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第15話 天津光ノ民への仮入隊


 日も暮れて薄闇が降りる学校の校舎は静かなものだ。誰もおらず、ただ闇がそこにある。学園の地下にある司令部までの道のりというのは白に統一された通路一本だ。


 かつかつと足音を鳴らしながら司令部のドアの前まで向かうと幽璃ゆうりは学生証を機器に通してドアのロックを解除した。


 自動で開くドアをくぐり抜ければ、壁一面に設置されたモニターに街頭の様子が流れている。周囲のデスクからはキーボードを打つ音が響いていた。


 伊藤司令官はいつもの定位置である指令席に座り、その傍には真司とみうがいてデスクの椅子に腰を下ろしていた。真司に至ってはお菓子をぼりぼりと食べている。



「遅くなりました」


「あぁ、気にしなくていい。スノードロップ、好きなところに座ってくれ」



 伊藤司令官に言われてみうの傍の椅子に座れば、その膝にぴょんっと狐姿の琥珀が乗って「ドーナツ」と前足をばんばん動かしている。彼にドーナツを渡して幽璃は伊藤司令官のほうを向いた。



「要件というのは天津光ノ民についてだ」


「おれら、なんかしましたっけ?」


「君らは問題を起こしてはいない。そこは安心していい」

「なら、その……どうして……」


「イーグルからの要請で学園の成績優秀者を臨時で入隊させたいらしい」



 伊藤司令官の言葉に幽璃は目を瞬かせた。天津光ノ民は学園卒業生であり、成績が一定以上でないものは入隊を許されない。


 それを臨時でというのはどういうことなのかという疑問を察してか、伊藤司令官が説明する。



「天津光ノ民が今、追っているのはイフェイオンという荒禍あらまが幹部らしきアリスだ。それと対峙し、交戦経験があり、尚且つ戦い合えている人物をイーグルは欲している。彼をどうにか拘束できれば、組織壊滅への足掛かりになるかもしれないからだ」



 荒禍の幹部らしき人物でもっとも行動的なのはイフェイオンのみだ。何人かいるという情報はあれど、多く姿を見せたのは彼しかいない。拘束するならばイフェイオンが一番だろう。


