天津光が丘学園の地下に司令部本部が設置されている。戦闘を許可された生徒及び、天津光ノ民に選ばれた隊員しか立ち入ることが許されていない場所だ。
壁に設置されたいくつものモニターに街の映像が映し出されて、デスクにずらりとならぶコンピューター機器は静かに起動していた。
オペレーターが指示を出し、状況を大声で知らせている。あちこちを忙しなく動く隊員たちを横目に
緑の軍服を着こなした筋肉質な体格の壮年の男が軍帽を被りなおすように外すせば、さらりと短い茶色い髪が流れた。
「伊藤司令官、スノードロップ及び、紅蓮、ウミネコ、此処に揃いました」
「あぁ、三人ともご苦労」
振り返って伊藤司令官は見下ろす。渋面の厳つさの残った顔立ちによく映える黒くきつい瞳を向けて伊藤司令官は任務を告げた。
「天津光が丘学園都市:南部周辺にモノノケが複数出没している。天津光ノ民と協力し、モノノケを狩猟してくれ。君たちは南部月宮区が担当だ」
討伐対象のモノノケは今朝、倒した蜘蛛の姿をしたツチグモと同系列。それを聞き、一度は倒したことのあるモノノケと似ているのであれば問題はないだろうと幽璃は了解したと頷く。
今回の任務はモノノケの討伐だ。被害はなるべく最小限にとどめることを注意され、現場の指揮を執っている天津光ノ民のリーダーの命令に従うように指示を出される。
すでに出撃準備はできているようで外には車が用意されていると伊藤司令官は説明した。話が終わればすぐに出撃して撃退しろということだ。
「
真司の質問に伊藤司令官はじろりと見遣も彼は動じず。話を逸らそうとも食い下がってくるような眼に伊藤司令官は溜息をついた。
「あの組織が現れたら天津光ノ民に任せろ。もし、襲ってくるようならば行動不能にし、拘束するように」
「殺すなってことだな」
「そういうことだ。死なれるとこちらが困るのでな」
淡々と話す伊藤司令官に真司は了解と返事をして、さっさと車が止まっている車庫へと向かっていく。
それに続きようにみうが一礼して駆けていき、そんな二人に伊藤司令官は眉根を押さえた。
「あの二人は話が早いが心配だ」
他にも質問などあるだろうにとぼやく司令官に、幽璃は「問題ありません」と返す。
「私がついてますので」
「あぁ、君に任せよう」
伊藤司令官に「無茶はしないように」と注意されて、幽璃は一礼してから二人を追いかけた。
***
学園都市南部草野区周辺、住宅地から離れた場所にそれはいた。黒々とした蜘蛛の姿をしたモノノケ:ツチグモは人間の負の感情を喰らい信号機ほどの大きさに成長している。
鋭く尖った足先で車を貫いては投げ飛ばし、建物を破壊して咆哮する。暴れ回る姿を視認しながら幽璃はそっと耳に触れた。
『月宮区エリアAに一体、エリアBにも一体います』
イヤリング型の通信機から流れるオペレーターの声に幽璃は刀を抜く。
「これより、討伐を開始する」
「援護は任せろ、スノードロップ」
『こちら、ウミネコ。サポートなら任せて』
真司はぱんっと拳で手を叩き、みうは建物の影へと隠れて通信を入れる。
幽璃はアスファルトの道路を凍らせ滑りだし、ツチグモの背後をとって一気に加速する。抜いた刀に力を籠めて、氷の刃を生み出すと振りかぶった。
足を深く切り裂いて血のような液体が溢れてツチグモは痛みに飛び退けた。ぎしぎしと歯を鳴らし、威嚇するように前足を上げるが幽璃はアスファルトを凍らせて藍髪を靡かせながら滑る。
空気中の水分を凍らせ刃を生み出し放つと、ツチグモは避けきれず何本か身体に突き刺さる。ぱちんと指を鳴らせば、途端に身体に突き刺さっていた氷の刃が爆弾のように弾けた。
「ギュアァァァァっ!」
悲鳴を上げて後ずさる隙を逃すことなく幽璃は氷の刀を振った瞬間、何かが飛んできてそれを阻止した。
邪魔が入ったと後ろに飛び退き、攻撃されたであろう方向に目を向ける。そこには黒装束に身を包む見知らぬ二人の男が武器を構えていた。
(荒禍かっ)
幽璃は二人が何者なのかに瞬時に察して距離をとった。一度も遭遇したことはないが、特徴だけは情報として知っている。
「紅蓮、荒禍のメンバー二名がいる」
「おい、マジかよ」
幽璃は荒禍とモノノケを交互に見遣った荒禍の二人に背後から攻撃をされてモノノケの攻撃範囲に飛ばされてはただではすまない。能力があるとはいえ、生身の身体だ。
睨み合う中、動いたのは荒禍の男で手に持っていた拳銃から放たれる炎の弾丸が幽璃を襲う。
火を操る
じゅっと氷の刃が溶けるも再び凍っていく。新たな形となる氷の刀を向けながら二人に狙いを定めると一気に振り下ろした。
アスファルトを空気を凍らせて鋭い氷が生まれ、真っ直ぐに黒装束の男たちへと向かい襲った。
放たれる炎の弾丸に溶かされるも、素早く凍って氷を成す。その様子に破壊ができないと判断した二人は避けるように左右に飛んだ。
幽璃が攻撃をしようとすれば、そこへツチグモの鋭い足先が降ってきた。どうやら人間が増えたことで興奮している様子だ。
人間が増えればそれだけ負の感情が発生し、争いが起こればさらに濃い感情が生まれる。
幽璃がどうするか思案している間にも男たちの攻撃は止むことがない。炎の弾丸に当たらぬように走っていれば、戦闘機型の複数のラジコンが飛び爆発していく。
(もう一人は
物を強化し操作するアリスと火を操るアリス、興奮したツチグモに幽璃はくっと声を漏らした。
「こいつらはモノノケを暴れさせるのが目的のはずだ。おれとウミネコが二人を相手するから、スノードロップはモノノケを倒せ!」
「手分けするほうがいい、か……了解した!」
すっと凍ったアスファルトを滑り、幽璃はモノノケのほうへと向かった。
二人の実力は間違いなくあるが、相手がどう動くかは分からない。手早く済ませなくては状況が悪化するのは想像できた。
「極力、使いたくはなかったけれど……。琥珀っ!」
ブレスレットの青い石を弾くと淡い光とともに形をなして黒い三尾の狐が現れた。それは大きくなり普通自動車ほどまで身体を成長させる。
首につけた大鈴を鳴らし遠吠えのように一鳴きてから幽璃に目を向けた。
「琥珀、私と一緒にモノノケをお願い」
「よかろう」
琥珀はくるりと振り返ってツチグモに飛び掛かった。幽璃もそれに続くようにツチグモに氷の刃を放つが、受けながらも相手は攻撃を仕掛けてくる。
鋭利な足蹴りを避け、琥珀の狐火が足元を狙い動きを止めた隙を逃さずに氷の刃を振るう瞬間だった。