学園都市の境に位置する黒川区エリアCではモノノケと荒禍からの攻撃を受けていた。天津光ノ民の隊員たちが彼らと戦っている中を
目の前にいる荒禍のメンバーを蹴って地面に転がし、戦闘不能にしながら応戦していた。それに続くように真司とみうが援護をしてくれている。
「そこ、一人こっちに来て!」
隊員の声がして振り返れば、ランクⅮの鳥の姿をしたモノノケたちと数人の荒禍を相手にしてる姿が見えた。状況を見るに加勢したほうがいいと幽璃が向かおうとして、「おれが行く」と真司が走っていく。
「スノードロップとウミネコは前のやつ頼む!」
前と幽璃が確認すれば、荒禍のメンバーに苦戦している隊員が目に留まった。地面を凍らせて滑るように戦線へと入れば、無数の戦闘機型のラジコンが飛んでは弾ける。
目晦ましとむせ返る悪臭によって苦しめられているようだ。幽璃に向かってくるラジコンはみうによって撃ち落された。
「フェルメールでしょ、これ!」
「おや、わかりましたか?」
みうの大きな声に返事をすると、遮蔽物からフェルメールが姿を現す。その行動に幽璃は違和感を覚えた。
隠れていればそれだけ隙をつくことができるというのに、フェルメールはそうはしなかったからだ。みうも気づいたようで訝しげに彼を見つめていた。
フェルメールに従っていた荒禍のメンバーが天津光ノ民の隊員の方へと攻撃対象を変える。彼が自分たちを相手にするということか。幽璃は氷の刀を構え直すとフェルメールの動きを観察する。
「二人を相手というのは私には少々、難しいですね」
「お前たちは何をしようとしているんだ」
「……何でしょうかね」
幽璃の問いにフェルメールは目を伏せた。物悲しげな態度に幽璃だけでなく、みうも驚いたふうに目を瞬かせる。
フェルメールの姿は何処か迷いがあるように感じられた。何かを思い悩んでいるように。それでも手に持っている銃を下すことはしない。
「なんなの、貴方」
「……ただ、復讐をしたいだけの哀れな人間ですよ」
復讐。フェルメールの口から出た言葉にみうがえっと声を零す。ぱんっと弾丸が放たれて、幽璃は素早く氷の刃を展開し、はじき返した。
けれど、幽璃はその射撃がみうを威嚇するようなものであると気づく。彼女を狙い打ったわけではなく、警告するものであったと。
「今の警告は何?」
「何とは。前回、お伝えしたでしょう。おやめなさいと」
「なんで、あたしだけなの! そんなに子供扱いしたいわけ? 貴方だってあたしと大した年の差なんてないでしょ!」
みうはじっとフェルメールを睨む。そんな視線など彼は気にしてはおらず、肩をすくめてみせていた。
この男の調子に乗ってはいけないと幽璃がみうに言うも、「でも、放ってもおけないじゃない」と眉を寄せる。
確かにこの状況でフェルメールを放っておくことはできない。会話ができるのであれば、情報を聞き出せるかもしれないのだ。
「復讐、それは天津光ノ民か、学園か?」
「そのどちらもですよ。アナタには分からないでしょうけれどね」
「あたしたちが何をしたっていうのよ! 天津光ノ民たちはモノノケから人々を守るために戦っているのよ!」
「その犠牲になった人々のことをアナタたちは考えたことがあるのですか?」
犠牲になった人々。モノノケに襲われて命を落とした民間人か、戦いで殉職した隊員か。家族を失った遺族か。フェルメールが言う犠牲者の定義は全てに当てはまる。
「貴方、まさか……」
「雑談はこれぐらいにしましょう。アナタの相手は私がしますよ。スノードロップ。アナタの相手はイフェイオン様がやってくださいます」
フェルメールがそう言った時だ。頭上から竜巻が放たれて、幽璃は地面を転がるように回避した。
みうと分断されるように離されて顔を上げれば、イフェイオンが立っていた。葡萄茶色の襟足の長い髪を靡かせ、目元を隠す仮面を押し上げて彼は幽璃を見つめる。
彼の雰囲気が少しばかり変わったような気がした。幽璃は氷の刀を構え、イフェイオンの出方を窺う。
少し後ろではみうとフェルメールが戦っているのが見えるが、手を貸すことは無理そうだ。イフェイオンに隙はなく、真っ直ぐ見据えているのを感じた。
「イフェイオン」
「スノードロップ、お前の相手は俺がしよう」
「こんなことに何の意味があるというの?」
貴方も復讐の為なのか。幽璃の問いにイフェイオンは間をおいて、「だったらどうだというのだ」と答えながら突風を吹かせた。
刃のように鋭い風が駆け抜けて幽璃は氷の盾を生み出し受け止める。風に乗って突撃してくるイフェイオンを刀でいなして後ろに下がり、距離を取れば彼は風の剣を構えた。
「その復讐に何の意味があるというの!」
「お前には分からないだろうな、スノードロップ!」
振う剣を刀で受け止めて弾く。刃と刃が打つ音を響かせて、幽璃はイフェイオンへと言葉をかけた。何がそうさせるのかと。
荒い攻撃に彼の心情が乱れているのを感じ取る。幽璃はイフェイオンの様子がおかしいことに気づいた。
前のような攻撃の鋭さがなく、今は迷いがある。幽璃は剣撃を受け切ってイフェイオンの腹部を蹴飛ばした。
後ろへと下がって腹を抑えているがイフェイオンは引く気を見せない。表情は仮面で分からないはずだというのに、苦しんでいるように幽璃は見えた。
「どうして、そこまでするんだ」
幽璃は問う、そこまでする理由は何かと。苦しいはずなのに、どうして。
「これは俺の罪だ」
「罪?」
「そして、天津光ヶ丘学園の、罪……っ」
罪と口に出して、イフェイオンは頭を抱えた。痛みに苦しむ声を上げる姿に幽璃は思わず駆け寄ろうとするも、彼の風に阻止されてしまう。
「イフェイオン!」
「スノードロップ、お前は……」
悲しげに名を呼んで――周囲は煙に覆われる。立ち込めた煙が突風によって掻き消えた頃にはイフェイオンはいなくなっていた。
残されたのは逃げ遅れた荒禍の下っ端だけだ。モノノケは討伐が完了し、隊員たちが現場の調査へをしている。
「イフェイオン……」
どうして、そんな悲しげに私の名前を呼ぶ。幽璃は問いかけたかった言葉を飲み込んだ。