闘牛が突進するように突っ込んでくるそれを氷の刀で受け止める。車に衝突したような衝撃に
倒れぬように受け身を取り、一回転して立ち上がると空中に氷の刃を生み出し放つ。
水の鎧が氷の刃を跳ね返し、その筋肉で再び突撃してきた。氷の刀で受けてぐっと腕と足に力を籠める。地面が凍り、バッファローの両足の動きを封じた。
小さく舌打ちをしてバッファローはふんっと呻ると水は熱をもち、じゅうっと音を鳴らしながら一瞬にして氷を溶かしていく。その隙に距離をとって幽璃は氷の盾を張った。
バッファローはポージングをとると力を練った。身体を纏っていた水がうねり、熱を発する。厚くなったその鎧をぱんっと叩けば、無数の水滴が宙を舞って細い針のように飛ぶ。
幽璃は氷の盾でそれを受けながら冷たさの増した刀を大きく振るって、バッファローの筋肉に傷をつける。勢いに後ろへと下がったバッファローは傷ついた箇所を見遣って口角を上げた。
「なんだ、骨のあるハンターがいるじゃねぇかっ!」
はっはっはと高らかに笑い腕をぱんぱんと叩くその迫力に幽璃は一瞬だけ怯んだ。この男から恐怖というのを感じない、殺意すらも。ただ、ただ、自分の力をぶつけ、それを楽しんでいる。
何が楽しいのか理解ができないけれど、バッファローは笑っている。死ぬ恐怖も、殺意もないその様子が幽璃には異様に見えた。
「なんだぁ、その顔は?」
「何が楽しい」
「楽しいだろう、力と力のぶつかり合いっつーのはよぉ」
力と力がぶつかり合う、どちらが勝利を掴むのか、それが楽しく爽快だ。バッファローの言葉にやはり、理解ができなかった。
これはプロレスやスポーツではない、生死がかかっている。だが、この男はそれと変わらないように楽しんでいるのだ。
表情が険しくなる幽璃の様子がまたバッファローを楽しませているのか、口角を上げていた。
「いいぜぇ。その表情は。潰したくなる」
「そう」
バッファローの煽りに幽璃は淡々と返す。彼の行動原理は理解できないが、煽りに乗るほど馬鹿ではない。その態度にノリが悪いなとバッファローは呟くも、反応を返すことはしなかった。
ぐっと腕に力を籠めると筋肉が盛り上がって水の鎧が厚くなった。仕掛けてくると幽璃が氷の刀を構え、バッファローが姿勢を低くした時だ。
「ギャウァァァアァッァアアア!」
悲鳴が響く、それはモノノケの最後の瞬間だ。はらはらと塵となるそれは風に運ばれて、バッファローはちっと舌打ちをした。
「時間切れのようですねぇ……」
そう言っているフェルメールの手にある水晶はドロリと濁っていた。あれはなんだと幽璃が目を凝らせば、バッファローも同じものを取り出し見て眉を寄せる。
「戻りますよ、バッファロー」
「うるせぇ、分かっている」
「待て!」
「それは無理ですよ、それでは」
幽璃の制止にフェルメールは手を振ってから指を鳴らす。すると、戦闘機型のラジコンが一斉に飛び立ち、破裂した。
軍車を狙い撃ちされ、周囲を明るく照らしていたライトが消える。途端に暗くなる周囲に追い打ちをかけるように煙が焚かれた。
風を起こせと指示が飛ぶ。天津光ノ民の風使いが技を出そうとするも、煙に細工をされているのか、息苦しく目が痛む。思うように技がだせずに手間取ってしまった。
視界が明ける頃にはフェルメールもバッファローの姿もなく、荒禍のメンバーも拘束されたもの以外は逃げていた。
逃げられてしまったかと幽璃は咳き込みながら周囲を見渡す。煙を多く吸い気分を悪くした隊員が出ているようで、胸を押さえている者や、座り込んでいる者がちらほらといた。
「スノードロップ、大丈夫か!」
真司が慌てた様子で駆け寄ってきた。多少、服は汚れて肩に掠り傷を負ってしまったが大した怪我はしていなかったと伝えれば彼は安心したふうに息をつく。
「あの筋肉スキンヘッド野郎がスノードロップのほうに行ったの見かけてよ。応戦しにいこうとしたら、別の奴に捕まって……」
「気にしなくていい、私は無事だ」
「今回が無事だっただけだろ。イーグルも言っていたが、あんなのをまともに相手にするのは危険だ!」
真司の言う通りだ、バッファローは並みの異能者(アリス)ではない。一人で戦うというのは危険だ、彼は一人で戦うことを選んだ幽璃を叱っているのだろう。
あの時は仕方ないと思わなくもないが、無茶をした気もしなくもないので幽璃は素直に謝る。真司は「わかったならいいけどよ」と返すも、まだ心配している様子だった。
「スノードロップ」
「イーグル」
呼びかけながら走り寄ってくる楓の後ろには満里奈がライフルを持って周囲を警戒している。
二人の無事を確認した楓は状況の説明を求めきたので、幽璃がバッファローと戦っているのを知っているようだ。
「あの男はバッファローと呼ばれていた」
「他に何か気になることはなかったか?」
「……そういえば、水晶のようなものを持っていた」
「水晶? どんなものだった」
幽璃は思い出しながら水晶の様子を話す。中身がドロッとしていたという言葉に楓は眉根を寄せた。
何か心当たりがあるのだろうかと幽璃がそう問えば、いやと言葉を濁される。
「確証がない。これに関しては持ち帰って調査するしかない」
「そうか、分かった」
「もったいぶるなよなー」
「紅蓮。不確定なものを伝えるのは混乱を招くんだ」
楓にびしりと言われて真司は黙る。不確定な情報で混乱させるべきではない、そう判断するのは当然だろう。理由は納得できるが、彼にとっては気になる情報のようだ。
「お兄様、他の隊員は全員集合したようですわ」
「わかった。二人ともご苦労だった、話は伊藤司令官から聞いている。これから特別隊員としてよろしく頼む」
楓は帰還するように二人に言って隊員が集合している場所へと駆けていった。その背を見送りながら幽璃は氷を解いて元の刀へと戻し、鞘に納めて真司に「私たちも行こう」と告げる。
彼は少しぶすっとしていたがいつまでも此処にいる訳にもいかないので、仕方なくといったふうに軍車の方まで歩き出した。
真司が気になる気持ちというのも分からなくはないけれど、不確定な情報というのは時に邪魔するものになるので楓の判断というのは正しい。
(しかし、あれはなんなのだろうか……)
水晶だったけれど本来の透明度は失われドロッとしたものを孕んでいた。あれはなんだったのだろうか。
ふと、何故だか分からないが胸が不安で満ちた。