バッファローは死んだ。フェルメールからの報告にイフェイオンは彼を始末したのは、アンデルセンだろうと察する。
コードネームを持つ幹部を天津光ノ民の元へと渡すわけにはいかない。こちらの情報を知られるわけにはいかないからだ。
そう考えて薄暗い通路を歩くイフェイオンの前から、今まさに浮かんだ人物がやってきた。紫のメッシュが入った黒髪を弄りながら。
よれよれの白衣を着こなしてアンデルセンは「やあ」と糸目で笑む。イフェイオンは片眉を下げながらも、濁った水晶を投げ渡した。
「君は相変わらずだねぇ。全く……まぁ、ちゃんと集めてくれるからいいのだけれど」
「バッファローを殺したのはお前だろう」
返事の代わりに問えば、アンデルセンは何でもないように頷く。その通りだよと笑みを崩さず。
「当然だろう。情報を相手に渡すわけにはいけないんだから、ちゃんと始末しなきゃ。君も部下であるフェルメールも、優しすぎるんだよ」
誰も殺さないなんて、偽善者かいと、アンデルセンは笑う。勝利に犠牲はつきものだ。誰かが死のうと勝てば正義なのだから。
「君が指揮した作戦では死者を出していないからねぇ。部下たちに指示を出しているだろう、君。一般人すら殺さないなんて……怖いのかな?」
にこりと笑むアンデルセンにイフェイオンは顔を顰めた。人を殺すのが怖いのか、恐れないほうがおかしいのではないだろうか。
そんな疑問などこの男には通用しないのだと、イフェイオンは黙る。
何も言い返してこないイフェイオンにアンデルセンは肯定として受け取ったようで、なるほどねと納得した様子だ。
「いいよ。仕事をちゃんとこなしてくれるなら、勝手なことをしても。でも、ちゃんと君の役割は果たしてくれよ?」
「分かっている……」
ぐらりと視界が揺れる。ずきずきと後頭部が痛みだす。この男と話すたびに頭痛が襲ってくるのは何故だ。何かが、何かが悲鳴を上げている。
眩む視界に目元を押さえれば、アンデルセンが「また薬を出そう」と肩を叩いた。まだ目的は達成できていないのだからと囁きながら。
これ以上、この男と会話をしてはいけない。イフェイオンは「薬は部屋に置いてくれ」と言ってその場を離れた。
後ろから「休みなよー」という呑気な声がするがイフェイオンは返事を返さない。
薄暗い通路を通り抜けて倉庫に通じる階段を下りた。振り返って誰も着いてきていないことを確認してからイフェイオンは重い扉を開ける。
倉庫には何が入ってるかも分からない箱が山積みに置かれていた。
使わなくなった器具なども乱雑に放置されている中を通り抜ければ、フェルメールが待っていましたといったふうに立っている。
「指示された通りに通信機を作りましたが……」
そう言ってフェルメールはイヤリング型の通信機を見せた。アンデルセンから支給されたものと瓜二つのもので、相手からの通信も問題ないと説明しながら。
「二つ作りましたが、一つはイフェイオン様ので残りは……」
「お前のだ、フェルメール。それを付けておけ」
バッファローの殺害方法をイフェイオンは知っていた。フェルメールが使用しているイヤリング型の通信機にも爆弾は仕掛けられている可能性が高い。
それはイフェイオンも同じだった、自分だけが特別なわけがないと。
フェルメールは訳を聞いて納得したように付け替える。イフェイオンも同じようにイヤリングを外した。
「これで問題はない。ここに監視カメラおよび盗聴器が無いのは確認済みだ。だが、アンデルセンに知られないように気をつけろ」
「承知いたしました。あの、イフェイオン様」
「なんだ」
「一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
フェルメールの問いにイフェイオンはなんだろうかと言葉を促す。彼から質問されることは早々ないことだったからだ。
「イフェイオン様はこれが正しいことだと思いますか?」
荒禍が行っている行動が、アンデルセンのやり方が正しいのか。その問いにイフェイオンは答えられない。
この学園都市の中枢である天津光ヶ丘学園は悪だ。全てを奪ったあいつらは――ずきりと頭が痛む。
全てはあいつらが悪いはずだ、そのはずなのだ。けれど、何故だか違和感が拭えない。この感覚はなんだ。イフェイオンには分からなかった。
「イフェイオン様。アナタも私も優しすぎるというのは、アンデルセン様の言う通りでしょうね」
そう言うフェルメールの表情はどこか悲しげだった。