ショッピングモール内の店の一つに
みうに誘われて放課後にやってきたわけだが、真司は場違いさを感じているようだった。
女性向けの洋服店なのだから、男性は居心地はよくないだろうなと幽璃は納得する。
「見てー! これ可愛い!」
みうは花柄のロングスカートを手にしながらはしゃぐ。白地に淡いピンクの花柄のロングスカートはみうによく似合っていた。
似合っていると幽璃が言えば、「そう?」とまんざらでもなさげに姿見で服を合わせている。そんなみうに真司はそこまでテンション上がることかといったふうだ。
暫し、吟味してからロングスカートの購入を決めたようだ。手に取って確保しながら他の服を見定め始めている。
「あ、これ幽璃に似会いそう!」
みうが手にしたのはワンピースだった。シンプルなデザインではあるものの、肩を出しているワンピースを見せられて幽璃は目を瞬かせる。
そんな様子にみうが「どうかしたの?」と首を傾げた。
「いや。幼い頃に着ていたワンピースによく似ていたんだ」
「あ、幽璃もこういうの着ていた時期あるじゃん! どう? 似合うと思うよ」
ほれとワンピースを差し出されてどうしたものかと幽璃は眉を下げる。今の自分にこの服を着る勇気というのはない。
任務があった時のことを考えると、ワンピースでは戦闘に支障が出るのではないか。そう考えてしまいロングスカートなどはあまり着ないようにしていた。
着ていない理由を話せば、みうに勿体ないと返される。女子高校生という期間は短いのだから、もっとおしゃれしようと力説し始めた。
彼女の言いたいことは分からなくもないが、どうしたものかと幽璃は白いワンピースを眺める。
「真司だって似合うと思うよね?」
「当然だろ。美人な幽璃に似合わない服があるわけがねぇ!」
「ほら! ほら!」
「そんなことを言われても……」
「好きな人とかに見せようよ!」
みうの言葉に幽璃はぴたりと動きを止める。好きな人、もう一度、会いたい人。
(この服ならば、気づいてもらえるだろうか……)
あの時のものとよく似た白いワンピースならばと、差し出された服を幽璃は受けってしまう。
みうは嬉しそうに笑みを見せていて、受け取ってしまったワンピースを姿見で幽璃は身体に合わせてみる。
長い藍髪によく映える白いワンピースは何処か昔を思い出させた。みうは買うものを決めたようで、さっさと会計を済ませてしまっている。
幽璃は買うか悩んでいたのだが、みうと真司に押されて購入を決断した。
「幽璃さー。好きな人とかいるの?」
「どうだろうな?」
「なんだよ、それー。おれは一途だぞー」
みうの質問に返答すると真司が口を尖らせる。そんなことを言われてもと幽璃が眉を下げれば、彼ははがっくり肩を落とした。
なんだろうかその態度はと首を傾げれば何でもないと返される。
「諦めねぇぞ、おれは」
「そうか、頑張ってくれ」
よく分かっていないながら応援してみれば、真司が「無理かー」と嘆いた。何がと首を傾げるも、みうが「大丈夫だから」と言ったので、不思議に思いながらも気にしないようにすることにした。
***
ベッドと簡易的な家具のみが置かれている質素な部屋は今日も静かだ。窓辺から陽の光が入り、室内を優しい明かりが照らす。
クローゼットの傍に置かれた姿見に映る白いワンピース姿の自分に幽璃は苦く笑ってしまう。
先日、みうたちに押される形で買ってしまった白いワンピース。袖を通さないのも勿体ないと試しに着てみたのだが、自分らしくない服装に何とも言えない気持ちとなった。
似合っていないわけではないけれど、少し幼く見える気がしなくもない。
それにこの姿を見ると昔を思い出してしまう。それほどにこのワンピースは幼き頃に着ていたものに似ていた。
「……どうするか」
「なんじゃ、その姿で出かけるのではないのかい?」
くわっと欠伸を一つつき、黒い狐姿の琥珀が問う。幽璃の珍しい姿に興味があるようだが、表情に出すことはしない。
からかうこともせず思ったままを言ったようで、幽璃は少し考えるように眉を寄せた。
