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第7話 アリスを相手にできるのはアリスだけ

 学園都市の中心部に立っているひと際大きいビルは普段ならば人が多いのだが今はその影もない。


 石津屋百貨店ビルに一般人を近寄らせないように天津光ノ民たちが警戒していた。


 現場には避難誘導をする警察官だけでなく学園生も駆け付けている。幽璃ゆうりと真司は現場につくとリーダーである楓を探した。


 彼はボルトアクションライフルを片手に指揮を執っていたが、二人に気づくと眼鏡を押し上げて近寄ってくる。



「来たか」


「警察官、邪魔じゃねぇか? 通常の武器は効かねぇぞ、モノノケに」


「彼らには一般人の避難と野次馬が来ないように周囲を警戒してもらっている。一般人の相手までこちらはやっていられないのでな」



 モノノケには何もできないが、ただの人間の相手ならばできると言う楓に、真司はそうかもしれないけどよと何か言いたげであった。


 モノノケは異能者アリスの能力しか攻撃が通らない。アリスが強化した武器ならば効果はあるが、何の能力も持たない人間には扱うことができない代物だ。


 現場にただの人間がいると彼らの不安や恐怖といった負の感情でモノノケの力を増幅させてしまう。


 なるべくならば近くにいないほうが戦う身としては楽であるけれど、一般人を近づけさせないための警備というのにも人員は必要だ。



「警察機関にもちゃんと言っている」


「それは分かっています。あの、結界が張ってあったはず、破られたということでしょうか?」



 学園都市の中心部や住宅地には学園が開発した結界装置が設置されている。破られない限りモノノケは入ってこれないはずだ。


 もちろん、張られていない箇所や、装置の不具合、破壊などによって侵入されることはある。


 この前のモノノケは荒禍あらまがによって結界装置に細工をされたことで侵入されてしまっている。もしかしてと幽璃がそれを指摘すれば、楓はその通りだと頷いた。



「荒禍によって結界装置が破壊された」


「おい、守りはどうなってんだよ」


「こちらも守備はしっかりしていたが……」


「相手の策が上回った、ということですね」



 厳重に守備を整えたとしても、相手の策に引っかかってしまってはそれも脆く崩れてしまう。


 幽璃の言葉に楓は「こちらの不手際だ」と、顔を顰めながら目を伏せた。



「起きてしまったことはもうどうしようもない。イーグル、私たちは何をすれば?」


「あぁ……君たちには荒禍のメンバーの拘束を頼みたい」


「モノノケは?」


「あれはランクBからAになろうとしている。百貨店という人間の感情がよく集まる場所だ、成長が早い。ランクAは天津光ノ民の範囲だ、邪魔をしてくる荒禍のメンバーの相手をしてくれ」



 荒禍のメンバーがどうやら複数潜伏しているようだ。本来ならば天津光ノ民が相手にするべき存在ではあるが、荒禍との交戦したことがある幽璃たちの強さを見て任せることにしたようだ。


 通常はモノノケを相手にするのが役割であるのだが、アリスの相手もアリスにしかできない。


 学園生にアリスの相手は荷が重くないかと思わなくもないけれど、モノノケを相手にするのも同じように危険が伴う。


 どちらも大して差はなく、あるのは人間を殺めてしまうかもしれないという不安と死への恐怖だけだ。


 アリスは殺してはならない。それは犯罪者を許可なく射殺してはいけないのと変わらない。


 けれど、生死が関わったならばそれは変わり、射殺も視野に入れなければならないのだ。


 それでも、任務である以上は戦わなければならない。幽璃は背に隠すように装着していた短刀を鞘から抜く。



「ただし、無理はするな。相手はどんな存在であろうと容赦はしてこないだろう。危険だと感じたらすぐに後退しろ」


「了解した」


「了解」


「ウミネコが到着したら頼む」


「分かった」



 幽璃はアスファルトを凍らせ滑りながら建物へと入っていった。


   *


 ビル内は異様な光景が広がっていた。何十年も放置されて草木が支配したように、木の根が伸び生えている。


 陳列された棚はぐちゃぐちゃに倒れて壁は穴が空き崩れ、ひび割れる地面は躓いてしまいそうなほど荒れていた。


 窓ガラスは割れて破片が散乱し、エスカレーターもエレベーターも機能はしていない。


 幽璃は周囲に気を張って真司と共に慎重に歩みながら耳を澄ませれば、戦闘を行っているような衝突音が響いていた。



「左からだな」


「あっちは任せていいだろ」


「なら、私たちは此処だな」



 そう言い終わると共に幽璃は空中に氷の刃を複数生み出して瓦礫のほうへと放った。


 突き刺さる刃が破裂すると何かが逃げるように走っていき、真司がすかさず駆け飛び距離を詰める。


 メリケンサックに炎が灯って大きく拳を振りかぶった。


 当たる間際にそれは避けて真司と距離をとる。姿を現したのは黒装束の男、彼は手にクナイを持って睨みつけてくる。


 一人と数を視認したのと同時に幽璃は振り返り左に滑る。


 無数の弾丸が放たれて天井を見上げれば、張り付くように黒装束の女が二丁の拳銃を向けていた。



「紅蓮、そちらは任せた。私はあれをやる」


「オッケー。こっちは任せておけ!」



 ぱんっと拳を打ち真司は黒装束の男のほうへと駆け、幽璃は天井に張り付く女に氷の刃を放つ。


 黒装束の女はまるでイモリのように天井を這いながら逃げていくので攻撃が当たらない。


 手にした短刀に力を籠め、ぱきりと音を鳴らし凍らせていく。


 刃が伸びるように氷が生み出されて透き通った刀となった。


 空気を凍らせて駆け上って飛び、女が避けるタイミングを狙って氷の刃を生み出し放つ。


 足元を狙われた女が天井から落ちたその隙を見逃さずに壁を蹴って氷の剣を振りかぶる。


 しかし、ごろんと転がられてしまって地面を斬るだけに終わってしまった。


 女の二丁拳銃から放たれる弾丸を駆け抜けながら氷の刃を空中に作り放つ。


 撃ち落とされる破片の雨の中を走ぬけて氷の刀を構えた。


 地に叩きつけられた刀から氷柱が生まれて床を走り、女が避けるように転がれば、空中に浮く無数の氷の刃。


 破裂するそれを受けて女は壁に叩きつけられた。


 女は呻いてはいるものの、まだ戦う意思があるのか立ち上がろうとする。


 気絶させるか、動けなくさせなくてと幽璃が氷の刀を向けて――


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