天津光が丘学園都市は
この地に元から住んでいる者、モノノケを狩るために集められた異能者や研究者、あるいは島流しにあった者たち、さまざまな人間によって今の学園都市がある。
モノノケが現れた起源というのは定かではないが、古くから戦いの記録が残っていた。彼らは人間の負の感情によって生まれ、それを餌として吸収する。
人間がいる限り、モノノケは消えない。そんな存在を狩る組織がこの学園都市にはあった。
白を基調とした大聖堂のような校舎の周囲は木々が囲い、春には桜の花を咲かせる。華やかさとは裏腹に広いグランドでは武器を構えた生徒たちが組手をしている光景が窺えた。
学園の中庭は色とりどりの花々が植えられ、蜜を求めて蝶が飛び穏やかだ。
そんな中庭に続く外廊下からテラスを眺めていた生徒たちの声がした。
「スノードロップがいるぞ」
「え、
ひそひそと囁かれる声に幽璃は眉を寄せる。来栖幽璃:コードネーム=スノードロップは学園ではひと際目立っていた。
高等部一年でありながらモノノケ討伐の出撃許可が下りた優等生であり、その成績の良さに彼女が歩けば生徒たちは目で追うほどだ。
「幽璃は目立つなぁ」
「真司は他人事ね。私のサポーターなのだからお前も目立ってる」
「あたしもだよねぇ」
「お前たちは道連れだ」
「なんだよ、その面倒な道連れは」
真司は突っ込みを入れながらおにぎりを頬張る。今はテラスで遅い朝食をとっているところだ。
まだ何か言われているのが聞こえてくるが、真司は「あんなもの放っておけ」と言って、何個目かのおにぎりの包装を剥く。
放っておくのが一番なのは分かるが、見物されてはせっかくの食事もあまりおいしく感じはしない。食事をとらなければ支障はでてしまうので黙々と食べていれば、あっと真司が声を上げた。
「
「あぁ……最近、活動が活発的な異能者組織か」
幽璃がそんな返しをすれば、真司は携帯端末を操作しながら頷いた。
荒禍。モノノケを利用し、この天津光が丘学園都市の破壊活動をしている組織だ。
モノノケが人間の負の感情を喰らい成長するのを利用し、破壊活動をすることで不安を煽り成長させて暴れさせている。
「なんでも、
「式怪術ってあれよね。低ランクのモノノケを使役できる魔石のことよね? あれ、幽璃も持ってなかった?」
「私のは違うわ。これ
幽璃はそう言って腕に付けていたブレスレットを見せる。青い天然石のような石でできたそれを指ではじけばふわりと光り、形を成す。
黒い三尾の狐が幽璃の膝に現れた。稲荷神社の狛狐のような風体のそれはぬっと起き上がり二人を見る。
「なんじゃ、なんじゃ。戦闘ではないのか」
「こいつ、なんで喋るんだよ。低ランクモノノケだろうが」
「モノノケにも学習能力があるらしい。モノノケを操ることができる
「そもそも、あたし式怪術ってよく分かってないのよねぇ」
みうはじっと黒い狐を見つめる。式怪術とはランクの低い、要は弱いモノノケを使役することができる術のことだ。
魔石にモノノケの念を封じることで使役することができるのだが、成功率はあまり高くはない。幽璃がそう説明すればうーんとみうは唸る。
「
「使役している時は人間の負の感情を喰うことはない。成長もしないし、暴れることはない」
使役されるモノノケというのはランクが低い弱い存在だ。負の感情を吸うこともできないなので、成長させて強くすることもできない。
「アリスによっては使役できるランクも違うしなぁ」
「そうなの?」
「力の差っていうのはあるんだよ。オレら
「
逆に物を強化し操ることができる
「火や水を操る
「なるほど……
「大変だよな、あいつら。……あ、噂知ってるか?」
話を変えるように言う真司に幽璃は首を傾げる、何か噂になっていることなどあるのだろうかと。
心当たりというのはなくて、そもそも噂というのに興味がない。そんな反応に分かっていたといったふうに彼は話す。
「噂があるんだよ。荒禍の幹部なんじゃないかって言われている仮面の男っていう」
目撃したアリスによると目元を仮面で隠しているらしい。荒禍の幹部らしく、アリスに指揮を執っていたのを目撃されていた。
「風を操っているっていう噂だぜ」
「やだ。モノノケでも大変なのに、アリスのことまで相手してられないわよ……」
みうは不安げに眉を下げた。モノノケは化け物だ、そう理解しているから戦うことはできるけれど、
どんなに能力があろうと同じ人間で、そんな相手をするのに抵抗がないというのは嘘になる。
「異能同士の戦いって、下手したら死んじゃうかもしれないじゃん。嫌だよ」
「けれど、相手がその気ならば戦わなければならない」
みうの主張に幽璃は冷静に告げる。相手が殺す気で戦いを挑んでいるのであれば、自分の身を守るために戦わなければならない。
理屈は分かっているが、みうはそれでも嫌だと言った。殺さずにすむならば、そうするほうがいいと。
彼女の気持ちが分からないわけではないけれど、相手がそうはしてくれないのならば抵抗するというのが幽璃の考えだ。
「まー、こういうのは卒業生の天津光ノ民たちがやってくれるだろーよ」
真司は「オレらはモノノケを狩ってればいいんだ」と欠伸をした。
確かにこの学園の卒業生で構成されている特殊部隊:天津光ノ民が相手にすることではある。
彼らは上位ランクのモノノケ狩りのほか、違法行為をするアリスの相手をする部隊なので彼らに任せるのが一番だ。
真司もアリスを相手にはしたくないようではあった。人間を相手にするのと化け物を相手にするのでは気持ちが違うのだろうと彼の言葉に頷く。
『高等部一年、来栖幽璃・工藤真司・時任みう。至急、司令部まで』
校内放送が流れて幽璃はむっとする、まだ朝食を食べきれていないからだ。呼ばれたということは任務が入ったということで、もう食べる余裕はないだろう。
中途半端に残ったお弁当を名残惜しく思いながら、ずっと黙って膝の上に座っていた黒い狐に声をかける。
「琥珀、頼む」
「あいよ」
琥珀と呼ばれた黒い狐のモノノケは大口を開けたかとおもうとお弁当を飲み込んだ。
お弁当の容器ごと食べたその光景に真司はうげっと声を零したが、琥珀はなんでもないように前足で顔を洗っていた。