目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話 固執


 ブーブーとサイレンが鳴り響く。避難を促す放送が流れ、人気が無くなった四車線道路の中心で白い塊が四つ脚をばたつかせながら咆哮した。



『ランクBモノノケ=のっぺらぼう、天津光ノ民が包囲しました。周囲に荒禍らしき異能者アリスを確認。至急、応戦してください』



 イヤリング型の通信機からオペレーターの指示が飛ぶ。幽璃ゆうりは「了解」と返答し、地面を凍らせて滑りだした。


 荒禍と交戦する隊員たちの元へと走り――足を止める。氷を削る音をならしながら止まれば、一陣の風と共にやってきた。



「イフェイオン」


「お前の相手は俺だ、スノードロップ」



 風を纏う剣を向けてきたイフェイオンに幽璃は氷の刀を構えた。交渉するならば今だが、自分を追いかけてやってきた真司とみうが傍にいる。


 真司は「おれらを無視すんなよ!」と拳に炎を纏わせていた。みうは動きやすいように拳銃とナイフをいつでも構えられるようにしているのが窺えた。


 けれど、イフェイオンの視界に二人は入っていない。ただ、真っ直ぐに幽璃を見つめていた。それが気に入らなかった真司が拳を振り上げた瞬間だ、戦闘機型のラジコンが突撃してくる。


