。


「簡単な話よ。あたしがシュガーシュガーの居場所を見つけ出せないことなんてありえない」

「……それ、答えになってないよレガロ」

「今はあたしの言葉が答えですよ、シュガーシュガー」


 まんざらでもない顔でレガロが言う。誰だ。僕の従者に自己中心的な解釈を持たせたのは。


 ——ああ僕だよ!

 昔から盛大に甘やかしてきたのはこの僕だよ!

 じゃあ自業自得じゃないかコノヤロー!


 一人コントで心から叫んだ僕がレガロに睨みついたのと同時に、彼女の携帯電話が宵闇に似つかわない軽快な音を奏でた。

 画面をスワイプし通話に出る。奥で何を話しているのかまでは聞こえなかったが、おそらく仕事に関する電話だろう。レガロの表情が、普段僕に向けるものからガラリと仕事用のものに変わった。


「……何事も穏便に済ませたいのですが、申し訳ありません。貴女は今をもって政府公認の粛清対象となりました。よってこれより、粛清の執行を開始します」


 ガンッ‼ ——レガロが言い終わるか終わらないかの境に、突然銃声が僕たちの脳を穿った。撃ち放ったのはレガロだ。薬莢が足もとに落ち、硝煙の臭いが立ち込める。


「ぐぅ……‼」


 そしてその銃弾は内海山に的中したらしく、彼女の左肩が血液とともにぐっしょりと


「あれ。胸部を狙ったはずなのに避けられた。


 煽るように嘲笑うレガロ。同じセリフを言う彼女の余裕に呑まれた内海山の目には恐怖の色が浮かんでいた。



「……どうして先生の肩、濡れてるんだろう……」


 ふと井口さんが、僕の背からぼそっとそんなことを呟いた。

 確かに一般的な拳銃に撃たれたことを想像してみれば、あのように雨に濡れたような見た目にはならないだろう。

 あれは、国から特別に配当された彼女専用の銃器だった。


 レガロの水弾の主成分は水だ。あの銃は、水分を圧縮し凝固させたものを薬莢中に込め装填し射撃するもので、その威力は通常の銃撃をはるかに凌ぐ。


 僕も過去に一度だけ、力の制御を誤った彼女の銃弾をこの身に受けたことがあったけれど……ああ思い出したくもないな、あの時の衝撃は。


 水は、どんな刃物よりも切れる。

 たかが水と思うことなかれ、である。


 水を操ることを可能にしているのは、彼女が人魚の血を引くだからだ。


「あの銃、特別性なんだよ? かっこいいでしょう、うちの姉さん」


 僕は井口さんを安心させようと笑って見せた。

 井口さんにとって今の状況は『非現実』だ。非現実に生きている僕やレガロとは違い、井口さんは明るい世界の住人なのだ。

 非力なができることは、せめてこの状況がすべて夢物語であったのだと思わせることだけ。子供に、こちら側の事情に干渉させてはいけないからね。


「ああっ」と内海山の悲鳴が何度も僕たちの耳に届く。レガロが放つ銃弾は無情にも内海山の体中を次々と傷つけていく。

 レガロが優勢かと思われたこの粛清戦、僕には妙な胸騒ぎがしてならなかった。


(何か、おかしい気がする)


 その違和感に気がついたのはレガロが苛立ちの表情を浮かべた時だった。

 彼女たちをよく観察して見れば、レガロが撃ち放つ弾丸を内海山がギリギリのところで受けていた。

 そう、内海山は弾丸を避けずすべて受けているのだ。


 レガロの射撃の腕は、感情に左右される点を除いてはかなりコントロール精度が高かったはずだと僕は記憶していた。彼女はその腕を買われ、何度も相手の戦力を削ぎ犯人の逮捕に貢献してきたのだ。

 今回の粛清も例外ではないはずで、内海山の戦意を喪失させるだけの傷をつけ、拘束しようと計画していると思っていた。だけど、この状況はレガロにとっても予想外なのだろう。苛立ちが目に見えて、内海山に主導権を持っていかれている気がしてならなかった。

 そしてその真意に気づいた時、一発の銃声が室内に響く——はずだった。


「——待って、レガロ‼」


 レガロが次弾装填のために内海山から目を離した刹那の時間、僕の制止する言葉を聞く前に内海山からの反撃を食らい、レガロはそのまま体勢を崩し地面に倒れてしまった。「きゃあっ」井口さんが悲鳴を上げる。僕はそんな井口さんに目もくれずレガロに駆け寄った。


「レガロ……っ」

「うぅ」


 小さく呻くレガロは、左肩に一線の切り傷を負っていた。まるで風が彼女の肩を切り裂いたような痕だ。

 対する内海山を見る。彼女の傷は、跡形もなく無くなっていた。


「もしかして、反転術か……?」

「——その通り。本当に、勘がいいのね」


 内海山が嗤う。その声色はコピー品のように、似ているだけだった。

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