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第10話 いるはずもないと分かっていながら

 宵闇に紛れて影が舞う。ちかちかと星が瞬きかけるも月はなく、冷たい風が吹き抜ける。


 夜の静けさとは無縁な繁華街は今日も明かりが灯り、仕事帰りの人間で賑わう。


 飲み屋が羅列する通りを歩きながら幽璃ゆうりは周囲を見渡した。


 いるはずもない相手を探すように。


 出会える可能性が低いことぐらい分かっていながらそれでも探してしまう、またいつか会えると信じて。


 幽璃は黒いパーカーのポケットに手を突っ込みながらふらふらと歩いていれば、路上で喧嘩をしている人を見かけた。


 此処は平和だなとそんな光景を見つめていると背後から気配がして振り返る。



「君、学生だよね?」


「学生はこの時間には……」



 男の警察官が二人、声をかけきた。


 これもまたよくあることで、本来ならば夜に学生が徘徊するのは許されない――普通の学生ならば。


 幽璃はポケットから天津光が丘学園の学生証を取り出して警察官二人に見せた。


 学生証を見比べている彼らに「見回りをしているだけです」と告げる。



「番号を照会してもらっても構いません。私はここら辺を警戒していただけですから」



 幽璃の言葉に警察官は学生証の番号を控えて何処かに連絡していた。


 こういうのにはもう慣れているので早く終わらないだろうかと警察官を眺める。


 数分としないうちに警察官は申し訳ないと小さく頭を下げた。


 彼らも仕事なことは理解しているため文句は言わず、学生証をポケットに仕舞う。



「確認が取れました。警戒中、申し訳ありません」


「そちらも仕事でしょうから気にしないでください」


「私服なのですね」


「学生服だとこういう場所は目立つので」



 学園生の制服ならば分かる人は多い。


 けれど、目に留まれば何処かで何かあったのかと勘繰る者や、文句を言ってくる連中というのが少なからずいる。


 こういう飲み屋が多い場所というのは絡んでくる人間というのはよくいる。


 学生服姿でなど歩きたくはないと話せば、納得したように警察官は頷いた。



「確かにそういう人間はいますからね。……あぁ、すみませんお手間を取らせて……」


「構いません。何かありましたらすぐに学園側に報告してください」


「わかりました。アリスもお気を付けて」



 警察官の二人は敬礼して離れていくのを見送り再び夜の街を歩く。


 警戒中というのは半分、嘘なのだが口には出さない。


 出撃許可生は外出中、警戒を怠らないようにという指示が出ている。


 いつモノノケが出現するか分からないからだ。


 だから、今も警戒しているが此処を訪れたのは見回りなどではない。


 家にいるのもなんだか落ち着かず、人を探すように人の多い場所へと向かっていた。


 たった一人を探すなど無謀なことぐらい分かっていながらも、やめることができずに。


 路地へ入りビルの壁にもたれかりながら何もない夜だと暗い空を見上げた。


 ふと、くすくすと笑い声が聞こえる。


 ブレスレットを弾けば、ぽんっと黒い狐姿の琥珀が飛び出た。



「お前はおかしいのう」


「そう」


「お前の感情というのは不思議なものだ。悲しみというのはあるというのに、憎しみはない。確証もない希望を持っている」



 悲しみがあるくせに、確証のない希望を持っている。


 それは闇をも弾くような光であり、力強くて物ノ怪からすれば美味しくはない感情。


 そんなものをどうして保てるのか、琥珀には理解できないようだ。



「私に希望を与えてくれたから」


「分からぬよ、そんな確証のない希望を持つなど」



 お前の行動もよくわからんよと琥珀は後ろ足で首を掻き、欠伸を一つつく。


 わからんと言うが、このモノノケは希望を持つことを否定はしない。


 どんなものであっても、生きている以上はさまざまな感情を抱く。


 幽璃の感情もその一つであり、抱くことを否定する必要はない。


 けれど、理解はできないのでこうしてよく言ってくるのだ。



「お前の希望が闇に染まっていたらどうするんだい?」


「闇から引きずり出すわ」


「なんとお前らしいねぇ。まぁ、いいさ。その希望でお前が前に進めるならね」



 琥珀は「お前を守るのがわれの使命だからねぇ」と言って、ぽんっとブレスレットへ戻った。


 言いたいことだけ言って戻っていく彼に幽璃は小さく笑う。


 希望が無くなった時、お前は歩けなくなるのではないかと琥珀は心配しているのだ。


 考えたこともなかったが、そうなったら自分はどうなるのだろうか。


(わからない……)


 そんなものはなってみないことにはわからないと結論を出して、幽璃は再び繁華街を歩き出した。


 ふらふらと歩きながら夜も更けてくるのを感じる。


 そろそろ帰ろうか、そう思った時に携帯端末が鳴った。



「こちら、スノードロップ」


『お前、喜多繁華街にいるな?』


「はい」


『……理由は聞かんが丁度いい。その近くにランクDのモノノケが湧いた。駆除を任せる』


「了解」



 電話の主である伊藤司令官は幽璃が何故、そこにいるのかは問わなかった。


 訳を知っている彼だから何も言わず指示だけを出したのだ。


 出される指示を聞きながら背に隠すように差していた短刀を抜く。


 きらりと光るその刃はゆっくりと凍っていった。


 場所を確認すると幽璃は地面を凍らせて滑りだし、路地裏へと入ると一気に加速した。


 夜を駆ける梟のように獲物の元へ。


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