 あっと幽璃が気づいたのも遅く、二人から距離を取らされてしまう。フェルメールの後ろ姿が見えて、みうに声をかけようとするも、突風が吹き抜けた。



「今は俺の相手をしてもらおうか、スノードロップ」


「何故、お前は私に固執する?」



 自分を狙ってきていると幽璃は感じていたから言ったのだが、イフェイオンは黙った。図星をだったのか、彼は勢いよく風の剣を振う。


 駆け抜ける風の刃を氷の盾で防ぎながら幽璃は駆け出した。イフェイオンの懐へと滑りこんで氷の刀を向ければ、風の剣で跳ね返される。


 打ち鳴らす剣撃に隙は無い。一つの油断で形勢は逆転する互角の戦いを幽璃とイフェイオンは繰り広げていた。


 何とかして、会話を試みなくては。幽璃は受け止めた風の剣を思いっきり弾き返して後方に下がった。



「イフェイオン、お前の目的はなんだ」


「目的? 復讐以外に何がある」



 幽璃の問いにイフェイオンは冷静に答えた。それがこの前とは違った反応で違和感を覚えた幽璃は別の質問をする。



「お前の罪とはなんだ」



 ぴくりとイフェイオンが反応を示す。これが鍵となっているのはそれだけで分かった幽璃は「何が罪なのか」とさらに問いかけた。


 学園側を恨む理由はいくつか考えられるけれど、お前自身の罪が分からない。そう言った時だ、イフェイオンがぐっと呻った。



「どうした、イフェイオン。答えられないのか」


「お前には、関係ないことだ。スノードロップ」


「そうか。なら、どうして私の名を悲しげに呼ぶ?」


「黙れっ!」



 イフェイオンが声を荒げた。苦しむように吐き出された言葉に幽璃は疑問を抱く。何故、攻撃を仕掛けてこないと。


 怒っていると捉えられる言葉と、胸を掻きむしる行動が一致していない。彼は苦しんでいるのだ、きっと。幽璃はどうにか原因を引き出したくなった。


 苦しむ原因が彼の目的でもあるのではないか、そう思ったからだ。けれど、言葉を選ばなくてはいけない。



「苦しくなるなら、吐き出せばいい」


「吐き出す? お前にか……。ならば、こちら側に来い」



 こちら側に来い、スノードロップ。差し伸べられる手を見て幽璃は首を左右に振った。どんなことがあっても自分は闇に落ちない、彼のために。



「私に希望をくれた彼の為に強くなると決めた。闇に落ちたりしない、スノードロップをくれた彼の光となるために」



 モノノケに孤児院が襲われた時、彼は私に別れを告げながら泣いていた。あんな姿はもう見たくはない。私が強くなって、彼の笑顔を守らなければ。



「だから、私は戦うの」



 その眼に一片の迷いはない。幽璃は氷の刀を下して胸に手を当てて言う、私は希望になるためにここに立っていると。



「希望……っ」



 うっとイフェイオンは頭を抱えた。呻く声に苦しんでいるのだと幽璃が彼に駆け寄ろうとして――車が突っ込んだ。


 咄嗟に避けた幽璃がイフェイオンを見遣れば、一人の男が彼の傍に立っている。紫のメッシュが目立つ、よれよれの白衣を着こなす男はイフェイオンの肩を持ち上げた。



「アンデルセン様!」



 フェルメールの声が後方からする。男がこちらを向いたかと思うと指を動かして、戦闘機型のラジコンが一斉に飛び立った。


 破裂し、閃光が瞬く。一瞬にして視界が真っ白になった。



「イフェイオン!」



 彼の名を呼ぶも、返事はない。ゆっくりと晴れた視界の先には誰もいなかった。逃げられてしまったが、幽璃はそれよりも気になる。


 閃光が瞬いた時、アンデルセンと呼ばれた男がこちらを見て言ったのだ。


『やっぱり、君は邪魔だね』


 あの言葉の意味はなんだ。幽璃に思い当たる節はない。あるとすれば、イフェイオンから情報を引き出そうとしたことと、こうやって彼の相手をしているぐらいだ。


 どういった意味が込められているのか、判断ができない。幽璃が楓に報告するべきかと悩んでいると後ろから泣き声がした。


 慌てて振り返れば、みうが泣いているのが見えて駆け寄る。真司が「泣きやめよ」と背中をさするも、彼女は泣き止まない。



「どうしたんだ、ウミネコ」


「あいつ、フェルメールが」


「何かされたのか!」


「違うんだよ、スノードロップ」



 思わず声が多くなった幽璃に真司がそうじゃないと、フェルメールとの戦いでの出来事を教えてくれた。


 フェルメールは真司の猛攻を交わしながら戦っていたのだが、援護するみうの相手はしなかったのだという。


 それに対してみうが「貴方は誰とあたしを重ねているの?」と問いかけた。すると、フェルメールは眉を下げて言ったのだ。


『目の前で死んだ妹ですよ』


 目の前で死んだ。その言葉にみうは声が出なかった。彼の一言には真司も驚いて振り上げていた拳を引いてしまったのだという。


『アナタたちに分かりますか。目の前で無残にも妹を殺された私の気持ちが』


 学園側の判断ミスで殺された妹。フェルメールは唇を噛みしめていた。たった一言に彼の憎しみと悲しみが籠められている。



「あたし、傷口に塩を塗るような質問をしちゃったの」



 妹の悲惨な死に方など思い出したくはないはずだ。言葉にするのも辛く、話したくもないことを、自分は聞いてしまった。


 傷口を開いてしまったかもしれないとみうは自分を責めている。


 言葉を選ばなくてはならなかったみうも悪かったかもしれない。でも、全てに配慮した説得の言葉などないと幽璃は思った。



「ウミネコ、自分を責めないで」


「でも、救うとか言っておいてさ。傷つけたら……」


「傷つけたと思ったならば、その想いを伝えたらいい」



 相手は敵だが、みうはフェルメールの交渉役に立候補したのだ。最後まで貫くべきで、抱いた想いは伝えてもいい。


 幽璃は「ウミネコの言葉を相手は聞いているのだから、想いは通じるかもしれない」と彼女の頭を優しく撫でた。



「通じるかな、あたしの声」


「通じさせるんだ」



 少しでも話を聞いてくれるならば、想いが通じるまで何度でも言葉にすればいい。自分に言い聞かせるように幽璃は言った。


(イフェイオン)


 私の言葉が届いているからこそ、苦しんでいるのでしょう。幽璃は言葉にせずにみうの涙を拭ってやった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?