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第14話

 の者、朱月しゅげつの王と呼ばれる吸血鬼。

 闇より深い、闇に生きる者——。

 それが僕の『異名』だ。



 * * *



 砂ぼこりが落ち着いていく。

 たった数量の『』を得ただけでは僕の体が完全に戻ることはないけれど、今この状況を打破するだけの力は戻った。

 僕は昔の相棒である、大振りの鎌を携えて彼女の前に立つ。


「さあ、狩りを始めようか」


 鎌を振りかざし、一気に場を詰める。しかしこの小さな体での力の解放は初めてのことで、うまくコントロールができない。

 僕の鎌は内海山の右肩に触れ、彼女は躱しきれずその場に転倒した。その目は怯えに染っている。僕の口角が静かに上がった。


 僕はいつだって狩る側だ。その目にはもう慣れた。

 憐れむことはしない。を働いた子供には、灸を吸えねばならないのだ。


「逃げるなよ。手元が狂って、もっと傷つけてしまうだろう」

「あ、ああ! この、う、裏切り者! 四皇を裏切り人間側についた堕落王が‼」


 随分と懐かしい響きに、思わず手が止まる。あの日の走馬灯が脳裏を過ぎった。



 * * *



 希少種を人間に売り、僕たちを裏切ったのは『四皇よんこう』と呼ばれる四人の異形の王たちだった。


 僕が自らの体を犠牲にし、研究所もろども消し炭にしたのだ。やっとの思いで終わらせたあの日の真実を、ルカが知らないのも無理はない。

 僕たちが生きていることが知れたら、四皇は何としてでも僕たちを捕らえて殺すだろう。あの場所のあったを知る僕たちの口封じするために。

 何故ならあの研究所こそが、四皇のための『』だったのだから。


 だけど、彼らを守ったつもりが、事実は時をかければこうも簡単にねじ曲がる。



 ——生まれながらにして死に行くこの子をお使いください、シュガーシュガー様。



 不意に、の死の間際の言葉が脳裏に浮かんだ。


 あの日……レガロと同じ目をしていたあの人は、すべてを理解して、ぼくにの体を差し出した。

 遠い、遠い記憶だ。


「……ほんとうに……気が滅入るよ」


 感傷に浸るのはらしくないと思いつつ、あの人の笑顔が浮かんで僕は思わず笑みをこぼす。

 彼女を失うことは必然だった。そして彼女も、そうなることを分かっていた。

 あの日も同じようにこの鎌を振りかざした。彼女は目元をきらきらと涙で輝かせて、最期は笑顔で亡くなった。

 あの時の笑顔を、僕は一生忘れることはない。



 鎌を握る手に力がこもる。

 目の前で恐怖におののくルカの目を、ただ無心で見た。

 たくさん見てきた『目』だなと思った。

 四皇を裏切り、研究所を壊滅させ、中にいた人間も、同族たちも、同じ目をしていた。

 彼らを四皇から救うために必要な行為だった。だけどこの目を見たところで、僕が心動くことは無い。


「…………残念だよ、鏡蝙蝠のルカ。大人しく故郷で暮らしていれば、死なずに済んだだろうに」

「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい‼ 故郷はお前が奪ったんだ! すべてを燃やし尽くして灰燼かいじんにした!」

「あそこは本当の故郷じゃない。悪魔の地だ。お前の見ていた研究所こきょうだったんだ」

「あ、あああ、アアアあぁああああ!!!」


 ルカの絶叫が月夜に響いた。憐れだと思えど、情けは必要ない。僕は鎌を振りかざし、無慈悲にも、目の前で泣き叫ぶ少女の首を刎ねた。

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