オルガレオに手配された救急車に乗って軽い触診を受け、病院に着いてからレガロだけが処置室へと通された。まああれだけの怪我を負っていたのだから当たり前かな、と思う。
「機嫌直してよレガロ。ほら、病院代は全部オルガレオにつけてしまえばいいんだからさ」
「いいえシュガーシュガー。あたしは納得がいきません。なんであたしだけ治療を受けられるのですか? あなたも受けるべきでしょう!」
「僕はどこも怪我してないから必要ないとお医者さんも判断したんだよ。あとここ病院だから叫ばない」
気を荒立てるレガロを言い宥める。これではどちらが『大人』か分からないな。
ため息を吐き、周りの患者や看護師たちの白い目をくぐり抜けていくと、目立つ黒スーツの人物が突然僕たちの前に現れた。
「
レガロが彼に気がつき敬礼をした。対して御崎という男も敬礼を返した。
僕の知らない人だ。彼女の袖を引き訊く。
「同じ職場の人?」
「ええ。特異課の同僚の方です。お疲れ様です御崎警部。どうされたのですか?」
「斎条主任から、今事件の被害者の状態についてお知らせするようにと言われてね。皆怪我の具合や精神汚染に関しては軽症で日常生活も支障のない程度だったそうだ」
「せ、先生は? 内海山先生も大丈夫だった?」
「はい。内海山さんも、問題ないと伺っていますよ」
「……よかった……!」
一番
(……まあ、その分レガロに心配かけちゃったけど)
チラリ横を見る。当の本人は僕の心の声を
(気にしてなさそう……?)
本人が気にしていないのなら触れないでおこう。
いつかこの日を思い出した時にでも怒られようと、今はそっとしておく。
「レガロ、帰ろう?」
彼女の袖を引いて、気を僕に向ける。レガロは一瞬だけ僕のことを見て目を見開いたけれど、すぐに笑顔になり「帰りましょうか、シュガーシュガー」と僕の手を握った。
* * *
とぼとぼと帰路を進む。朝日は完全に昇りきってしまった。レガロは少し眠たそうだ。
病院で治療してもらった箇所に見える包帯は、僕たち子供を守るために戦った証明だ。白に赤が少量滲んでいるのが痛々しく見えて、それでいて愛おしくも感じる。
(美味しそうだけど、舐めたら死ぬからなぁ……)
気を紛らわすために空を見上げる。月がまだうっすらと名残惜しそうに浮かんでいた。
「……良かったんですか? みんなの記憶、全部消しちゃって」
ふと、寂しげなレガロの綺麗な声が鼓膜に響いた。
「うん?」
「今日の記憶だけで良かったじゃないですか。なんで、シュガーシュガーに関する記憶を全て消すように命令を……」
「……あのね。僕たちの存在は特異だし、そもそも表の世界に認識されてしまったら、それこそみんなに危険が及んでしまう。だからいいんだよ。それに『学校』というものも充分満喫できたしね!」
前向きに捉えようよ! と僕は笑ってみせるけれど、レガロの表情はどこか晴れなかった。それはきっと。
「でも、今までのみんなとの思い出がなくなった」
僕のことを想うがゆえ、だろう。
「ほんとうに、お前は優しい子だね、レガロ」
「やっと、あなたのここでの居場所ができたのに……」
また独りになってしまう。
僕の手を握る力が少しだけ強くなった。僕は安心させるため彼女の手を握り返した。
「独りなんて慣れたものだよ。僕は闇に生きる朱月の王だ。いつかはこうなる。人と僕とは違うのだから」
それに、と僕は続ける。
「……僕の居場所はいつだってお前のいる『ここ』さ。
そう笑えば、ようやくレガロもそうですね、と微笑み返した。
「では帰り道の洋菓子屋さんでマカロンでも買っていきましょうか。シュガーシュガーが好きなレモン味の!」
「今
あはは! と大声で笑い飛ばすレガロに僕は少しだけ安堵した。
これでいいんだ。何もこの件のすべてをレガロが背負うことじゃないんだから。
あの人といつか約束したことを思い出す。レガロは優しい子だから、きっと原因のすべてが僕個人に関係していても胸を痛めるのだろう。
「お前は笑顔が一番だよ」
それは僕のエゴかもしれないけれど。
それでも君には笑っていて欲しいから、僕は心の中で束の間の平和を噛み締めた。