「イフェイオンねぇ……」
学園の中庭のテラスで真司はハンバーガーを頬張りながら呟く。
いつもと変わらず、遠目から学園生に観察されながらも幽璃は気にするでもなくお弁当を食べている。
話題は先日の百貨店ビルでのこと、仮面の男との戦闘した時だ。
部下がイフェイオンと呼んだ彼の名に聞き覚えはなく、こちらと同じコードネームのようなものだろう。
「あとはフェルメールという白金の髪をした喪服姿の男」
「そいつも幹部か?」
「それは分からない。ただ、フェルメールの口ぶりではイフェイオンが上の立場のように思える」
彼が〝イフェイオン様〟と呼んでいたことから、仮面の男が上司であることは間違いない。
これは天津光ノ民のリーダーである楓にも報告はしている。
彼も、フェルメールと思われる人物に会ったことはあるようだった。
彼らの目的というのがいまいち分かっていなかった。
ただの破壊活動なのか、天津光が丘学園や天津光ノ民に恨みがあるのか。
そう考えていれば、みうは「学園を恨むってあるの?」と不思議そうに問うた。
「いるだろうなぁ」
「え! だって学園や天津光ノ民は物ノ怪狩るために命懸けてるんだよ?」
「この学園都市を管理している学園をよく思っていない人間はいるし、モノノケに親族を殺されて学園に逆恨みする奴もいる」
この学園都市を管理しているのはこの天津光が丘学園だ。
モノノケの出現率が高いこの都市では、それに詳しい存在が必要不可欠である。
本来の都市の仕組みとは違っているため、他所の人間からしてみれば異様だろう。
モノノケが人間の負の感情を喰って成長して破壊衝動を起こし、人間が巻き込まれて死ぬということはある。
アリスだって戦っている中で殺されてしまうこともあるのだ。
亡くなった人の親族が学園を天津光ノ民を恨むというのもよくあった。
そう幽璃が話せば、みうは何とも言えない表情をみせた。
言いたいことは分かったのだろうが、それでも納得していない様子だ。
「……やっぱり、よくわかんないなぁ」
「なんだよ。幽璃も言ってるけど、逆恨みとか普通にあるぞ」
「そうだけどさ……。こっちも命懸けてるしさー……」
命を懸けて戦っているのは間違いなく、モノノケに殺されるかもしれないという恐怖はある。
それなのにどうして恨まれなければならないのかと思ってしまう気持ちは分からなくはなかった。
けれど、幽璃は恨まれてもしかたないと答える。
「誰かを恨むことで悲しみを抑えようとするのが人間だ」
悲しみや怒り、ぶつけようのないその感情をどうにか吐き出したくて。
そうして、吐き出されるのは
もっと早く駆け付けていればと責める材料を生み出して、彼らのことなど考えずに言い放つのだ。
全ての人間が悲しみを怒りをコントロールできるわけではないが、誰かを責めることで正気を保とうする存在もいる。
幽璃の言葉にみうは黙る、どんなに頑張ったとしても命を懸けていようとも相手には伝わらないこともあると理解して。
「あー、暗い暗い! 今はイフェイオンとかいう仮面の男だろ」
「
「でも、おれらだってまた戦うかもしれないだろ?」
モノノケを利用している以上、相手が戦場に出てくれば戦うことになるだろう。
真司は相手のことを知らなけばならないという考えのようだ。
「てか、幽璃だけだよな。戦ったことあるの」
「天津光ノ民もあるはずだけど」
「それ以外だよ」
戦場に出る許可がでている学園生で、まともに戦ったことがあるというのは幽璃ぐらいだと、真司は教えてくれた。
天津光ノ民は何度か戦っているらしいが拘束には失敗している。
楓自ら拘束に乗り出すのだから余程、苦戦しているのだろうことは想像できた。
「見たっていう学園生はいるんだけどな」
「積極的に戦ってないのかな、そのイフェイオンっていう人」
「どうだろう。何かしているのは分かるけれど……攻撃はされる」
「なんだ、気に入られたか、幽璃」
むっとしたふうに真司は口と尖らせた。
気に入られたかと問われても分からないのだがとしか答えられないと返せば、彼はくっそーと呟いた。
「あいつ、次はおれが相手してやる……」
「どうしたんだ、真司は」
「気にしなくていいよ、幽璃」
真司の「負けねぇからな!」と声を上げる姿を幽璃は不思議そうに眺める。
みうが言うだから気にしなくていいのだろうと、幽璃はペットボトルの蓋を開けて口に含んだ。
イフェイオン、彼がどんなハンターなのかは分からない。
天津光ノ民なら何か情報を持っているかもしれないが、幽璃たちにはそれを知らされていない。
(楓に聞いたところで、情報はくれないだろうな)
荒禍の幹部の相手は天津光ノ民の仕事だ。学園生が首を突っ込むことではないと、言われてお終いになるのは想像できた。
ならば、自分たちは任されたことだけをするまでだ。
「天津光ノ民に任せて、私たちは任されたことをやればいい」
「そーだけどよー。あいつらから仕掛けられたら、戦うしかねぇじゃん」
「その通りだけれど、相手を狙って行動することはないと私は思う」
「そうよねぇ。イフェイオンが現れたからって、あたしたちが戦わなくてもいいわけだし。そういうのは天津光ノ民に任せるべきよ」
みうにも言われて真司はむすっとしながら「けどなぁ」と不服そうだ。
彼が何故、イフェイオンに突っかかるのかは知らないが、危険なことに足を踏み入れるべきではない。
任されたことだけをやり、天津光ノ民の足を引っ張らないようにするのが最善だ。
幽璃の意見は理解できるようだが真司はぶつくさと何やら呟いている。
(イフェイオンのことは気になるが、今は任されたことをやるべきだろうな)
気になることはあるけれど自分は任されたことをやるだけだと、幽璃は彼のことを頭の片隅においた。