 相手と交戦して戦い合えている人物というのは実は少ない。天津光ノ民のメンバーですら苦戦している中で比較的に戦えているのは幽璃だった。



「話を聞くに、イフェイオンは幽璃を認識している。狙われないとは限らない」


「私が囮になれるかもしれないということですか?」


「そうだ。戦うこともできているならば、一時であれ入隊させない理由にはならないとイーグルは言っている」



 拘束の機会が増える可能性があって戦うこともできる人物を放っておくほど馬鹿ではない。自分が囮になれるかもしれないのであれば、使わない手はないなと幽璃はふむと頷く。


 真司とみうはサポーターということで臨時入隊の許可が下りたようだ。二人はじっと幽璃を見つめている。



「決めるのは幽璃だ」


「荒禍をどうにかできるかもしれないのであれば、受けない理由はないと私は思う」



 自分が役に立てるのであれば戦おう。幽璃の言葉にですよねといったふうに真司が息を吐き、みうは不安げに眉を下げていた。



「私だけでも……」


「なーに言ってんの。おれも付き合うに決まってるだろ」


「しかし、さらに命の危機というのが……」


「それはモノノケを狩ってる時もじゃねぇか。変わんないって」



 モノノケを狩るのも、荒禍という異能者(アリス)たちを相手にするのも、命を落とすかもしれないことには変わりがない。


 どれで死ぬのか、それが違うだけでアリスである以上は死と隣り合わせだ。



「どっちも変わんねぇって」


「みうは……」


「あ、あたしだって頑張れるわ! どっちにしたって死ぬかもしれないのは一緒だもん!」


「殺してしまうかもしれないだろう」


「それは……その……。でも、二人を放っておくことはできないから!」



 みうは「あたしがいなかったら、誰が武器を強化するのよ」と、くりっとした青い瞳で見つめられて幽璃は何も返せなかった。


 みうの強化した武器は自分に合っているだけでなく、彼女からは強い意志を感じたのだ。


 怖いという感情もあるだろうに、それでも二人を放っておくことはできないという意思が瞳に宿っている。



「いいんだな」


「はい」


「おれもいいぜ」


「あたしも!」


「分かった、こちらから伝えておこう」



 話というのはこれだけだと伊藤司令官は三人を送るための車をだすように指示を出す。すぐに終わったなと真司が背伸びをし、みうは携帯端末を弄り始めた。


 幽璃は膝の上でドーナツをむしゃむしゃと食べている琥珀に目を遣る。彼は話を聞いていたようだったが、特に何かを言うわけでもなく、ドーナツを堪能していた。


 袋に入っていたドーナツを一つ取って口に入れるとチョコレートの甘味が口に広がった。もっちりとした触感も良くて、なかなかに美味しいのではないだろうか。


 そんなことを幽璃が思っていれば、真司がそういやさとお菓子を袋に仕舞いながら言う。



「幽璃って伊藤司令官の娘なんだっけ?」


「養子よ、それがどうかした?」


「名前違くね?」


「言っておくが伊藤はコードネームだぞ、真司」


「はぁっ!」



 幽璃の言葉に真司は驚いたように声を上げて、みうも目を瞬かせている。話を聞いていた伊藤司令官は知らなかったのかといったふうに二人を見た。



「言っていなかったか、そういえば」


「聞いてないっすよ、伊藤司令官!」


「あたしも聞いてない!」


「それはすまなかったな。伊藤修矢はコードネームだ」



 本名らしいコードネームにしているのはわざとだと伊藤司令官は話す、この名前のほうが外で呼ばれても違和感はないと。


 その通りではあるのだが、その違和感のなさによってコードネームだと気づく人間というのは少ないのではないだろうか。幽璃は思ったものの、それは既に真司に突っ込まれていた。



「えー、じゃあ本名が来栖(くるす)なのかー」


「そうなる」


「別に君らは伊藤司令官としか呼ばないだろう」


「そうですけどー」



 任務中ではコードネームで呼び合うように決まっている。上司である伊藤司令官はいつ何が起きてもいいように、この名以外で呼ぶことを許されてはいない。


 それでも、気になるものは気なるようであった。



「伊藤司令官と幽璃って一緒に暮らしてるんですか?」


「伊藤司令官は司令部内に個別の部屋を用意されているの。そこで暮らしているから私は一人暮らしだ」



 いつモノノケが出現するか分からないため、伊藤司令官などは司令部に個別の部屋を用意されていた。それを聞いた真司がそれ休めるのかと言いたげな表情をみせる。


 確かにいつでも出撃できるように待機しているのと変わらず、気が休まるかと問われると疑問に思わなくなかった。


けれど、伊藤司令官は「意外と快適だぞ」と笑みをみせている。慣れというのもあるのだろうが特に苦痛を感じている様子はなかった。


 話をしていれば、送迎用の車の準備ができたらしくオペレーターの一人が呼びに来た。これで解散かと、幽璃が伊藤司令官に挨拶をした時だ。


 ブーブーと司令部内にサイレンが鳴り響き、デスクにいたオペレーターが声を張り上げた。



「学園都市北部、松原区にモノノケが出現!」


「映像は!」


「カメラ範囲外! 情報、ランクBと思われるモノノケ一体、荒禍らしきメンバーが複数存在!」



 報告を聞いて伊藤司令官は眉間に皺を寄せた。モノノケは彼らが引き起こしたので間違いないだろう。



「天津光ノ民の出撃は!」


「確認済みです! 特別入隊生の出撃要請出ています!」



 オペレーターからの情報を聞いて幽璃は司令部内に置ていた予備の刀を手にし、真司はメリケンサックを装着していた。みうは司令部にある武器の確認をするべく走っていく。


 その様子に伊藤司令官が「この子たちは本当に話が早い」と小さく息をつくのが聞こえた。



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