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第26話 暗がりから引っ張りだしてやる


 学園の中庭にあるテラスで幽璃ゆうりは昼食を取っていた。真司とみうもその場にいるのだが、彼女の表情が暗い。


 わかりやすく表情に出ているものだから、真司が「大丈夫か?」と心配そうに声をかけている。


みうは返事をせずに暫く黙っていたが、幽璃に「気になることがあるの?」と問われて口を開いた。



「ずっと気になってるの」


「何がだよ」


「フェルメールのこと」



 彼は何故かあたしにだけ戦うことをやめるように言ってくる。それは誰かと面影を重ねているからだ。


 思い出すから戦いたくはない感情が言葉から伝わってきた。



「フェルメールは言っていたよね、犠牲になった人々のことを考えたことがあるのかって。それって自分の事なんじゃないかな」


「って、いうと?」


「真司は鈍いなぁ。フェルメールの家族または友人がモノノケの被害に遭って犠牲になっているんじゃないかってこと」



 モノノケの被害というのを全て防ぐことは難しいのが現状だ。暴れて破壊された建物の下敷きや、戦闘に巻き込まれて逃げ遅れたなど、犠牲になってしまう一般人市民は少なくはない。


 遺族が防げなかった学園側を恨むというのはよくあることだ。フェルメールもそうなのではないかとみうは話す。



「それで学園側に復讐かよ……。原因のモノノケを使って? まず、モノノケを恨めよ」


「真司の言いたいことは分かる。でも、救う側である学園に恨みが向くこともあるんだ」



 どうして救ってくれなかったのだ、学園側に問題があったと考えて、行き場のない悲しみが恨みへと変わる。


 抱いた感情は膨れ上がり、やがて溢れ出る。制御できなくなった先が復讐なのではないか、幽璃の考えに真司は納得しだが、不満がないわけではないようだ。眉を寄せながらおにぎりを頬張る。



「みうは何が気になるんだ?」


「あたしが似てるってことだと思うの、犠牲者に。だから、思い出してしまうし、面影を重ねてしまう。あたしが彼の相手をするのって、苦しめる行為なんじゃないかなって」



 大切だった存在に似ている人物と戦うというのは苦痛となるはずだ。過ごしてきた日々が色鮮やかなものであれば、それだけ悲しみは深くなる。


 思い浮かべてしまう瞬間に苦しみを感じてしまうだろう。


 みうは自分がフェルメールの相手をするのは良くないのかもしれないと考えているようだった。いくら敵とはいえ、苦しめたいわけではないからだ。



「でも、ほかにも何か考えている。だから、悩んでいるのでしょう?」


「あ、幽璃にはわかっちゃうか……」


「みうは分かりやすいから」



 幽璃の指摘にみうは「ばれちゃったか」とてへっと頬を掻く。真司は気づいていなかったようで、首を傾げていた。



「逆に言えばさ。あたしなら止められるんじゃないかなって」



 似ているあたしならば、彼の過ちを止めることができるかもしれない。みうの言葉に真司が「馬鹿な事を言うなよ!」と声を上げた。



「あいつは敵だぞ! 何をしてくるかわかったもんじゃねぇんだ!」


「そうだけど、止められたら被害は減るかもしれないじゃん!」



 みうは人間同士の争いを好まない。だから、荒禍との戦いで彼らの行動が理解できず、戦うことに消極的だった。戦わなくてもいい可能性があるならばそちらを選ぶのだ、彼女は。


(私も同じだな)


 イフェイオンの交渉役に志願した幽璃はみうの気持ちが全てではないにしろ、理解することができた。



「だって、あたしたちはモノノケから人々を守るのが使命だよ。モノノケによって苦しめられた人を救うのも、役目じゃないの?」


「それは……」


「真司。みうがどのつく世話焼きだってことを忘れてないか?」


「お前、敵の世話なんて焼くんじゃねぇよ! 全くよぉ」



 私たちの世話を焼いているのを忘れるなと幽璃に言われて、真司は溜息を吐き出しながらがしがしと頭を掻く。思い出したのだ、みうの世話焼き具合を。


 止めても聞かないこともチームメンバーならば知っている。それでも真司は「無茶すんな」と忠告した。仲間だからこそ、心配しているのだ。



「勝手なことをすれば、イーグルに叱られるどころじゃねぇんだぞ」


「そこは大丈夫! イーグルにはあたしから話をしようと思っているの!」


「みうはやる気だぞ、真司」


「なんで女子は一度、決めたら話を聞かねぇんだよ」



 それは私の事も言っているのか。そんな表情を浮かべれば、真司に「幽璃もだよ!」と突っ込まれてしまう。確かに一度、決めたら最後まで突き通すなと幽璃は頷いた。


 行動原理は理解できないが真司は二人を責めることはしない。止めても無駄なら、支えるしかないと考えたみたいだ。



「おれだって別に血も涙もないわけじゃねぇし……。戦わなくていいなら、そのほうがいいからよ。でも、みうや幽璃が危ない目に遭うのは嫌なんだよ」


「真司って口は悪いけど、優しいよね」


「一言、多いんだよ、みうは!」



 真司の突っ込みにみうが笑う。話したことですっきりした表情の彼女はよしっとやる気を漲らせる。



「よし! こうなったらやってるんだから! 一人でぐちぐち言ってるあいつを暗がりから引っ張り出してやるわ!」


「お前、マジで無茶すんなよ!」


「大丈夫よ!」


「真司、二人でみうを支えよう」



 彼女の暴走を止められるのも自分たちだけだ。幽璃の言葉に真司は「どっちが世話してるんだか」とまた溜息を吐き出した。



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