「っ!」
びゅんっと風の刃が襲う。氷の刀で受け止めて飛んできたほうに目を向ければ、そこには仮面の男が立っていた。
襟足の長いワインレッドの跳ねた髪は彼が起こしている風に靡かれている。
「い、イフェイオン様っ」
「本当に使えぬな、全く……」
女は仮面の男をイフェイオンと呼び、「申し訳ございません」と頭を下げるけれど、彼は目も向けない。
「貴様はあちらの相手をしていろ。俺が氷雪のアリスを相手する」
「はっ」
女は立ち上がって真司の相手に苦戦している男の元へと向かった。
それを阻止しようと動くがイフェイオンの風に阻まれる。
「お前の相手は俺だ、氷雪のアリスよ」
「っく」
氷の刀を構えて幽璃は睨むがそんな態度に肩を竦めながら、イフェイオンは指を鳴らして風を起こした。
飛んでくる竜巻を氷の刃で斬り落とし、刀を振るも風の剣で受け止められてしまう。
「スノードロップっ!」
「私のことはいい! 紅蓮は自分のことをやれ!」
真司も彼の存在に気づいたようで声をかけてくるも、幽璃はイフェイオンから目を逸らさずに叫ぶ。
負傷しているとはいえ、真司は二体一になってしまっているのだ。
自分のことに集中しなければ怪我では済まない。
剣を弾き、後ろへ下がるとぴきっと氷の刃にひびが入った。
短刀ではこれが限界か、幽璃は力を籠めてひびを補強するように氷を生み出す。
(隙をみせてはだめだ、やられる)
少しでも隙を見せればこの刃は折られてしまう。幽璃は姿勢を低くし、氷の刀を構えた。
ぶわりと風が吹きぬけてイフェイオンのワインレッドの髪が舞う。
「諦めるという選択はないか」
「お前たちの目的はなんだ」
「それはお前には関係ないことだよ、氷雪のアリス」
幽璃の振り上げた氷の刀をイフェイオンは風の剣で受け止める。
一気に間合いを詰めたことに多少は驚いているようで、押し合う剣はぎちぎちとこすれ合う。
「確か、スノードロップだったか」
イフェイオンはそう呟いて幽璃の腹を蹴り上げた。
飛ばされて倒れそうになるのを堪え、立つと彼は頑丈だなと呟く。
「スノードロップとはおかしな名だ。死を象徴するとも呼ばれている花の名など、似合わぬだろうに」
イフェイオンの言葉に幽璃は「違うわ!」と声を上げる。
「確かにそういう逸話はある。でも、スノードロップの花言葉は希望。これは私に希望を与えてくれた人から貰ったのよ!」
「希望……」
希望という言葉を聞いたイフェイオンの足元がふらつく。
今だ、幽璃は氷の刀に力を籠めて形を変えたかと思うと一気に振りかぶった。
氷の刃と共に氷柱が降り注ぐ、イフェイオンは風を生み出すも全てを捌くことはできずに数発、身体に受けてしまう。
立ってはいるものの、腕を押さえて頬から血が流れていた。
このまま一気にと幽璃は飛び駆けて、ブーンと音が耳を掠める。
はっと幽璃は態勢を変えて刀を前に構えたと同時にばんっと何かが飛行し、爆発した。
威力の高いそれを氷の刀で防御していたとはいえ、勢いには敵わず吹き飛ばされる。
瓦礫に腰を打ち付けてうっと声を零すもすぐに立ち上がり、攻撃してきたであろう方向を見れば、青年が一人立っていた。
喪服姿の青年は白金の短い髪を掻いて氷のような瞳を細める。
「イフェイオン様、撤退を」
「……フェルメールか、分かった」
フェルメールと呼ばれた男が手にしていた物を転がした途端、煙が立ち込め視界を覆い隠す。
煙を吸わないように口元を押さえ、目を凝らすも相手の姿は見えなかった。
「スノードロップ、大丈夫か!」
「こっちは無事だ。紅蓮は?」
「こっちも問題ない! 敵には逃げられたっぽいけどな!」
警戒しながら煙が治まるのを待つ、動かずに周囲を見渡しながら氷の刀を構えて。
しんと静まる空間に充満していた煙は徐々に薄れていき視界が晴れる。
その場には幽璃と真司しかおらず、どうやらイフェイオンたちは撤退したようだ。
追いつめるというほどではないが、相手にある程度のダメージを与えることに成功していた。
もう少しやればと思わなくもなかったが首を振る、もしかしたら形勢は変わってしまっていたかもしれない。
ぱっと周囲が光り、それとともに壁や床を張っていた木の根がさらさらと散っていく。
どうやら、天津光ノ民は物ノ怪を無事に狩ることができたようだ。
「あー! こんなところにいたー!」
声がして振り向けば、赤毛の髪を揺らしながら駆けてくるみうの姿があった。
手には幽璃の予備の刀が握られている。
「間に合ってねぇじゃねぇかよ!」
「だって、荒禍が邪魔してきてー」
みうは聞いてよと頬を膨らませる。
荒禍のメンバーに邪魔されて探すのを邪魔されてしまい、他の学園生と共に対処していたのだという。
「よく無事だったな」
「拳銃持ってたのと、上級生たち一緒にいたから」
「ショットガンは……あぁ、私の武器のせいか」
「違う違う。上級生の使っていた武器が壊れちゃったからあたしの渡したの」
上級生の武器が破損してしまい、拳銃も予備として持っていたみうが自分のショットガンを渡したようだ。
幽璃の刀は腰にかけていたので邪魔にはなっていなかったと。
はいとみうに刀を渡されて幽璃は短刀の氷を溶かし、鞘に納めて受け取った。
彼女はイヤリング型の通信機で合流したことを伝えて、「戻ってくるようにだって」と指示を教えてくれる。
「撤退だって」
「確かにもう気配ないしな」
「なら、戻ろう」
これ以上、此処にいる必要はないと幽璃は二人を連れてその場を後にした。