学園都市、北部松原区は山間に近く田畑が多い地区だ。普段であれば、長閑な田園風景が眺められる場所だが、似つかわしくない化け物がいた。
夜の帳がおりて月がぼんやりと浮かび、街灯がともる周囲を照らし出す中に巨大な蟹のような姿をしたモノノケが田んぼの中心にいる。
耕されてはいるものの、まだ水の張られていない田んぼの上でモノノケは天津光ノ民と交戦していた。
モノノケを支援している
現場に到着した
筋肉隆々の男が突進すると闘牛のように隊員たちをなぎ倒し、弾丸を水の盾で弾きながら暴れている。モノノケの比ではないその暴れっぷりに天津光ノ民は苦戦しているようだ。
「なんだ、あのスキンヘッド筋肉野郎は!」
「分からないけれど、それよりも指示だ」
幽璃はイヤリング型の通信機を弄ってチャンネルを合わせて指揮している楓につないだ。
「こちら、スノードロップ。到着しました、指示を」
『こちら、イーグル。どうにか荒禍の注意を惹いてくれ。モノノケ:カニボウズに照準が合わない』
どうやら、荒禍のせいでモノノケへの攻撃が思うようにいかないようだ。特にあの闘牛のような男が邪魔らしいのだが、下手に相手をする必要はないと指示が出される。
あの男は邪魔だが力は強い、下手に手を出して負傷するのは避けるべきだ。狙われた場合は受け流すことに集中しろと注意される。
『あんなやつの攻撃をもろに受けたらただではすまない。倒すことは考えるな』
「了解した」
指示は真司にも伝わっていたようで、荒禍に苦戦している天津光ノ民に加勢しに行く。みうは同じように遮蔽物に隠れている隊員と合流し、武器を構えた。
幽璃は二人の様子を確認して刀を抜き、ぐっと力を籠める。ぱきりと凍る音を鳴らし、氷の刀となったそれを向けて駆けた。
荒禍の男が幽璃に気づくと攻撃を仕掛けてくる。彼はナイフを振りかざしたが、それを氷の剣で受け流す。
黒装束の男は幽璃と距離をとって仕掛けてくるのをかわしながら、幽璃は腹を思いっきり刀で殴れば、吹っ飛んだ男が田んぼの用水路に落ちていく。
やりすぎたかと幽璃は力加減の難しさに頭を悩ませる。荒禍は殺す気とまでいかなくともそうなることを受け入れて攻撃してきている。
対して天津光ノ民側は彼らを殺すことは許されていない。気絶させるか、動けなくさせるかのどちらかなためその点においては天津光ノ民側が不利である。
それでも指示に従うしかない、幽璃は氷の刀を構えた――瞬間。
「っ!」
はっと身体をのけぞらせて後退したの同じく何かが目の前を通り抜けた。弾丸、瞬時に理解し、周囲を見渡す。田んぼ、道路、家、倉庫、見える限りの遮蔽物を探す。
飛んできた方向を確認して幽璃は駆けだした。道路を挟んだ脇にある倉庫のような建物、そこしかない。予想は敵中し、放たれた弾丸を幽璃は氷の盾を宙に生み出して受け止めた。
氷の盾に複数の戦闘機型のラジコンが突撃し、爆発しながら煙を撒く。煙を避けるように横に飛べば弾丸が放たれて左肩を掠めた。
服は裂けるように破れて血が滲むも、それでも幽璃は氷の盾を出して走る。
空中に氷の刃を生み出し、一気には放つと倉庫の屋根や周辺に氷の刃が突き刺さった。何者かが避けるように出てくるのが見える。
「いやぁ、見つけるのが上手で」
「お前は……」
フェルメール、確かそんな名前だった。彼は喪服を整えるように叩きながら手にしていたボルトアクションライフルを投げ捨て、懐から短刀を取り出した。
「近接は苦手なんですが……仕方ありませんねぇ」
短刀を抜いたフェルメールに幽璃は氷の刀を向ける。刃の差は幽璃のほうが上だが、小回りがきくのはフェルメールだろう。
たっと駆け、氷の刀を振りかぶれば短刀で受け止められた。ぎちぎちと刃を鳴らし、跳ね返される。
「きつい、きつい。
「お前はイフェイオンと一緒にいたな」
「えぇ、いましたよ。彼は上司なのでね」
それがどうかしたのですかとフェルメールは不思議そうにしていた。幽璃が「何が目的なのか」と問えば、それですかと言いたげに彼は眉をひそめる。
「貴女には関係ないことなのですがねぇ。どうして気になるのですか」
「こんなことをして何の意味があるというの」
「うーん、そうですねぇ。まぁ、一つは貴女方、天津光が丘学園の壊滅ですよ」
さらりと答えられて幽璃は少しばかり驚いてしまう。イフェイオンは何も言わなかったのだから彼も言わないだろうとそう思っていた。
天津光が丘学園の壊滅、それはつまりこの学園都市の機能を停止させることを意味する。学園都市内ばかりで暴れ回っている理由に納得がいった。
モノノケ狩りの総本山であり、学園都市を管理している天津光が丘学園を狙うほうがいい。
「どうしたのですか、その反応は」
「いや……話すとは思っていなかった」
「そうでしょうねぇ。でも、これぐらい想定済みでしょう」
フェルメールは「これを話したところで大した痛手にもならない」と言って笑みをみせる。確かにその通りだ、それぐらいならば天津光ノ民も想定はしているはずだ。
口ぶりをみるにそれ以上の情報を彼が与えてくれるようには感じず、ゆっくりと氷の刀を構える。
「そういえば、貴女はイフェイオン様とも刃を交えていましたね。あの方と渡り合えるのですから、私では敵いそうにないですねぇ……」
困ったものだ、わざとらしくついた溜息をかき消すようにドドドドと凄まじい音が響く。
はっと振り返って幽璃が飛び退けば、筋肉隆々のスキンヘッドな男が突進してきた。泥だらけの男は筋肉を見せつけながらポージングをとる。
「なんだ、この女は」
「バッファロー。貴方はあっちでしょう」
「あいつらは相手にならん。主戦力がモノノケのほうにいっているからな」
バッファローと呼ばれた男がぐっと拳を握れば、ぶわりと水が湧いて彼の周囲を巡り纏った。水を操る
「この女はどうだろうなぁ。楽しめるか、試してみるか」
「もう勝手にしてください」
フェルメールは呆れたように言って離れていく、邪魔はしないということなのだろう。彼が距離をとったのを確認してバッファローは腕を回し、幽璃の前に立った。
水を鎧のように纏っている様子に刀をを握る手に力を籠める。強度を増していく氷に少しばかり周囲の気温が下がった。
ひやりとした風が頬を撫でる――同時に動いた。