この姿ならば気付いてくれると思わなくもないが、任務が入ったことを考えて、やはりやめておくべきだと結論が出る。
「いや、せっかくの服が汚れるかもしれない」
「着て外にでなきゃ意味ないだろうに」
「そうだが……任務が入った時が大変だろう」
「そうかもしれないけどねぇ。まぁ、その姿だと戦いにくいか」
白は汚れるからのうと琥珀は納得したふうに頷いた。ワンピースは戦うことに特化した服装ではないので、これを着て外に出るのは抵抗があるという気持ちは理解できたらしい。
幽璃自身、外に出てみたいとは思うのだが、任務が入ったことを考えてしまうのだ。
家で着てみるぐらいしかできず、みうには申し訳ないけれどこれを着て外に出るというのはないだろう。
幽璃は着替えるためにワンピースを脱ぎ始める。たった数分しか着ていないが、いつかちゃんと着る日がくるのだろうかと考えて首を振った。そんなものは分からないのだから考えるだけ無駄だ。
いつもの黒いパーカーに白いハーフパンツはなんだか落ち着ける。この姿が一番だ。一人そう思っていれば、琥珀が「出かけるのかい?」と問う。
「あぁ。ずっと室内にいるよりはいい」
「お前も飽きないねぇ。司令官殿に感謝するんだよ。お前の行動を分かった上で職質されて連絡がきた時にそうしていることにしているのだから」
琥珀に言われて幽璃は黙る。自分がふらふらと勝手に夜を徘徊しているのを伊藤司令官は知っている。彼が幽璃の行動を理解しているからこそ、許されているのだ。
「お前を来栖幽璃として、引き取ってくれた人間だろう」
「分かっている。だから、迷惑はかけないようにしているさ」
「彼からしたら心配しているだろうけどねぇ」
心配されるほどのことはしていない、そう幽璃は思っている。任務も学校生活も問題なくやれているし、生活だってできていると言うのだが琥珀はそうじゃないよと返す。
理解できず眉を寄せれば、「お前には分からないだろうねぇ」とくすくす笑われてしまった。
それに少しばかり腹が立ったものの、彼が冗談でそんなことを言うやつでないのは分かっている。きっと何かあるのだろうけれど自分は気づいていないようだ。
幽璃は考えるのやめて短刀を背に装着し、拳銃をポケットに入れて貴重品を持つ。その様子を眺めていた琥珀は大きく伸びをすると幽璃の足元へと行く。
「何かあると心配だからねぇ。われも行くさ」
「琥珀を置いていくわけがないでしょう」
「そうじゃったな。じゃあ、何かあったら呼ぶんだよ」
琥珀は言うだけ言ってぽんっと煙と共にブレスレットへと戻っていく。飼いならされたモノノケというのはよく喋るものだなと思いながら幽璃は部屋を後にした。
*
ふらりふらりと夕暮れ時のセンター街を歩く、行きかう人々を観察しながら今日も当てもなく。
テレビ番組でやっていた流行りの店は時間など関係なく列をなしていた。
並ぶなど面倒ではないのだろうかと疑問に思いながら通れば甘い香りに誘われる。ふらりとその方向へと向かうとドーナツ店の看板が一つ。
「ドーナツ」
「お前は出ては駄目だといっただろう、琥珀」
ぬっとブレスレットから出たかと思うと琥珀はドーナツと言い続ける。モノノケに味覚があるのかと言いたいのだが、五月蠅いので仕方なく店に入った。
チョコレートやストロベリーなど様々なドーナツが並ぶそれを眺め、幽璃は適当に何種類か選んで購入した。
初めて入った店ではあるが落ち着いた雰囲気で好みのテイストだ。これでドーナツが美味しければまた来てもいいかもしれないと思っていれば携帯端末が鳴った。
「こちら、スノードロップ。任務ですか?」
『任務というわけではない。話がある、司令部まで来てくれ』
「了解した」
電話を切って幽璃は周囲を見渡し路地裏のほうへと入っていく。ブレスレットを弾けば、琥珀が飛び出して自転車ほどの大きさになるとしゃがみ込む。
「ドーナツが食べたかったのにのう」
「司令部で食べていてくれ、任務ではないみたいだから」
「はいよ」
幽璃が琥珀の背に乗れば、ひょいと壁を蹴り、ビルの屋上へと登っていく。建物を飛ぶように琥珀は駆けていった。