しゅんっと風が舞った。ぶわりと吹き抜けて思わず足元をすくわれそうになるのを堪え、ツチグモから離れながら空を見上げる。
一人の男が宙を浮いていた。装飾の凝った黒いロングコートに目元を隠す白い仮面をつけた青年らしき人物は、襟足の長いワインレッドの髪を跳ねさせている。
「あれはっ」
仮面の男。噂の人物ではないか、幽璃は真司に聞いた情報を思い出す。宙を浮く仮面の男ははぁと呆れた息を吐いた。
「こちらも苦戦とはな」
低音の声が吐き出されて――刃となった風が幽璃に目掛けて飛んできた。すっと凍ったアスファルトを滑り避ければ仮面の男はほうっと呟く。
幽璃は空気中の水分を凍らせて階段のように駆け上がり、仮面の男に近づくと飛んだ。振り下ろされる氷の刀を風で受け流すと男は後ろへ引く。
「氷雪のアリスか」
仮面の男の言葉に幽璃など気にせず、空中に無数の氷の刃を作り出してばんっと破裂音を鳴らして爆発させる。
噴く煙をかき消すように風を起こした仮面の男の前に、氷の刀を振り下ろす幽璃の姿があった。
風の盾を作り氷の剣を受け止めるも、押し飛ばされ地上に落とされる。風を操りクッションのようにしてダメージを軽減したのか、膝をつきながらもまだ平気そうな表情をみせていた。
「なかなかに良い攻撃だ」
「何の目的でこんなことをしているの」
「それを知る必要はない」
氷の刀を弾いて仮面の男は後ろへ下がる。睨み合う二人の間を風が駆け抜けた一瞬、空中を走る稲妻が仮面の男へと放たれた。
アスファルトを貫き崩すその威力に幽璃は驚き、仮面の男はその攻撃を避けたようで放たれた空を見渡した。
黒いヘリコプターからきらりと輝く光が見えて、仮面の男は舌打ちをする。
「スノードロップ!」
真司の声にちらりと見遣れば、どうらや男を気絶させることに成功したようで、拳を構えていた。
ツチグモが複数の弾丸を受けてよろめいたのが視界の端に映った。琥珀を援護するようにみうが的確に弾丸を撃ち込んでいる。
上空と幽璃を見合い、仮面の男は仕方ないと小さく呟くと指を鳴らす。風が舞い、竜巻を起こしかとおもうとヘリコプターへと飛ばして仮面の男は何かを放り投げた。
かんっと音を鳴らし、破裂する。眩い光と耳に響く音に、幽璃たちは思わず目をかばうように腕で隠した。
どれぐらい光が支配していたかは分からない、視界がちかちかする、耳が痛い。何とか視界を取り戻すと仮面の男はいなくなっていた。
空を見ればヘリコプターがゆっくりと降り、開いたドアから何かを構えて放たれた稲妻が落ちツチグモを貫く。その一撃が致命傷となり、ツチグモははらはらと塵となって消えた。
「無事か」
轟音を響かせながらヘリコプターが近づいてくるとすっと男女が降りてきた。
短い黒髪の青年は眼鏡を押し上げて、白を基調とした軍服に身を包むその手にはボルトアクションライフルが握られている。
傍には同じ服装の少女が立っていた。セミロングの黒髪が風に靡かれ凛とした立ち姿に一切の隙はない。
「出たな、イーグルとブラックキャット」
「なんだ、その言い方は。僕がいてはいけないのか?」
コードネーム=イーグルは「助けられておいて何を言っている」と目を細めて返せば、真司は「別に頼んでないし」と口を尖らせた。
コードネーム=イーグルとは天津光ノ民の最年少リーダーである二階堂楓のことだ。ブラックキャットはその妹の二階堂真理奈であり、二人はバディを組んで行動している。
雷を操るアリスの楓に、物を強化する
「イーグル、加勢に感謝します」
「スノードロップは良く分かっているな。君に免じて彼の行いには目を瞑ろう」
「上から目線かよ……」
ぶすっとした表情をみせる真司を無視して、幽璃が荒禍らしき男二人とその上司らしき仮面の男との交戦を伝えれば、楓は周囲を見渡して倒れている男二人に近寄った。
状況を確認してからイヤリング型の通信機に振れると応援を呼ぶ、二人を拘束するためだろう。
ぼんやりと眺めていた幽璃の元にぱたぱたと足音をたて、ショットガンを持ったみうが走ってきた。
幽璃も真司の無事を確認して、ほっとみうは胸をなでおろす。持っていたショットガンを下して息をつけば、ぬっと琥珀がやってきた。
ぽんっと姿を狐サイズに変えて幽璃の足に纏わりつく姿に楓の目つきが変わる。
「それは式怪術か? 魔石を破壊されたら暴走する可能性が……」
「これは
表情を見るに彼はどんな理由であれ、モノノケを警戒しているようだ。そんな楓のことなど気にしていない真司は「あの仮面の男!」と声を上げる。
「あいつが噂のやつだろ!」
「それはだな……」
「逃げられてしまいましたわね、お兄様」
楓が何か言おうとするのを遮るように眉を下げて真理奈が呟いた。
目撃してしまった幽璃たちに隠すのは無理だと判断したのか、「あぁそうだ」と頭を乱暴に掻く。
「噂になっている仮面の男で間違いない」
「毎度毎度、逃げられては困りますわよね」
「厄介な相手であるのは私も戦って思いました」
仮面の男は並みのハンター以上の力を持っていると幽璃は判断した。楓もそれに同意するように頷いて「間違いなく一般メンバーではない」と言い切る。
「拘束することができれば、荒禍の情報を入手できると思ったが……」
仮面の男はいつも逃げられてしまう。追い込んだと思っていても、モノノケを利用したり、先ほどの閃光弾のようなものを使用したりして、風のように駆け抜け消えてしまうらしい。
「今回だけでなく、ここ最近のモノノケの被害も荒禍が放ったものだ。こちらを潰したいという考えが透けて見える」
「天津光が丘学園の壊滅が目的か?」
「その可能性も考えられる」
真司の問いに楓が答えた。壊滅が目的として、それを達成したらどうするつもりなのか。それは一番、荒禍と交戦している天津光ノ民でも把握できてはいないようだ。
「リーダー、到着いたしました!」
「そこの男二人を拘束しろ」
「はっ!」
応援にやってきた隊員が男を拘束していくのを確認して、幽璃はそろそろ自分たちは離れるべきだろうと彼に「それで」と問う。
「これからどうすれば?」
「あぁ、そうだった。後処理はこちらでやる、学園生は戻ってくれて構わない」
「了解した」
きっちりと足をそろえて敬礼をすると幽璃は真司たちに声をかけてその場を離れた。