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第25話 矛盾


 みうと真司の二人と合流した幽璃ゆうりは彼女からフェルメールの事を聞いた。あれから彼を相手に戦ったようだが、手加減されているのを感じたのだという。


 まるで相手にされていない感覚に思わず怒鳴ってしまったが、フェルメールは怒るわけでも挑発するわけでもなく、落ち着いていた。


『思い出すから嫌ですよ、アナタの相手は』


 ただ、寂しげに自分を見つめて一言、呟いたとみうは複雑そうに話す。自分と誰かを重ねているのだろうことは分かるけれど、何の意味があるのか理解できないといったふうに。



「なんなの、あいつ……。戦いにくいのはあたしだって」


「マジで分かんねぇな、フェルメールってやつ。イフェイオンもだけどよ。スノードロップは大丈夫か?」


「私は大丈夫。イフェイオンもすぐに撤退してしまったから」



 イフェイオンに抱いた疑問を幽璃は二人には話さなかった。心配をかけたくなかったというのもあるが、確証のないことで混乱させたくなかったのだ。



「三人とも大丈夫そうだな」


「イーグル」



 楓が真理奈を連れてやってきた。イフェイオンとフェルメールの二人と交戦したのを知ったからなのか、話が聞きたいようだ。


 幽璃は状況を一番、理解している楓ならば疑問に関して答えてくれるのではないかと考える。ちらり見遣れば、彼はその視線に気づいた。



「私はイフェイオンを、ウミネコはフェルメールを担当したんだ。フェルメールのことはウミネコに聞いてほしい」



 みうと真司へ一瞬だけ視線を向けてから楓を見れば、ふむと顎に手をやってから「では」と口を開く。



「ウミネコと紅蓮の話をブラックキャットが聞いてくれ。イフェイオンは重要な人物だ、僕がスノードロップから話を聞こう」


「わかりましたわ」



 アイコンタクトで察したのか、真理奈がみうと真司をさり気なく移動させる。流石は兄妹といったところだろうか、意思疎通が完璧だ。


 幽璃も二人から少し離れたところまで連れていかれて、楓に「何があった」と質問される。二人には聞かれたくなかったのだろうと。



「実はイフェイオンの様子がおかしかったんだ」



 幽璃は自分の感じたことを楓に話す。荒禍の目的とは違う理由が彼にはあるのではないか、あの体調の変化は違和感がある。


 話を聞いた楓は少し考える素振りを見せてから声を顰めた。



「イフェイオンとフェルメールが指揮を取ったとされる事件では死者は出ていないんだ。モノノケによる死亡事故も起きていない」



 二人が指揮している時はモノノケの出現場所、部下たちの攻撃姿勢といったものがまるで違うのだという。


 殺傷目的の攻撃を部下たちはせず、モノノケも一般人の避難が完了するまで暴れても問題ない場所に出現する。


 偶然にしてはおかしく、さらには天津光ノ民の隊員の中には荒禍のメンバーが一般人の避難誘導をしていたのを目撃していた。



「行動が矛盾している。学園都市の破壊を目的とするならば、一般人など気にする必要があるだろうか。死者が出ればそれだけ危機感というのが生まれる。それを利用しようとしていない」


「学園への復讐とは言っていたけれど……」


「イフェイオンは自分の罪であり、天津光ヶ丘学園の罪とも言っていたのだろう? モノノケによって命を落とした一般市民がいるのは事実だ。彼らの遺族であれば、復讐を考えるかもしれないが……」



 それにしても自分の罪とは何か。復讐でありながら、己自身にも罪があるとイフェイオンは言っている。これは何かあるのではないか、楓も幽璃と同じ考えだったらしい。


 彼は別の目的が存在する。それを知ることができれば――



「現在、イフェイオンとまともに会話ができているのはスノードロップしかいない」


「私なら交渉できるかもしれない、か」


「もう一度、聞くがイフェイオンは頭を抱えて苦しんだんだな?」


「間違いないです」



 イフェイオンは頭を抱えて苦しんでいた。幽璃の返答に楓は「実は」と言葉を続ける。



「数年前、同じ症状で苦しみ保護した異能者アリスがいる」



 荒禍のメンバーであったかは不明だが、保護した人物は脳機能に障害を負ったらしい。専門家の調査報告では「洗脳状態にあった可能性」が示唆されていたとのこと。


 話を聞いて幽璃は楓の言いたい可能性の一つを察する。イフェイオンは何者かによって洗脳されているのではないか。



「もし、彼が洗脳されているならば……」


「イフェイオンも荒禍の被害者ということになる」



 どういった洗脳方法かにもよるが、操られている可能性が浮上した。それは幽璃の報告で確実性が見えてきたのだと楓は話す。


 もしそうならば、自分にできることは。幽璃は「交渉役を任せてほしい」と自らイフェイオンの説得を試みることを志願する。


 何故だか放っておけなかったのだ。スノードロップと呼ぶ悲しげな声が忘れられなくて。



「スノードロップしかいないから頼みたいが……無理だけはしないでほしい」


「できる限りの事はします」


「わかった。何かあれば言ってくれ」



 ぎゅっと拳を握って幽璃は目を細め、苦しみの中に見える悲しさを思い出す。彼の姿は助けを求めている、そんな気がした。



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