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第11話 生み出されるモノノケ


 夜のビル街を駆ける、人一人いない路地に響くのは鳴く声。


 ぼんやりと照らす街頭の光を頼りに宙を飛ぶ大型の鳥の姿をした物ノ怪を狩っていく。


 ランクDのモノノケはそれほど大きくはない、人間で言うところの幼少期だ。


 まだ力も弱く倒しやすいため、成長する前に狩るのが基本だ。


 拳銃で飛ぶモノノケを狙い撃つ。翼を堕とされ落ちる中、さらに弾丸を打ち込んでいけば、はらはらと砂となり消えて風に乗った。


 ぐわぐわと鳴きながら一羽のモノノケが飛んでいく。


 一匹でも残せば成長して暴走してしまう、幽璃ゆうりは追いかけるようにアスファルトを凍らせ滑らせた。


 滑りながら拳銃で狙うもなかなかに当たらず、すばしっこいモノノケと距離を縮めようと加速した。


 鳥のモノノケは逃げるように路地を通っていき、加速する勢いを使って飛び、壁を蹴り上げた。


 宙を舞う幽璃の身体に鳥のモノノケの動きが止まる。


 向けられた拳銃から氷の弾丸が放たれ、貫かれて破裂した身体が散っていった。


 地面に着地して拳銃を仕舞いながら周囲を見渡す。


 静かな路地裏には生き物の気配というのが一つもない。


 全て倒し切ったかと幽璃が息をついて路地を歩いた時だ、びゅんっと風が吹き抜ける。


 その風に覚えがあって幽璃は誘われるように追いかけた。


   *


 ゆっくりと足音を立てずに密やかに進めば角の向こうに誰かがいた。


 装飾の凝った黒いロングコート姿の男は襟足の長いワインレッドの髪を跳ねさせ、目元を仮面で隠している。


 イフェイオンだと幽璃は息をひそめて様子を窺う。


 イフェイオンはまた風に乗って何処かへと向かっていく。


 慎重に後を追っていくと、この前の石津屋百貨店ビルへとたどり着いた。


 そこは現在、立ち入りが禁止されている場所なのだがイフェイオンはすっと入っていった。


(追うか? しかし……)


 一人で深追いをするのは良くないけれど、放っておくこともできなかった。


 幽璃はイヤリング型の通信機を調整する。



「こちら、スノードロップ紅蓮は今どこにいる?」


『こちら、紅蓮。指示がきたから繁華街の裏手でモノノケを狩ってたところだ』


「ならば、ウミネコも一緒だな。すまないが二人とも石津屋百貨店ビルまで来てほしい」


『なんかあったのか? 急いでそっち行くぜ!』



 詳しくは到着時に話すと伝えて、通信機を切った幽璃は伊藤司令官へと連絡を入れた。



「百貨店ビルに入って行ったので追えます」


『動向を探る許可を出そう。だが、無茶はするな』


「了解」


 伊藤司令官からの指示を受けて幽璃はイフェイオンの後を追って百貨店ビルへと入っていく。


 少し間を置いてしまったからか彼の姿が見えないが、気配を辿るように周囲を警戒しながらゆっくりと進んだ。


 ぼろぼろに崩れた壁や天井が物悲しく、少しの物音でも響きそうであった。


 注意を払いながら歩いていれば、百貨店ビルの中心部であろうイベント広場へとたどり着く。


 そんな面影は跡形もなく、暴れ回った形跡が激しい場所を見てモノノケがいたのは此処であろうと察さすることができた。


 イフェイオンはコートのポケットから何かを取り出した。


 それを隠れながら観察していた幽璃は気づく、あれは式怪術しきかいじゅつの魔石だ。


 魔石を持つその指にイフェイオンは力を籠めるとぶわりと風が舞った。


 彼が何をしようとしているのか、幽璃は思わず飛びだす。


 魔石を破壊した時にどうなるのか。アリスならば知らない者はいない。


 封じられていたモノノケは暴れて言うことを聞かなくこともあり、そうなれば周囲の人間の負の感情を吸収するのだ。


 此処はまだ人間の負の感情が取り巻いている。


 そんな場所で魔石を砕かれればモノノケは感情を喰らい成長を遂げてしまうだろう。



「イフェイオン!」


「誰かと思えば、スノードロップか」



 イフェイオンは幽璃のほうへと顔を向ける。


 魔石を持つてはそのままに彼は笑みを浮かべていた。



「その魔石を離せ」


「それはできぬ頼みだ」


「モノノケを暴走させて何をしようとしている」


「お前には関係ないことだ。それとも、こちら側に興味でもあるのか?」



 イフェイオンに「お前ならば、こちら側につくことも許されるぞ」と口元を上げられて、幽璃は「そんなわけがない」と返す。


 そちら側につくつもりはないとはっきりと言われる言葉に彼は残念そうに肩を竦めた。



「残念だ。お前の腕は良いというのに」


「お前は何者なんだ」


「俺が何者か? 何者だろうな……お前にはどう見える?」



 問い返すイフェイオンに幽璃は言葉を迷わせる。


 彼がどう見えるのかよくは分からなかった。何を考えているのかも、行動も。


 答えに迷っていれば、イフェイオンはふっと笑う。


 何がおかしいのだと言いたげに見遣れば、彼は「そう迷うことでもないだろう」と答える。



「お前にとって俺など、ただの悪役の存在のはずだ。違うか?」


「それは……」


「それ以外に何があるという。善悪以外に何が。だが、俺から見れば天津光が丘学園は悪だ」



 あんなもの悪以外の何物でもない、強い口調だった。


 吐き捨てるように言われた言葉は怒りが籠っている。


 イフェイオンが天津光が丘学園に恨みがあるのはその一言だけで痛いほど伝わってきた。



「何故、天津光が丘学園を恨む」


「お前には関係ないことだよ、スノードロップ」



 イフェイオンはそう返して魔石を持っていた指に力を入れた。


 びゅんっと風が舞う、幽璃はそれを止めようと駆けるも間に合わず。


 魔石が砕けた。破片が散り、風に乗って、どろりとした煙が現れながらそれは形を成した。


 植物の茎に長い複数の蔓、ハエトリグサのように葉が口になっているそれらからは、涎のように液体が滴っていた。


 食虫植物のような見た目をしたモノノケが現れて咆哮する。


 ぐんぐんと根を張って何かを吸収するように鼓動し、どんどんと大きくなりビルの天井ほど巨大化した。



「さて、楽しませてもらおうか」


「イフェイオン!」


「生き残ってくれよ、スノードロップ」



 イフェイオンは風を起こしたかと思うと駆け抜けていった。


 追いかけようとするも、食虫植物の物ノ怪が蔓をばちんっと鳴らして幽璃の前を遮った。


 ランクはAに近いと予測ができる、一人で相手をするのは危険なモノノケだ。


 どうするかと思案している中、イヤリング型の通信機が繋がる。



『スノードロップ、今どうなっている!』



 なんか声がしたぞと紅蓮が問う。


 幽璃はモノノケが出現したことを告げて回線を司令部へと繋ぎ直した。



「伊藤司令官、こちらスノードロップ。荒禍あらまがが式怪術の魔石を破壊、石津屋百貨店ビル内で物ノ怪が出現しました」


『こちら、司令部。スノードロップはまだ一人か?』


「紅蓮とウミネコがいます」


『天津光ノ民が今、向かっているところだ。少しの間だが耐えてくれ』


「了解」



 蔓の鞭をしならせて攻撃をしかけてくるそれを避けながら幽璃は短刀を抜き力を籠めた。


 刃が凍り、伸びていくそれは鋭く新たな形を成した氷の剣を構える。


 放たれる蔓の鞭を氷の剣で斬り裂き攻撃の機会を窺っていれば、ぼっと炎が灯って燃える蔓に食虫植物の物ノ怪は悲鳴を上げた。



「大丈夫か、スノードロップ!」


「問題ない、紅蓮!」



 駆け付けた紅蓮と合流し、幽璃は食虫植物のモノノケに氷の剣を向けた。


 燃える蔓の炎を消そうと床に叩きつけている隙に「ウミネコは」と聞けば、「近くで隠れている」と返される。


 どうやら遠距離からの支援に回るようだ。



「つーか、どうして此処にまた出現してるんだよ」


「イフェイオンが式怪術の魔石を破壊した」


「はぁっ!」



 話を聞いた真司が声を上げると、それに反応したモノノケが蔓を二人に向けた。


 ばちんっと音を響かせて床にひびが入る。


 口のようになった葉がぱんぱんと開き、涎のような液体を跳ねさせる。


 液体が床に落ちれば、じゅっと溶けるうような音がした。



「指示はっ?」


「天津光ノ民がくるまで凌げだ」


「よく言ってくれるぜ! こいつランクAになりかけてんじゃねぇか!」



 どくどくと身体が脈打ち淡く光るその姿は異様で、進化を遂げようとしているのは見て取れた。


 ランクAをたった三人で対処するのは難しいのだがやるしかない。


 幽璃はモノノケと距離を保ちながら空中に氷の刃を生み出し放った。


   *


「石津屋百貨店ビルを狙われたか」


 楓は眼鏡を押し上げて眉根を寄せる。


 あのビルはまだ負の感情が入り混じっており、換気ができていなかった。


 すぐに取り壊すべきだったかと短い黒髪を掻く。



「お兄様、起きてしまったことは仕方ありませんわ。急ぎましょう。スノードロップさんたちだけでは時間稼ぎにも限界があります」



 さらりと長い黒髪を揺らす真理奈の言う通り、今は急いで現場に駆け付けるのが先だ。


 ヘリの後部座席から街並みを眺めるに石津屋百貨店ビルまであと数分で到着する。


 ほかの天津光ノ民もそのぐらいだと確認してボルトアクションライフルを構えた。



「先に到着するのは僕らだろう。すぐに動けるようにしておけ、ブラックキャット」


「了解ですわ、お兄様」



 がちゃんと音を鳴らし、真理奈はショットガンを手にした。



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